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古本屋日誌

2020-04-07 12:33:00

ぴあから毎月発売中の「じゃりん子チエ」のDVDは魅力的でVOL2には父親と当たり屋まがいの恐喝を繰り返す小学四年のこけざるの話が収録してある。

恐喝がバレて父親が逮捕され子どものこけざるの面倒を竹本家があれこれ考えるシーンでチエとよしえが「お好み焼き屋のおっちゃんとこにとりあえず行ってみようよ」とか「お父さんが刑務所入るゆうたかてすぐ出てくるからちょっとのしんぼうやわ」とかあれこれ慰めるのだが、こけざるは「お前らみたいに仲のええ親子に母親に捨てられたもんの辛さがわかるわけない‼️」と言われてしまう。

この後の2人の反応が面白い。くだらないテレビドラマでは言われた方も今まで隠していたが実は親に捨てられた過去があって「お前のしんどさはようわかる」みたいな判でついたようなしょうむない展開に必ずなってしまう。

「じゃりん子チエ」の場合はまずチエは「ギョエ〜〜」と驚いて終わり。つまりひねくれてるなあとびっくりしているわけ。よしえは「傷つきますなあ」と一言。

こけざるに自分が傷つけられたと嘆いているわけで、当たり前だがこけざるの甘えに動じる気配など全くない。

普通はこうでしょう。このリアリティがじゃりん子チエの魅力なんです。


2020-04-06 10:36:00

NHKの「歴史探偵」でペリー来航を取り上げて、従来ペリーの軍事的圧力に一方的に屈して「不平等条約」を強いられたらとされていた史実の検討をする内容だ。

まあこれは遅きに失したようなもので、ずいぶん前に東大の渡辺浩が「近世日本と宋学」で論じたことでもあって渡辺は関税がかなり緩やかで社会に与えた衝撃もさほどでなく、社会も安定していたことを実証的に論じていた。

また近年では森田健司が「墨夷接応録」の復刻を出して幕閣のペリーとの応対は自らの主張を曲げることのない堂々としたもので、関税も低いものになったし、外人が出歩ける範囲も限定したし、何より「貿易は拒否する、ただ米国の船が日本近海に来た際に薪や食料、水を与えるにやぶさかではない」と表向きは通商を拒絶することに成功したことを明らかにした。

今回の番組はそのラインに乗ったもので老中の阿部正弘は江戸湾に十分な防御能力をもった台場を築かせたのみならず、船を出してペリーの船団に対抗する準備を長州に諮って整えていた。そのためいざとなればペリーの軍事的プレゼンスも跳ね除けられるとの自負のもとに自信をもって交渉に当たることができた。


2020-04-05 11:23:00

ぴあがテレビアニメの第四弾を先日出して「じゃりん子チエ」のラインナップが見え始めた。

今回は西萩小学校の父兄運動会の話やその前にあった西萩地区な南海地区の運動会の話がある。

テツとよしえはこの地区対抗のリレーでともにアンカーを務めて出会ったことになっている。直線のところはテツもよしえと並んで疾走していたがカーブのところでテツは曲がりきれず大会のテントに突っ込んでしまいよしえに負ける。ここから2人の交際はスタートすることになる。

身体能力に優れ、ヤクザをも圧倒してしまうほどの喧嘩の強さによしえは惹かれたわけだろう。

まあこれはよくあることで、現在でも小学校低学年のある時期までは喧嘩が強いというのは人間的能力の高さを示す指標となっていて、そのため女にモテる。

しかしそれは一瞬であってそのあとは頭がいいとかスポーツが堪能だとか、イケメンだとか、モノマネがうまいだとか妥当なところに着地する。

ところが現在でも荒れた高校や進学に熱心でない地域には喧嘩をかっこいいとする習慣が残存する。

それにしても地域で対抗の運動会が行われるというのはいくら昭和といっても珍しい。荒畑寒村の「寒村自伝」には労働組合が団体交渉を控えて内部の結束を高めたいとの趣旨で運動会を主催する話がある。帝国陸軍でも新兵鍛錬や親睦のためにしばしば運動会を開催していた。

部落解放同盟もしかりで、「じゃりん子チエ」は部落解放同盟の闘争を部分的に切り取って作った物語に思える。解放運動は当時差別糾弾闘争や部落内での生活環境の改善を求めて行政との団体交渉をしばしばもっていて、ここで激しく衝突して警察が導入されて逮捕者が出ることもあった。また右翼との衝突や日本共産党とのつばぜりあいで逮捕されるケースもあった。

テツが美人のよしえを魅了したのは先に述べた身体能力の高さや喧嘩力もさることながら、解放運動での身体を張った官憲とのぶつかりがかっこよかったからだと理解したい。

 


2020-04-04 09:53:00

肺炎騒動で多くの感染者が出たとかいう話でニューヨークは開いている店がほとんどないという。スーパーや薬局、病院はやっているもののその他の大半のショップは上からの強い権限によって開けない。

この国は銃規制にも及び腰で「武装して自らの身を守る伝統がある」などと称して警察に安全を委ねることを潔しとしてこなかったのに、肺炎騒動では極めて従順に当局指示に従っているように見える。

所得の再配分についても「実力主義」だとか「アメリカン・ドリーム」などと愚にもつかないことを主張して全く応じない人がたくさんいる国だ。日本では富裕層が真顔で「貧乏人は努力が足りなかっただけで、自分が悪いんだ、われわれが手を差し伸べるいわれはない」と公然と主張することはない程度にはまともなんだが、ことアメリカに関してはそうはならない。

その国が肺炎騒動ぐらいで貧困層に金を出す、保険の対応も考えると揺れている。

中国共産党が人民解放軍を動員して感染源とされる武漢を完全に封鎖し、独裁国家のメリットを十二分に活かした対策に乗り出した際には「大衆の生活をないがしろにした蛮行だ」などと批判していたのに、なぜか舌の根も乾かないうちに同じようなことを自らがやりだした。

ただ大衆の「意志や人権」があるので中国共産党が行なった封鎖を逃れようとした人は躊躇なく逮捕する徹底した封じ込めは不可能で、結果的には極めて不十分な掛け声倒れになってしまっている。


2020-04-03 18:24:00

金沢大の先生でフーコーの研究家である仲正昌樹が今朝の朝日新聞に今回の肺炎騒動のインタビュー記事を載せている。

仲正はフーコーを援用して権力者が 近代のように大衆を収奪するのではなくソフトな形で管理して意のままに動かして行く恐ろしさを指摘して今回の「緊急事態法」に警鐘を鳴らす。「私権の制限もあるのにわずかな期間で大した審議もなく成立してしまった」という。

また中国が人民解放軍を使い都市を完全に封鎖したことに西洋諸国が批判的だったのだが、では今日自らが取っている措置はどうなんだ?とも批判している。

まああれですな、中国の事例では完全に都市に住民を封じ込める政策だったが、「民主主義国家」ではそれは不可能で、現にイタリアでもニューヨークでも住民が周辺に逃げたり、避難したりするので感染を抑えられなくなっているという批判もあるようだな。中国の無茶振りに比べたらまだ西洋はマシだろうよということなんだけどね。