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古本屋日誌
大原富枝の『ストマイつんぼ』(昭和31年)をようやく入手して、一読した。
いまではあまり使うこともなくなった「つんぼ」を表題にしている作品で興味深い。
結核の治療薬としてストレプトマイシンが用いられるのだが、時には難聴や耳鳴りを引き起こす。
しかし結核は当時死病と恐れられていたので、「難聴になるくらい、構わない」とストマイを服用する人たちはもちろん多かった。
主人公は、結核との10年以上にわたる長い付き合いで、結核菌に親しみを感じて「彼」と呼ぶようになる。
また、周りの人たちにもシンパシーや哀れみを、犯罪者にすらおぼえるようになる日常がこまかく描いてあった。
昨日は甲子園に出向いた。
6月29日の木曜にも甲子園に行き、この時は8-0で勝ったので、出来るだけ同じような行き方、服や下着、靴、食べるものも飲むものも同じにして、縁起をかついでみた。
29日は仕事で、午前中花隈のお客さんのところに出かけて、さらに昼から三ノ宮で交渉事をすませてから、今津回りで甲子園に行ったのだ。
行きしなの新快速電車でセブンイレブンでこうた、とろろ蕎麦を食べたり、飲み残した麦茶はレジ袋に包んで、赤いアネロ鞄の外付スポットに収納し、今津のローソンで買い物をしてとかは、簡単に真似できた。
問題はお客さんだ。
29日に買取に行ってまだ2週間しか経っていない。
そんな短期間に売りたい本が出てくるわけもない、従ってうちに電話をかけてくるわけでもない。
でも、そこはどうしても避けては通れない気がしたので、「すみませんね、お客さん、実はね、こないだうかごうた日ね、あれは6月29日でしたんやけど、あのあと甲子園行くゆうてましたやろ。
そんでね、あんばい勝ちよりましたさかい、縁起を担いで、今日も寄してもらいましてん」と押しかけてお宅まで伺ってみた。
「おまはんも相当いかれとるな。わしも野球はまあタイガースびいきではあるけどな。まあええけどな、ものは相談やけど、この『原色牧野薬草大図鑑』いらんか❓」
薬草大図鑑は、大部で箱もついていて、面白い本なんだが、うちにもう在庫がある。
それでつい断ってしまったのが運の尽きなのか、あのような情けない結果になってしまった。
小堀桂一郎が、昭和57年に書いた『宰相 鈴木貫太郎』は大宅賞に輝いた傑作だ。
要するに天皇が聖断を下して戦争をおわらしたなどという戯言を、資料を博捜して否定する本だ。
鈴木貫太郎は2.26で銃撃されて重傷を負った帝国陸軍の将校だ。
その、鈴木が戦争を終わらせたのだから興味深いよな。
例の昭和20年の、ルーズベルトの病死の際、鈴木は「謹んで哀悼の意を表します」とコメントを出していて、これがまず、すごい。
ヒトラーなんかは小躍りして「戦争の帰趨に大きな変化が、間違いなく起こる」などと言っていたわけだからね。
鈴木貫太郎は、戦争を終結させる布石としてこの発言をしたのではなかろうかとも思えるのだ。
だって、当時の新聞は押し並べて「鬼畜米英」なんだからね。
もちろんこれが大日本帝国お得意の二枚舌戦略なのかもしれないけどね。大衆には「鬼畜米英」、インテリに敗戦をゆうというやつ。
武庫川女子大の柊直里はたつみ都志名義で谷崎潤一郎の研究書を出して、これがなかなか面白かった。
その柊が2012年なんだが、半生を振り返った「育夫ノススメ」という本を出した。
この本によれば、夫は年下がいい、自分もキャリアを積んで、夫の収入と同じくらい稼いで、生活費は夫に出させないようにした方がいいとある。
女が財布を握って、小遣いを渡すシステムだと、男は「なんぼ頑張ったからゆうても、小遣いも増えないんやったら、やる気にならんなあ」となってしまう。
だから夫の自由になる金を増やして、やる気を起こさせるのだというわけだ。
それはさておき、この本には兵庫の進学塾(本には「太陽塾」とあるけど、俺は多分山本塾だろうと思う)の宴会の話が載っていて面白かった。
「塾の終わるのは九時、それから事務所に戻ってきて成績付けなどを終えると9時半を回る。それからみなで飲みに行く。
10時ごろから西宮北口の居酒屋で飲み食いして、そのままタクシーで梅田に出る。
朝までダラダラ飲んで、始発電車が出るころ、「天遊」という24時間やっているうどん屋で朝食代わりにうどんを食べ、三々五々始発に乗って帰る。」
塾の先生の日常は、どこもこんなものだろうけど、ひとつだけ驚いたのは、西宮北口から梅田にタクシーで行くというくだりだ。
そんなもん阪急の方がぜったい速いけどね。料金も安い。
それでもタクシーというのは、金回りがすごくよかったということもあるだろう(ちょっと羨ましい)けど、
「あー、先生❗️❗️早よビール飲みぃな❗️終電まで三分よかあらしまへんで❗️」
「まあ、待ちぃーな、まだまだ夜は長おあっせー」てなアホのやりとりがあって、結局は終電を逃してしまう。
西宮北口では朝までやってる楽しい店がないから「梅田行こ、行こ、行きましょう」となってしまうんだろうね。
古本屋の閉店がこのところ続いている。
大阪では、千林大宮にあった「尚文堂」、千林商店街の「楠書店」が店を閉じた。ともに店主が高齢であるためだ。
京都では河原三条にあった「京阪書房」が閉店、今は更地になっている。
すこし下がったところの「大学堂」もおばあさんが高齢で、店を開けるのが大変になったとかで、このところずっと閉めている。駸々堂のあったビルのすぐ南の「平安堂」も今はモータープールだ。(理由は知らない)
歳を重ねて、なお重たい古本を扱い続けるのは骨の折れることだろうから、店を閉めるのは仕方がない。
河原町三条から四条にかけては京都のメインストリートだ。東京でいうたら銀座であり、大阪なら心斎橋筋だ。
ここにすこし前までは5店の古本屋があった。いかに京都が学生や大学教員に支えられているかわかろうというものだ。
それが、今はキクオ書店しか残っていない。
古本に対する需要が低下したからではなく、客が古本屋に求めるスタイルが変化したからだ。
三条京阪駅ビルに巨大なブックオフができたのが、それを象徴している。
従来の古本屋は狭いし、通路まで本が積み上がっていて歩きづらい、本がどこに置いてあるのかもわからない、店主がややこしそうだなど、明らかに時流にそぐわない。
その点ブックオフの店舗は巨大で、清潔であり、通路も広いし、本はどこにあるか分かりやすく展示されている、店員もごく普通の人だろう。
もともと三条京阪駅ビルには大規模なカラオケ店が入っていた。
駅すぐにあって、気軽に安い値段で歌えるし、河原町で飲んで時を過ごしすぎた際に、朝までくつろいだりもできたから、需要はちゃんとあった。
それに打ち勝ってブックオフがあるわけだから、歌うより、じっくり本を読む方が客のニーズにマッチしているのだ。
またこの駅ビルの地下にはタイガースのチケットショップもあった。
京都の熱心なタイガースファンはここに詰めかけていそいそと甲子園の切符を手に入れていたのだが、今は跡形もない。
17年も優勝できないとんでもない球団に人を惹きつける力はない。これはなんの不思議もない。
そんな失望させられるだけの「娯楽」なんかより、ブックオフでゆったり本を選び、立ち読みをして、必要ならこうて、近くのサテンでページをくる方が楽しいことは間違いない。