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古本屋日誌
今日から日曜日まで谷町の古書会館で古本市。現在大阪では阪神百貨店でも大規模な古本市が開催されているし、京都では丸善で開催中だ。
仕事が朝から入っている上に、出荷もしないといけないのだが、何とか済ませてから、谷町に出向いてみた。さすがに暑さもあって人出は少なめだ。
仕事の都合で時間もなくて、通り過ぎる程度にしか見られなかったが、今回は文学書を専門にしている矢野書房、洋書の寸心堂は参加していない。
古本市は、お目当ての小説にターゲットを絞っているお客さんもたくさんいるから、この2店の不参加は客足に影響を及ぼしているようだ。
今日も出荷を済ませてくつろいでから、阪神百貨店の古本市に行ってみた。
2日目は初日に比べで人出も少なく、ゆっくり本を見ることができて快適だ。
下鴨の古本市など、「納涼」と名打ってはいるはものの、地獄のような暑さが襲ってくる上に、蚊やスコールの襲来(今年はなかったようだが)まであって、その場にいること自体が危険でもあり、何かの修行をしている感がある。
それに比べて百貨店の古本市は、交通至便、クーラーが全館効いており、害虫も全くいない。
腹が減ったり喉が渇けば、9階の阪神大食堂に出向いたら、ビールでも、かき氷でも、うなぎでも、ステーキでも、中華でもなんでも食べ放題飲み放題だ。
在庫も下鴨の50万には及ばないものの、15万くらいはあるのではないだろうか。俺には十分な本の量に見えるな。
ただ一つ不満なのがレジだ。集合レジになっていて、四カ所同時に支払いを受けることができるのはいい。
精算する際、レジのテーブルには参加している古本屋(26店ある)の番号を記載した紙が貼り付けてあって、係員が本の最後にある値段を書いた紙片を剥がしながら、「225番、500円」と読み上げると、横に控えたもう1人が小さな紙に「225番、500円」と復唱しながら記入していくのだ。
全部終わると紙片に書いた数と横に積んである本の数を照合する。
これが合わないことがしばしばあるのだ。
というのも、本は上下巻セットで販売しているものも多いから、値段を書いた紙は一枚しか入ってない。
ところが係の人はバカなのか、よく忘れる性格なのかわからないが、そのことをすっかり忘れて本と合わせようとするから数が合わない。
その後、値段を書いた紙を持った係の人は暗算で合計金額を出して、客に「10110円です、お支払い方法は❓」と聞いてくるから「カード、一回で」とか「PayPayで」とかなる。
さらにその後、係の人は、その紙を持ってレジに座っている人のところに行って、もう一回合計金額が正しいかチェックしてもらっている。
もちろん、しばしば合わない事態が生じて、座っている係員と立って紙片を持った係員が額を付き合わせて再チェックすることになり、その間は4箇所ある支払いの作業がすべてストップして、客も係の人も所在なさげなのだ。
これはそもそも、やってることがバカげている。ミスが生じるタイミングが多すぎるからだ。
そもそも一番初めの「226番、500円」のところからミスが出る。値段は手書きがほとんどで、「560円」とあるのに、見間違えて「500円」と言ってしまうことがままおこる。
今日から阪神百貨店で古本市。早速行ってみた。
8階の催し物会場で大阪、京都、兵庫、滋賀、愛知、岐阜、石川、富山の20をこえる古本屋が参加している。
梅田1番地にあるこの百貨店は、出入り口は地下一階、一階などがあるのだが、エレベーターが初めにどの階に止まっているかが気になる。
古本市は八階だから、できるだけ早く行きたいわけだ。
俺は地下一階の阪神電車乗り口横にある入口にいたのだが、ここにはいつも警備の職員がいる。
そこで彼に「エレベーターはどの階に待機してるの❓」と尋ねてみたら
