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古本屋日誌

2022-02-08 13:02:00

石原慎太郎が亡くなり古書価が急騰している作品がある。

 

もともと彼の作品は今では大半が品切れで新刊の本屋には並んでいない。

 

では「ブックオフ」にあるかというと入荷が少なくほとんど目にしない。

 

芥川賞の「太陽の季節」は新潮文庫と角川文庫から出ていたが、ともに品切れで、新潮文庫の方は1500円くらいする。

 

文春文庫の「国家なる幻影、上、下」は慎太郎の政治生活の自伝で裏話も面白く、以前から人気があったが、このところとくに急騰している。

 

西村賢太もあれだけ単著を出しているのに、今新刊書店で入手できる本はほとんどない。

 

本の雑誌から出ている「一私小説書きの日乗 堅忍の章」くらいだろう。文庫本も品切ればかりだ。

 

この辺は自信家であった西村を深く傷つけたのではなかろうか。

 

さっきあげた「一私小説書きの日乗」には師と仰ぐ藤澤清造の新潮文庫「根津権現裏」が品切れになってしまい、なんとか発刊させようと骨を折る話が出ている。

 

平成30年11月6日の下りだ。

 

「午前11時半起床。入浴。

夕方富士見町ー即ちKADOKAWAから朗報ー即ち『藤澤清造短篇集』復刊の了承来たる。万々歳。

この初夏から続けてきた折衝の良結果については、謙譲の美徳なぞを抜きで云う。

偏に自分の執念の賜物である。前回の新潮文庫版ではみすみす品切れ絶版の流れに手を拱いてしまったが、雪辱を果たした。これで師にも顔向けできよう。

嬉しさで、その後は何も手につかぬ状態からとなり、早々に晩酌。師の位牌(菩提寺から預からせて頂いている、オフィシャルのもの)と遺影を前に祝杯。」

 

 

これだけ師匠の著書に手を尽くしてヤキモキしているのだから、自分の本の売れ行きや評価にも無関心ではおれなかったろう。

 

そこがストレスとなって、出版社の担当者の「無理解」「物を見る目の無さ」が気に障りストレスが増すことになったのではないだろうか。


2022-02-07 12:07:00

西村賢太は「本の雑誌」に「一私小説書きの日乗」と題する日記を連載していた。何冊か既に単行本になっているし、文庫になってるのもある。

 

最新刊は去年の3月に出た「堅忍の章」だ。この本は平成30年から令和2年の6月あたりまでだ。

 

 

ほぼ毎日、起床時間からサウナの時間、仕事の詳細、酒や肴の種類、買淫とその感想まで綴っているのだが、驚くのはぜんぜん運動や身体を動かすことをしていないことなのだ。

 

例えば平成30年10月3日の条は次のようになっている。

 

「午後2時起床。入浴。のち、2時間弱サウナ。ラーメン屋でソース焼きそばと野菜スープを食して帰室後、暫時横臥。腰のスジを伸ばす。

深更一時より、食卓上にて『新起の章』ゲラ。明け方五時半から晩酌。

缶ビール一本、宝を水割りで三分の一本。

目玉焼き二個と、冷蔵庫の壜詰め各種。

最後に六枚切りの食パンをトーストにして二枚。」

となっているわけだ。サウナに2時間弱も入ってるけど心臓や体に負担がかかるだけで適切な運動といえるしろものではない。

 

昼夜も逆転しているし、栄養バランスもよろしくない。

実は西村は決して医者嫌いではない。持病の腰痛では何度も医者に見せているし、2020年の春には舌の痛みがなかなか引かなくなった。

これは舌の癌ではないかと疑いきちんと受診してその疑いを晴らしている。

だから今回の死は本当に青天の霹靂だったのだろう、

 


2022-02-06 17:07:00

西村賢太は朝の6時半に死亡が確認されている。飲んでタクシーに乗り気分が悪くなって、気づいた運転手が病院に搬送したが助からなかったのだ。

 

ナンシー関の時も仲間でお好み焼きを食べてお開きとなり一人でタクシーに乗って意識不明となって、運転手が交番に駆け込んだ。

 

西村の場合はヘルスか何かの帰りかもしれないけど、いずれにしても楽しいひとときを過ごして解放感に浸っている帰途、自宅ではなく天国に召されることになったのだ。

 

タクシーに乗っている人は、一仕事終えてほっとして、さて家まで帰りましょう❗️もうやらなあかんことなど何にもないよ❗️というくつろいだ精神状態だろう。

 

よくモーレツリーマンが退社して暇になったらころっと逝ってしまうという話がある。趣味もないし、会社抜きに付き合える友人もいない、生きる気力もなくなるという話だ。

 

他にも家の階段から足を踏み外して死んでしまう人もたくさんいる。

 

