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古本屋日誌

2021-04-07 10:14:00

大阪の郷土雑誌「大阪春秋」が今春発売となった182号で休刊するという。

この号は宝塚特集なんだが、編集後記にその顛末が書いてある。

なんでも、発行人でもある新風書房の福山琢磨社長から去年の秋紙面の刷新が提案された。

今のままでは赤字が拡大するから郷土史以外の内容も入れることや何人かの編集委員を解任することであった。

これに対して編集委員は全員が反対して紛糾して、結局休刊となった。

編集長の長山さんによれば「このまま終わらす気はない。永続的な発行を目指していて、今まで以上に内容も高めていく自信もある」とのことだ。

次の発売元はどこになるのかなあ。大阪の出版社なんだろうけど、京阪神エルマガジン、140B、編集工房ノアなどが思い浮かぶ。

ただどこになるにせよもっと広告をたくさん出してページ数も増やして注目度を上げないといけない。うちも次回の発行号から広告を出したいと思っている。
それにしても郷土雑誌てうまくいかないんだよね。

日本中世史とか応仁の乱とかなら全国的に購買層があるし、ちゃんとした研究者もいるけど門真市の歴史とか浜寺公園とかになるとあやしくなる。

そんなもの専門にやって飯が食えてる人なんかいないから、勢いその辺の大学の先生でちょっとでも関連のありそうな人を探して原稿を依頼するのだが、稿料はほとんど出ないし、向こうもやっつけ仕事でその辺の本を丸写しして出してくるから、読者も離れてしまう。

以前廃刊になった「大阪人」という雑誌は「ミーツ リージョナル」みたいなお店の紹介と地域のお寺に出向いてお堂の写真を撮り、住職にインタビューして終わりというお粗末な内容だった。こんなものなら俺でも3日もあればできるよなあ。


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2021-04-06 09:56:00

高島俊男が亡くなった。

彼は中国文学の碩学だったが、あとう限り噛み砕いてわれわれに説明しようと努めてくれてありがたかったよなあ。

その上で世間にはびこっている単純に漢字をありがたがる風潮にも「漢字検定のアホらしさ」などと論争を挑んでインテリの矜恃も示した。

文春新書でかなり売れた「漢字と日本人」は漢字はそもそも中国(高島はシナでなんら問題はないことを示してくれた)のものでわれわれの思考とは別のものであることを明確に伝える作品だ。

長らく「週刊文春」にコラム「お言葉ですが」を連載して単行本も10巻まで出ていたが、突然連載を打ち切られた。

高島は理由も告げられず打ち切られたことをえらく気にして連合出版から出した11巻目で「ずっとこの連載が続くものだと思っていた。今でも理由がわからない」と嘆いていた。

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2021-04-05 10:42:00

昨日のドラゴンズ戦の解説は下柳剛だった。

4回のドラゴンズの攻撃で1アウト1、2塁で平田は3-2からピッチャーゴロだった。

ガンケルは2塁に投げたが、カウントからランナーはスタートしていてセーフになり、一塁もセーフになってしまった。

下柳はすぐに「キャッチャーの梅野は何をしているんでしょうかね、ガンケルは一塁ランナーは見えないんですから、キャッチャーが指示を出さないと❗️」といい、さらにモニターでセンター側から梅野の動きや表情が確認して、「梅野は一塁を指差すとか声を出してガンケルに教えるとかしてませんね」と口早に指摘していた。

確かにそうなんだろうけど、仮にもプロのキャッチャーがとっさに反応できないんだから、下柳の要求はかなりハイレベルなものなんだろうなあ。

ガンケルが打球をとって、セカンドに投げようと振り向いてしまったらもう指示を出しても意味がないし、投球動作に入ってから「ファースト、ファースト‼️‼️」と絶叫したらかえってよくないだろうから、梅野に許される時間はほんの2、3秒だろうからだ。だいたいキャッチャーてそんなに動かないポジションだから瞬時に判断することには慣れていないのではなかろうか。

梅野に「お前なあ、ちゃんとガンケルに指示出さなあかんやろ」と叱り付けて「すんません〜次から気ぃつけます」とか言ったとしても練習でなんとかできるような動作ではないだろう。

このネタが日刊スポーツではどう扱われているのか確認するため150円出してこうてみました。

一面は決勝打を放った陽川の話で、2面がガンケル、三面がホームランの近本でこの話は一切なし。

こっちのネタの方が面白いのになあ。



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2021-04-04 16:13:00

仕事が一段落したので朝から三ノ宮に出向いてサンボーホールの「ひょうご大古本市」に行ってみた。

予報通りの雨で最終日でもありまばらな人出であった。

この古本市は神戸を代表するもので、それぞれの古本屋も自分の得意なジャンルの本を並べて勝負している。

「勉強堂」は郷土史の本だし、「うみねこ堂書林」はSFだ。

ただやはりお客さんからは自分の店では扱わない本の買取もよく依頼される。

お客さんにとっては「もう要らんし、場ぁ取るよって、なんぼでもかまへんさかい引き取ってよ」というわけだ。

それでこういう古本市でそういう馴染みのない本に適当に値付けして、つまりかなり安く売ることになる。

その古本屋はいろいろ勉強してAmazonの価格や日本の古本屋サイトに合わせる値付けをする時もある。

でもまず自分が興味のない分野の勉強は気が進まない、やる気が出ない。

また勉強の成果を発揮して、いつもより高い値付けをして古本市に臨んでいると
馴染みの客(本を売ってくれた客のこと)が目ざとく見つけて

「何なんや、わしが売ってやったやつえらい高うでだしとんなあ、ええもん食べや」などと嫌がらせを言ってくる、これが耳障りだ。

だいたい買取の時は「なんぼでもかまへんやって持って帰ってくれや‼️」と情けない顔をしてたのはどこのどいつなんだろうか。

だからもう勉強せずに適当な値付けをするわけだよ。

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2021-04-03 17:21:00

山田稔の「影とささやき」(編集工房ノア)には「それでもネコは」という一文がある。

子どもが三毛ネコのメスもらってきて飼うことになった。

一日の半分は外に出て出ていてヤンチャを尽くして夕方家族で食事している時分にネズミを咥えて帰ってくる。

家族は特に珍しいものを見たような反応はなく「あネズミだ」とゆうぐらいで悠然と食事を続ける。

この後ネコは部屋の真ん中ににネズミを離して散々にいたぶるのだ。

やれ解放された‼️と逃げるとさっと追いかけて捕まえてまた部屋の真ん中に連れ戻すことを繰り返す。

ネズミが弱って動きが鈍くなると急に関心を失ったようによそ見をして、これ幸いとネズミが走り出したらはっしと捕まえたりする。

時には油断が過ぎて冷蔵庫の下などに潜り込まれて、さすがに真剣になる時もあるのだが、山田に言わせれば「これも芝居のうちだろうか」となる。

いよいよネズミが弱ってくるとネコはサッカーボールよろしくネズミをたかく放り上げて楽しむ。山田はひょっと蹴りどころが悪くて、高く上がったネズミが晩酌のテーブル上に落下してくるのではないかと危惧する。

それくらい猫のキックはすごいのだ。

しかしヒヤヒヤドキドキしながら楽しむ晩酌の味は格別だ‼️と書くのだから山田稔の猫中毒も病膏肓に入るだよなあ〜



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