「地下一階待機です。一階のはボタンを押してもしばらく来ません、ただ大阪駅側のは一階待機になってます」とのことだった。
さすがは阪神百貨店の警備員だな、客が気になる情報はちゃんと把握している。
しばらく彼は、続々と詰めかけるお客さんを整列させて、入り口近くにめぐらしてあるロープで囲まれたエリアに誘導していたが、また俺のところにやってきて「今確認しましたら、今回は1階待機になってるとのことです」と言うではないか。
そうなのか、変更になったのか。
でもすでに10時の開店3分前だし、俺は9時45分に到着して先頭から4番目だ、(この時間に来てもほとんど誰もいないわけだから、古本市はあんまり人気があるとはいえないね)
さて、ここから1階に上がって並び直すのは賢明な行動とは言えないだろう。
それでそのまま開店を迎えたのだが、つかつかと「御座候」裏の3機あるエレベーターのところに行ってみると、確かに全てのエレベーターの箱の上の表示は、1階のところが点いている。
まあそれでも、すぐに1機が上がらずに降りてきたので、8階には10時3分には到着できた。
歳を重ねてくると、老化が人によってずいぶん差があることがわかる。
俺の友人の古本屋は、60代の半ばなんだが、健康法は普通に歩くことが1番だというのだ。
「朝起きる時な、腰痛なる時あるやろ、腰椎がせばなっとんねや。そんでな、わしはな、バレエのボレロを見て足捌きとか参考にしてんねん」という。
うーん、バレエはわからないし、ボレロなるものも知らないので返事のしようもない。
「そんでな、今住んでる枚方からな、難波まで歩いてきたんや」というからビックリしたよ。
なんでも朝の5時にスタートして6時間を要して難波に至ったというのだがら驚くしかないな。
俺だったらすぐに諦めてサテンに入るだろうし、ビールも飲むし、大体間違いなく京阪電車に乗ってしまうだろう。
途中で自販機で水分補給しただけで、店には入らなかったそうだから、強靭な意思力をお待ちだ。
先日亡くなった、東アジア反日武装戦線の桐島聡を扱ったルポが出た。齊藤寅の『桐島聡逃げる』だ。
桐島は1975年あたりの連続企業爆破にかかわったとして指名手配されたが、以後ほぼ半世紀逃げおおせた人物だ。
公安警察のレベルがどの程度なのかよくわからないが、それにしても、津々浦々に桐島の顔写真が貼られている中で、神奈川の藤沢の工務店に逃げることもなくずっと勤務して、夜は居酒屋で遊んだりもしていた。
その秘密を、この本はある程度解明した労作だ。
なんでも彼は広島の福山の出で、明治学院大学の法学部に入ったのだが、当初付き合って同棲していた女がいて、そのつてで、右翼の活動家に匿われていたというのだ。
東京に住んでいて、公の場には姿を見せないで、企業のスキャンダルを暴いて金をせしめる手伝いをしていたが、次第に締め付けが厳しくなって、右翼の元を離れて、例の工務店に勤務するようになった。
しかしその後もずっと活動家の方から資金の援助があったというのだ。
なるほど、やはり身を隠し続けられるにはバックがあったのだな。
またこの本によれば反日武装戦線のメンバーで前がないのは桐島くらいで、指紋やら何やらの手がかりがまるでなかったこと、武装戦線は個人個人で行動する組織で、横のつながりが希薄だったことも捜索を困難にした原因だとある。
さらに本の巻末には桐島が残した50枚にも及ぶ原稿が収録してある。
内容は弁護士がいかに出鱈目な連中で、金を持っている連中にこびへつらい、貧乏人には鼻も引っ掛けない存在だということが繰り返し論じてある。
なるほど面白い本だったな。しかし例えば巻末の弁護士の話も一面的で、全面的に首肯するわけにはいかないよな。
確かに弁護士には出鱈目なやつもいることは間違いないし、真理や本質とはなんの関係もない日常の些事を扱う輩であることも間違いない。
でもわれわれの生活にはそういう存在も必要だし、弱者の立場に立って手弁当で活動している弁護士もいるわけだ。そこを見ないのは問題だと思う。