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古本屋日誌
今日もえらい暑さで大変だった。
朝は梅田のお客さんのところにお伺いし、買取をして
「とにかく暑すぎる‼️」と言い合ってその足で天王寺のお客さんのところに伺った。
あれこれして帰ろうかと7時ごろ天満橋に着いたらおりしも千林で事故があったとかで足止めをくった。
今の世の中死にたくなるのはどうしょうもないよな。
やむなく天満橋駅の地下街で串カツなどをきこしめしてと思ったけど「8時閉店」とのことで諦めて元のまっさかや8階にあるジュンク堂に逃げ込んだ。
ブラブラしてたら千葉にあるホキ美術館が「神業の風景画」「静物画」「人物画」と称する画集を出していることに気づいた。
島村信之が風景画も描いているのに気づいた。
「朝靄」なんだが緑なす山々を背景に美しい澄んだ湖が描いてあってみぎわには丸まっこい小石が湖底にびっしりであるのもみてとれる。
湖面には一面赤紫がかった靄がたなびいていて気持ちを落ち着かせてくれる。
現実にもよく似た朝靄たなびく美しい湖はあるに違いない。でも実際は汀にゴミが浮いていたり、無粋な観光客がたむろっていたりして、なかなか世界が完結しない。
また写真はすべてのものを際立たせてしまうので優しさに欠ける。
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井上章一と磯田道史の「歴史のミカタ」が祥伝社新書から出た。
慶喜が鳥羽伏見の戦いに打って出たときの話が面白かった。
初め慶喜に領地を返上させることになったが、松平春嶽らの意見で領地の調査にとどめることが政府決定となった。
慶喜もこれを受け入れ、京都に戻ることになった。新政府では慶喜にポストも用意していた。
ところがなぜか慶喜は幕軍を京都に進軍させて鳥羽伏見の戦いに至ったという。
これまでは主戦を唱える部下に慶喜が「如何様にも好きにせよ」と命じてしまったのが戦いの原因と聞いていたんだけどね。
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「昭和の映画絵看板」という本が出た。
難波にあった「不二工芸」という、映画館のあおり看板を描いていた会社が昭和30年代からの自社の絵看板の写真を大量に保持していて、それを本にしたものだ。
なんでも正月は特に大忙しで40時間ぶっ続けに仕事したとか設置に時間がかかるのはいつものことで徹夜も多かったとのことだ。
さすがは職人魂‼️自分の仕事に誇りを持って取り組んでいるよなあ。
職人のインタビューの中でキタとミナミノ看板を乗り違いについて
「ミナミみたい奥行きのある立体看板はキタにはないよなあ」
その理由として「ミナミの映画館は一階にあるけどキタのはビルテナントの中に入っているから」とか
「ミナミの客はインテリアが少なくて職人なんかが多いから」と述べているがもちろんそんなことはない。
これは徳川時代の道頓堀の芝居小屋に設置されていた立体看板の伝統が映画館に継承されたからなんだよなあ。
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今日から阪神百貨店で古本市。
早速行ってみた。
10時の開店前、ガードマンが地下一階の入り口で一列に並ばせる。ただエレベーターは「定員5人」と表示があるものの守る人はいない。当たり前だ。
京都から「はんのき」神戸から「清泉堂」や「ワールドエンズガーデン」そして金沢から「オヨヨ書林」が参加。
屋外の古本市なら4段、5段に本棚を組み立てて大量の本を一気に売り出すことが出来るが百貨店ではそうはいかない。それにもかかわらず遠路はるばるやってくるのは不思議だよなあ。
もっと不思議なのは今あげた古本屋はみな店舗を構えていることだ。
店舗ではなかなか売れないのだろうか。
大阪は「ハモニカ」「寸心堂」「池崎書店」や「一冊堂」「矢野書房」「ゆうらく」「シアル」が参加している。
大阪はネット古本屋だよなあ。
普段は客の顔が見えない孤独な作業を強いられるからたまにはお客さんと顔を合わせて本を売りたくなるのかもしれない。仕事のアクセントや精神衛生上いいのかもしれない。この理屈はよくわかる。
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阪急の花隈駅と御堂筋線の本町駅は地上に出づらい駅として双璧をなす。
花隈はエスカレーターの乗り方が複雑で、3回乗り継ぐことで階段を使わずに地上にようやく出られる。
しかし問題なのはエスカレーター内部に乗り継ぎの案内が何もないことで、初心者はどうしていいかわからず結局は長大な階段をえっちらほっちら登る羽目になるのだ。
御堂筋線の本町駅は一番問題なのが中央線で本町駅に到着して心斎橋筋に出たいときだ。
地下通路を歩かずに地上に出たら四つ橋筋の近くでかなり乗り距離を炎天下歩く羽目になる。
そうかといって涼しい地下通路を歩けばいいとはならない。
乱立する巨大ビルを避けるために地下通路は上り下りを繰り返していて無情な階段が立ちはだかる。
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