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古本屋日誌
作家の橘玲が週刊文春7月21日号に、今回の安倍晋三暗殺事件の男性に関する論考を載せている。
橘によれば攻撃性を強く発揮するホルモンのテステステロンは男が女の10倍あるという。
これは殺人事件の犯人に男が多いという話だな。
次に橘は社会のリベラル化が人々のつながりを断ち切り、社会のどことも接点を持てなくなった人間が暴発して事件を引き起こすことがあるという。
「家族にも地域社会にも包摂されていないとしたら、怒りはより疎遠な関係に向かうしかない。
(中略)
今回の事件でも、新興宗教団体にはまった親が破産したことと、元首相の暗殺の間には巨大な飛躍がある」
橘は次にリベラルな社会では誰もが夢を実現しようとするのだが、その競争では敗れ去るものが必ず出るから、敗者のストレスは大変なものだという。
「リベラルな社会では、すべての人が『夢』を目指すことが求められる。だがそこには競争があるので、誰もが『夢』を実現できるわけではない。
だとしたら、自分らしく生きられないひとたちはどう生きればいいのか。
これが、リベラルな社会の成功者(高学歴のエリート)がこれまで目を背けてきた不穏な問いだ。」
このような話はこれまでもずっと、前から言われてきたことで、一般的にはその通りだろう。
才能もないのに、いつまでもマンガ家を目指して持ち込みを続けて年老いて、追い込まれ失踪したり、自殺したりした人はいくらでもいる。
しかし、今回安倍晋三の玉を見事に取った男性が、いかなる夢を持っていて、それが挫折したのかについて、橘玲は何にも言ってない。
単に一般的な図式に当てはめて一刀両断しただけで、説得力はない。
また統一教会への恨みから安倍晋三の玉を取ったのは「巨大な飛躍」があると橘玲は述べるが、俺にはそうは思えないな。
安倍晋三の一族は祖父の岸信介時代から統一教会と深い繋がりがあったことは、誰もが知る事実だからだ。
今回の論考は事件直後に、大慌てでまとめたものだろうから、きちんとした分析がなされていないのも仕方のないことだろう。
今後ちゃんとした話を橘玲から聞きたいものだ。
、
春秋社からダットンの『知能低下の人類史』が去年出た。
人類は長期的に知能の上で劣化しているという主張だ。
「過去150年の間にイギリス人のIQは10ポイント程度低下した」というのだ。
その理由は知能の高い層の人々が子どもを余り作らなくなったのに対して、賢くない層の人たちは子どもが多い。
また医学の進歩でこれまで助からなかった人たちの命が救えるようになった。
乳児死亡率は劇的に低下した。
もちろんそれは画期的なことなんだが、反面知能の上で劣る人たちが淘汰されていたものが、そうならず劣った遺伝子が生き残ってしまっているという。
さらに移民の問題がある。
デンマークの話だ。
「1980年から2012年にかけて、デンマークへの非西洋諸国からの移民は、ほとんど加速度的に急激に増加しているということである。
(中略)
第二には、デンマーク軍への召集状を使って、デンマーク人の知能を100とすると、非西洋からの移民ではおよそ86であることを示した。」
つまり西洋諸国に頭の悪い移民が大量に入り、おまけに子どもをたくさん作るので全体として知能が劣化していると主張しているのだ。
たしかに俺の子ども時代と比べて、今が画期的に進歩したとは思えないな。
だって、クルマもテレビも電話も、新幹線も今と同じようにあったからな。
ネット社会は便利で、店舗なんかなくても商売ができるのはありがたい。
しかし、所詮は昔からあった通信販売が合理的に改まっただけの話で、今までは存在しなかった革命的な発明などとは到底いえない。
今日は三ノ宮の神戸阪急で古本市の初日だ。去年まではなかった催物なので興味深い。
神戸では毎年3月終わりにサンボーホールで大規模な古本市があったが、今年は開催されなかった。
聞いた話ではホールの使用料が値上げされたし、古本市での売り上げが思ったほど上がらないことが中止の理由だという。
今回の古本市はその代わりみたいなものなんだろうか。
早速行ってみた。
なにせ百貨店の催事は心惹かれる。
まず涼しい。汗もでない。
蚊に襲われることもない。
本のブース間もゆとりがある。客同士がぶつかることもない。
そして本を展示している什器が洗練されている。
屋外の古本市は業者からレンタルした平台に各古本屋が持ち寄った本棚からなっている。
平台はともかく、本棚はかしいでたり、傾いていたり、年季の入ったものだ。これはこれで味はあるが、暑苦しさや圧迫感を感じることがあるのだ。
その点百貨店の催事ではなかなか面白いブックエンドを見ることもできる。(後述)
