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古本屋日誌
すまじきものは宮仕だが、そうとばかり言ってはいられないのが浮世の悲しさだ。
俺は小さな会社、(といっても塾だから会社といえないんだけど)にしか勤めたことがない。
だから大企業のことは知らないし、知りたくもないのだが、社員は社長や上役の顔色が気になるようだ。
自分の評価はどうなのかとか、今社長の関心事は何かとか、他の社員がいる前で存在感を示したいとかそういうことを考えている人はたくさんいた。
もちろんこれはこれで仕事に張りがでたり、やりがいにつながったりてな感じで励みになることだろう。
ただ、必要以上に忖度してるのは見苦しい。(俺はこの手のことに全く興味がないので、余計そう見えるのかもしれないけどな)
蛭子能収が1983年に青林堂から出した『私は何も考えない』には「サラリーマン教室」と題した連作が収めてあるのだ。
蛭子能収が後書きで「私も長くサラリーマンというものを経験して思うことは」と書いているので、彼の実体験からのマンガのようだ。
看板に字や絵を描く小さなペンキ屋の職人が親方(一応社長だよな)に忖度して一度描いた看板の字体を一から変更したり、完成した重たい看板を一人で据え付けようとして(社長に助太刀を頼むのは悪いと忖度するわけだ)、屋根から転落して怪我をしたりというやりすぎの話がある。
さらに最後、給料を手渡しでもらうシーンで「社長は渡したくないと思っているに違いない」と忖度して、封筒から金を取り出して「半分でいいです」というのだから面白い。
他にも、会社を辞めようとと思っているのに、零細企業だし、今辞めたら社長はえらい困るだろうと忖度して、なかなか言い出せないリーマンの話がある。
それでも意を決して、ある日社長に切り出そうとはするのだが、どうしても言えない。
もう死ぬしかないと首を吊ってしまうのだ。
残した遺書も社長に気を遣う文面だ。
「わたしは今日自殺しましたので、明日からは仕事に行けなくなりました。まことに勝手ながらこれにて失礼しますさせて頂きます」
さすがにそこまではやらないだろうけどね。
でも退職する際、あれこれ切り出し方に悩んで「退職代行サービス」に依頼する人もそれなりの数いる。
辞めるんだから、もう何も気にすることなんかないんちゃうの❓と俺は思うけどね。
現銀での支払いは面倒だ。
特に細かい勘定で1円玉や5円玉がからむ支払いなど、トレイに置いてある取りづらい硬貨を何回かしくじりながら取り上げて、小銭入れた入れる手間はイライラさせられる。
中には細かい人もいて、小銭入れが小分けしてあって、100円玉、50円玉、10円玉がそれぞれ別々に入るようになっているのだが、俺からしたらバカバカしい。
コロナ騒動で手づから、お金のやりとりをするのを避けようとする動きもあって、最近はカード払い、カードのタッチ決済、PayPay、d払いなどスマホ決済が増加してきてありがたいような気がしている。
PayPayなら1.5%バックがあるし、カードでも0.5%安くなる。
その他キャンペーンでさらに安くなることもある。これらを利用しない人は結局損をしていることになるのではないか。
利用しない人が余分に支払った金が回り回って、利用者へのマージンになっている感じがする。
しかし長財布から札を出して料金を払い、またお釣りをもらって、今度は小銭入れに収納するまでの時間を計ってみたら、およそ、45秒。
ではPayPayならどうなのか。果たして時間の節約になっているのだろうか。
スマホを取り出して6桁のコードを入力して、アプリを開き、相手に決済のバーコードを読み取ってもらう、このケースだと30秒。
ただ自分でバーコードを読み取り、さらに金額も打ち込んで、相手に決済終了画面を見せなければいけないケースだと45秒かかってしまう。
つまり時間的には全然節約になってない。
むしろいろんな動作を確認しながらやらなければいけなかったり、疑わしそうな店の人にきちんと決済画面を示す煩わしさがあったりするなど、手間が増えている感じもする。
昨日天王寺ステーションデパートを出てすぐ北側にある『天下一品』に入って、例のこってりMAXを食べた。
この店は最近タッチパネルでオーダーするシステムになった。人手不足の折だから当然のことなんだが、ほとんどの人はこれで注文している。
ただ少ないながら何人かはそうではない。
店に入るや否や、「ネーちゃん、ネーちゃん、あんな、あっさり待てきてや。あっさりの方やで」とタッチパネルなど、全く無視して店員にオーダーしている。
もちろんネーちゃんは、そそくさと客のところに馳せ参じて、「はい、はい、あっさりですね。」と言いながら、自分でタッチパネルを操作して、あっさりを一杯オーダーしている。
みんながタッチパネルを使っているのに、自分だけ使えない、使わないのを恥ずかしいとは思わないようで、それはそれでどうかとは思う。(ちょっとは恥ずかしいと思えよ。)(店の迷惑も考えろよ)
