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古本屋日誌
昭和33年から35年にかけて小学館が「図説日本文化地理大系」全18巻というシリーズを出した。
箱入りの大判で日本各地の風景や地質についてたくさんの写真を交えてまとめたものだ。
月報もついていて、60年をけみした今日では、資料的価値も高い。
その中の「兵庫、大阪」の巻の月報には今東光の「大阪人気質」が載っている。
「寝ても、さめても、金、金、金と金を追ひ回して暮らしている大阪人が女と美食に目が無いのは当然なのだ。
何となれば人間の本能にだけ生きる限り、彼等は美女と美食を購ふものは金だけだと諦観しているからだ。
従って大阪人一般の教養の低劣さは我慢がならない。
男がそのように低級だから、女もまた低脳が多い。
大阪で文化が育たないと言われる所以であらう。
大阪が世界の商都と称せられるには、大阪人がより知性と良識を発達させなければならない。
民度の低い商人の町は蚤の市とあまり大差はないのだ。」
今東光は天台宗のおっさんで、河内の寺の住持を務めていた。
例の「悪名」や「河内風土記」シリーズで、大阪の人情をあれこれ書いていたのだが、本音としては飽き足りないものがあったようだ。
東京都の人口は1400万くらいで、古書組合に入っている古本屋は600くらいある。つまり2万3千人あたりに一軒古本屋がある計算だ。
京都府は250万くらいで古本屋は120ぐらいだ。これは2万8百人に一軒。つまり東京を凌いでいる。
マスコミや出版社、テレビ局にたくさんの大学などの教育機関を独占的に抱える東京は古本の需要も高く、古本屋がたくさんあるのは至極当然だ。
京都は、確かに大学はかなりあるけど、東京の比ではないし、そもそも出版社、マスコミなど皆無に近い。それでいて、これだけの古本屋があるのは驚異だ。
人口150万の京都市に限ると、古本屋は110軒であり、実に4500人に一軒の割合だ。
従って俺としても、仕入れは京都でやったほうが効率がいいことは明らかで、いろいろ手段を駆使して本を仕入れたいとあらためて思ったよ。
参考までに大阪府は人口は880万、古本屋は150だ。5万8千人。兵庫県は540万で、80軒だ。6万7千人。
この辺は取り立てて不思議なことではない。
自分で商売していると、日によって売り上げがかなり変わってくる。
たくさん売れる日もある一方で、ほとんど注文が入らず、無聊をかこつこともしばしばある。
そういった時、俺は人間ができてないから理由をあれこれ考えてみたり、去年の同時期データを引っ張り出して眺めたりと無駄な行為に励む。
Amazonでの販売には毎月5,000円余りしかかからないし、このホームページは月に千円程度だ。
その程度でもクヨクヨ悩むんだから、コレが店舗なんかを構えでもしたら大変な心労だろう。
去年講談社から出た寺尾文孝の「闇の盾」を読んでいると、バブル崩壊で多額の借金を抱えて悩む話がある。
「私は当時、二百数十億円の借入金を抱えていた。
(中略)
地獄のような日々と人は言うけれど、じたばたしても何も始まらないと諦観していた。
その日のことが終われば、何も考えずに夜は眠る。次の日の朝、目覚めてからその日のことや考えればいい。そう切り替えて毎日を送っていた。」
なるほど、理屈はわかるが、そんなお気楽なことなど、普通はできるわけがないよな。
大阪の大規模な古本市は春と秋の天王寺さんのやつと秋の天神さんのものだ。
いつも気になっていたのが、100円均一台に出してある本の出どころだ。
古本市の前に参加店に呼びかけて、適当な本を出してもらうのだろうか❓
それでは20近くもある参加店だし、なかなか足並みも揃わず、手間がかかりそうだ。
またレジで会計をする際も「この本はどこそこの古本屋のもの」みたいな確認はせず、冊数を数えているだけ。
つまり本の所有権は古書組合にあるみたいなやり方なんだよなあ。
先ごろ知り合いの古本屋に聞いてみたら次のような話だった。
「それはな、組合の市あるやろ、あっこでな、競り落とした本の束んなかで、要る本だけ抜き取ってな、どないしょうもないやつはな、またひぼで結えてな、次の市に出すんや。
上手いこと誰か買うてくれる時もあんねんけど、なかなか売れへん時もあるわけよ。
そういう本はな、潰しにしてほかしてまうことも多いねんけど、もったいないやろ。
せやさかい、俺はな、大阪古書会館の5階に古本市用の100均本を積んだあるとこあんねん。そこへ寄付するんやわ」
なるほどほかすよりかは、いいよね。
また、われわれ業者が「こんな本要らんわい❗️」見捨てたものでも、お客さんの目でみたら、是非とも手に入れたいということもよくあることなのだ。
古本の世界はお客さんの方が圧倒的に商品知識を豊富に持っているという特殊な世界だから。
このところリタイアしてから古本屋の店舗を開業する人がかなりいる。
若い頃から本が好きで時間を見つけては古本屋や古本市に通い、蔵書も数万という人が多い。
普通の古本屋、つまりプロのそれの場合売る本は業者の市で仕入れることも多いから、焼けがかなりあったり、歪みや帯の欠損があったりもして、それなりのコンディションだ。
しかしリタイア組の場合は、全部自分の蔵書で、一度も人手に渡ったこともなく、保存にも気をつかい、帯やカバーもとてもきれいだ。
ただ多くの場合、店は自宅を改装してやっていて、目立たないし、客足も伸びない。
「年金があるし、ここは持ち家やさかいかまへんねん。これだけ{古本屋の売り上げだけということ)で飯食わんなんなったら、こんなもんやっとられへんけどな」
とか「ここはな、あんまりお客さんけーへんねん。ときどき吉祥寺とか中央線沿いの古本屋に遊びに行くねんけど、客もようさんくるし、そらもう全然違うで」
とか嘆く人もいる。
ただ一方で観光地にあえて出店してるリタイア組の古本屋もある。
店主の趣味は渋い文学書なんだが、観光地の店では、えほん、旅行本、山岳本、動物の本、料理本、編み物の本、時代小説や雑貨なんかも扱っている。
また座って読めるスペースを設けたり、「店主おすすめ本」と称して本のカバーの上から見えないようにラッピングした、中身は開けてからのお楽しみてな企画もやったりしている。
老後な楽しみとしての古本屋だから、自分の気に入ったものだけを細々と売っていくんだというのも素晴らしい。同好の士が集まって友人関係も広がるから、楽しみも増すというものだ。
また少し商売っけを出して、利益を追求するのも楽しいだろう。
老後の資金や時間に余裕があって、やらかすのが好きな人もいるからだ。