さらに、くたびれたら近くのカフェで冷コーをしばくこともできる。
置いてある本も屋外ではないから、細かい砂にコーティングされることもない。ページをめくっているうちに砂や埃で手が黒くもならない。
お客さんの数も普段の屋外の古本市比べてかなり少ない。初日の朝もゆったりしていてじっくり本を選ぶことができる。
阪急には一階からも入れるのだが、暑いので地下から入ることにして、ネットで地下のフロアを調べて、エレベーターにほど近い入り口にオープン10分くらい前から待機していた。
オープンと同時に左に折れてエレベーター前に首尾よくついたはいいものの、3台あるエレベーター全てが既に5階や6階にあって上に向かっている。なるほど開店時、エレベーターは一階に止まっているわけだ。
会場は9階にあって今回は29の古本屋が参加している。
兵庫が10、大阪は11、京都が4、あと三重、石川、富山、岐阜。
規模はなかなかのもので10万冊くらいはあるだろう。
いつも面白いと思うのは大阪の寸心堂の展示だ。
この古本屋は海外文学が専門で、ディケンズやホームズ、ホフマンなど各種取り揃えているのは言うまでもない。
注目すべきはブックエンドだ。
今回は猫だ。
岩波文庫のホフマン『牡猫ムルの人生観』上、下やディケンズの河出文庫が本棚の1番上に乗っていて、右端には全身が黒い猫が、立ち上がって両手を伸ばして、文庫本が倒れてこないように、懸命に支えているブックエンドがある。
本も欲しいが、このねこも欲しい❗️
消しゴム版画やテレビ評でならしたナンシー関なんだが、時にルポも、書いている。
その中でも角川文庫の『信仰の現場』は特に面白い。
ナンシーがオタク系の人達の集まりに野次馬的に参加して写真と報告をまとめたものだ。
オタク系の人たちでも日頃は大っぴらにその道の信者であることを明らかにはできない。
つまり日々ががまんなのだ。それが同好の士の集まりなんだから、一気に解放されて面白くなるだろうというのがナンシーの読みだ。
初めが平成3年の山梨県民ホールでの矢沢永吉コンサートだ。
矢沢信者にとっては、彼の一挙手一投足がメロメロになるくらい素晴らしくて、悲鳴は上がるし、バンザイはするし、足は踏み鳴らすなのだ。
さてここからがナンシーのルポです。
「ステージ上の矢沢は煽動的なMCをするわけでもなく、あくまでも音楽を演ってきるだけだ。
しかし気づいたのだが、矢沢は何度も舞台からソデへ姿を消す。
曲の間奏で消えて2コーラス目が始まる瞬間に戻っては歌い出すというシーンが数回あった。
矢沢本人は無意識なのだろうが、結果的にこれは無言の煽動だ。
『ステージに現れる』というのは、いわば『御降誕』である。
信ずる者たちにとっては、最も崇高でありがたい儀式を何度も見せているのである。もう会場は大変だ。」
信者の連中はそれこそなんでも許してしまうわけで、俺はもし教祖だとしたら、だんだんつまらなくなるな。
「おい❗️お前ら❗️そこは笑うとこちゃうやろ❗️あんばいきいとんのか❗️」と怒鳴り出すに違いない。
矢沢は、優しいよなあ。
信者たちが喜ぶことを何度もしてやるんだから。
高沢皓司が、亡くなった。
75だという。
彼には『宿命』(新潮文庫)という代表作がある。
例の赤軍派によるよど号乗っ取り事件の犯人たちの顛末を描いたルポだ。
革命の根拠地を北朝鮮に夢見て逃亡した赤軍派メンバーはそこで、どんな思想改造を受けたか知らないけれど、世界中から日本人を誘拐してくるようになったというのだ。
つまり北の手先に身を落として誘拐を生業とするようになってしまったのだ。
この本は拉致問題が話題になっている頃は1500円くらいでよく売れていた。
しかしこのところ拉致問題が論じられるる機会の減少でまったく売れなくなっていた。しかしよくしたもので逝去の一報を受けて立て続けに売れている。
今日は久しぶりに京都に出向いて古本屋を覗いた。
この数年のコロナ騒動で京都の観光産業は大きな打撃を受けていて、観光客はいないし、学生も意味のないリモート授業を強いられて、キャンパスも閑散としていた。
人々は先行きが見通せないことに苛立ち、とりあえず思考も停止して、現状維持のスタンスを取ったから、古本屋にもいい本は流れてこなかった。
それが、ようやく海外の観光客も入ってくるようになり、国内の待ち侘びていたお客さんも押し寄せるようになったので、古本業界も含めて活気を取り戻していると思うのだ。
予想通りちくま学芸文庫の『作家の日記』全6巻、『正法眼蔵読解』全10巻『西洋事物起源』全8巻
角川文庫のナンシー関『信仰の現場』
講談社学術文庫の『増鏡』全3巻
『今鏡』全3巻、『後拾遺和歌集』全4巻、『大和物語』全2巻などなかなかお目にかかれない本があった。