ただ、そういう他人の目を気にしなければこれはこれで楽で、楽しいような気もする。(店員さんは大変だよな。やめて欲しいところだよな)
エスカレーターは右に立って、左を開けるのが国際的にはよく行われている。
左側を急ぐ人が上がったり、降りたりするのが日本では見られる。
しかし例えば香港では人々は向かって右に立ち止まって、左を空けているが、その左側を歩く人はほとんど見受けられない。
これは香港の人たちがのんびりしているからではない。
そもそも、この地のエスカレーターの速度がすごく速いのだ。
日本の倍くらいはあるのではなかろうか。したがってさらに急ぐ必要もないから、みんな大人しく立ち止まっているのだ。
だから日本のエスカレーターも、速度を上げれば、駆け上がろうとする人も減るのではないか、と昔からよくいわれている。
さて、このシステムは大阪ではやはり右に立つのだが、京都の人たちは左に立つようになっている。
これは東京と同じスタイルなのだが、京都の人は東京の真似がしたいわけではない。大阪のシステムが嫌とみえる。
京阪電車の三条駅は、地下通路で地下鉄東西線とつながっている。
京阪の三条駅のエスカレーターはもちろん大阪風の右に立つシステムなのだが、それを上り切って少し地下通路を行くと東西線なのだが、ここのエスカレーターは見事に、先ほどとは反対に一様に左に立っている。
桂米團治は以前、京都の人は「上方」という表現を極度に嫌っている、これは「上方」=「大阪」と考えているからだ、京都市内で「上方」うんぬんの表示を見たことがないと言っていた。
いうまでもなく、「上方」は京都と大阪を指す古くからの表現だ。それなのに米團治によれば、京都では大阪だけをさすが言葉になっていて、そのため毛嫌いしているというわけだ。
大塚ひかりは古典を題材にして、独創的な、そして面白い本をたくさん出している。
ちくま文庫になっている『ブス論』は、かつて誰も注目することのなかったブスの価値や力に注目した著作で(ブスは死を司る力を持つものとして恐れられていたというのだ)、魅力的な本だよな。
他にも『源氏物語』の現代語訳なども手がけている才人で、順風満帆な人生を歩んできた感じがしていた。
ところが平凡社新書から出た『歯医者が怖い』を読むととんでもないことがわかる。
なんでも大塚は1999年ごろから歯の噛み合わせが気になり、歯医者を転々として、治療を続けるが、それでも「歯が異常に柔らかくなってしまった」妄想にとらわれ、歯のことばかり気になる。
実家に帰った際も噛み合わせが気になり、コンパスの針で歯の詰め物を削ろうとしたりしていたのだ。
結局病名は「口腔心身症」でストレスからくる症状が歯に集中して現れたものだった。
あんなに才能に恵まれた人なのに、ストレスを抱えて悩むとは思いもしなかったな。
なんでも、ある学者から、大塚は原典にあたることなく、自分の書いた本を断りなく引用しているから、謝罪してほしいと難癖つけられた。
このことで彼女は深刻に悩んだという。
もちろん原典にきちんとあたって著作を書いているから、やましいところは全くないし、むしろ反対に自分が考えたオリジナルな発想を、学者がなんの断りも無く盗用することがあるくらいなので、気にする必要なんか全くない。
それにもかかわらず、大塚さんは気に病むのだ。
奈良市内は大阪へのベッドタウンや高級住宅街として発展してきた。
子どもができると「環境がいい」とか「広い家が必要になる」とのことで、大阪市内から奈良に宿替する人がいるのだ。
古本屋もかなりあって、特色ある店もある。
びっくりしたのは近鉄奈良からすこし南に下ったところにある「ふうせんかずら」という古本屋だ。
2018年に店をオープンさせたのだが、無人の古本屋なのだ。
客はあらかじめ登録してパスワードを発行してもらい、朝の7時半から夜の10時までの、好きな時間に店に行き、パスワードで鍵を開けて本を見るシステムなのだ。
勘定は現金ではなくカードやPayPayなどだ。
店の一角にはインスタントコーヒーなどが飲めるスペースも設けてあって、ちょっとした隠れ家のような店だ。
古本はオーナーが集めているのではなく、一棚を二ヶ月5000円で貸し出して、売りたい本をいろんな人に持ってきてもらっている。
棚は40くらいあって、ほぼ満杯で、出品者は奈良近辺のひとがもちろん多いが、中には東京からわざわざ本を郵送して並べている人もいるそうだ。
この古本屋は、要するに地域の居場所づくりだとか、ちょっとした自己実現のお手伝いスペースのように思えた。
近所の本好きの同好の士が三三五々集まって、コーヒー片手に好きな話を楽しむことができるわけだから、田舎によくあるみんなの喫茶店みたいなものだ。
出品者も本屋や古本屋をやりたいけど、1人では資金的にも、労力的にも難しいと悩んでいる人はそれなりにいるから、その人たちに格安で古本屋を体験してもらえるわけだ。
(古本屋に買取を依頼しても二束三文にしかならないと日頃から不満に思っている人にもウケる気がする)