会社や駅の階段なら緊張もしているし、人目もあるから安心し切ってはいない。ところが自宅で誰憚ることもなく過ごせるとなると気が緩みっぱなしになるのだろう。

 

風呂で倒れて死ぬ人があとをたたないのもよく知られている。

 

一日終えてホッとしてて、酒もきこしめして最後に風呂でくつろぐ、それはもう気分は緩みきってますな。

 

正月に餅を詰まらせて死ぬ人もいる。正月気分に浮かれておとそも手伝って警戒心はない。

安心してしまうと人は死にやすくなる!さりとて緊張ばかりではまた命を縮める。

まず一仕事終えて酒をたらふく飲み、タバコも飲んで、自宅までゆったりタクシーに乗り自宅の階段を上がって2階にある風呂に浸かり、出てからは餅をパクつくてなことを毎日していたらそのうち、どこかの工程で突然死んでしまうことができそうだ。

 


2022-02-06 01:22:00

昨日昼からえらい西村賢太の著作の注文が入った。

 

新潮文庫の「苦役列車」や文春文庫の「小銭をかぞえる」やこないだ亡くなった石原慎太郎との対談が収めてある「対談集」なんかも立て続けにお客さんが欲しいというわけだ。

 

これは異常で、まさかとは思ったけど、晩にネットニュースを見たら亡くなったとあるではないか。 

 

なんでもタクシーの車内で体調を崩して病院に運び込まれた時には心停止だとある。

 

だいぶ前のナンシー関の時もおんなじでかけがえのない作家ばかり亡くなるのはいったいわれわれはなんと不幸なんだろうか。

 

 

まだ54だというし、「文学界」には長編を連載しているし、「本の雑誌」にも永井荷風ばりの日記を載せている。

 

また去年の11月には「文学界」に藤澤清造への想いを綴り、来年こそは全集を身銭を切って刊行するとの決意も書いた長編を一挙掲載していた。

その頃書いたものを次に再録する。

 

「文学界」の最新号(2021年の11月号)に西村賢太が長編を一挙掲載している。

例の藤澤清造もので、今年は気を取り直してその全集の刊行に乗り出す決意を新たにしたという内容だ。 



西村はこの20年というもの毎月東京から七尾にある藤澤の墓に詣でていて、一回あたり7〜8万はかかる勘定だからトータルでは2000万くらい使っているし、また藤澤清造の著作を収集するのにも同程度の黄白を注ぎ込んだと書く。

 

 


とりわけ「根津権現裏」の自筆書入れ本は大学の先生が所有していて懸命に頼み込んだが断られて、結局新車のベンツ1台分はゆうにこえる金額で手に入れたというのだからよくわからないよな。



また新潮文庫で藤澤の著作が二冊出ていたが品切れとなり、無念に想った西村は角川文庫編集部に復刊を頼みこむ話がある。

「最終手段として刊行費用はこちらで全額負担する旨を申し添えた」のだそうだ。
すごい情熱で圧倒される。



「大手出版社の編輯者と云うのは押しなべて馬鹿のくせしてプライドだけは無駄に高くできている」などと批判も書いていて面白い。

 


2022-02-05 11:53:00

中央公論社から「伊藤整日記」が出ている。

1960年代の伊藤整の日常や文壇、世相が興味深いものだ。

その第6巻は1963年から翌年にかけてのものなのだが、不正入試に絡む話がある。

「塩谷出身の海藤十二郎の息子さんの中大入学」を知り合いの高橋健二に依頼するのだ。

高橋はあれこれ取り計らったようで、「文学部なら」「補欠で入れる」との返事を伊藤整に伝えている。

その後便宜を図ってもらったお礼として海藤十二郎から高橋のところに「洋服地」を送ってきたので、「送り返した」との記述もあった。

中大は私学であるし、入学者選抜において情実や諸般の事情を考慮することはおかしなことではない。

以前同志社大学の神学部で地方の牧師の不出来な息子の点数に下駄を履かせて入学させていた事がマスコミの知るところとなり一部で騒ぐ向きもあった。

しかし同志社は神学部は教会の存続のために存在する学部だという意味合いもあるとして、謝罪などはしなかった。その通りだと思う。

日記には伊藤整の娘の奇行も記してある。

 

ある日西荻窪のレストランから伊藤家に電話があった。

 

伊藤整の娘のユキ子が白づくめの洋装でレストランを訪れて仕事をしたいという。

 

しかし金を盗まれたと言って店から300円を借り、「荷物を取りに」と言って出て行ってしまった。後に残された上着に手帖があって伊藤家の電話番号があったというのだ。

このような娘の不祥事に、悩まされながらも伊藤は「日本文壇史」を書き続けていたんだなあ。