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古本屋日誌
今日はタイガースの優勝がかかった試合が甲子園である。
前から友人に今日、14日のチケットを取ってもらっていたのだが、こんなに早く優勝が決まるとは思っていなかったので、驚いている。
9月の優勝が決まる大事な時期にタイガースはかならず失速し、連敗を繰り返して優勝できなかった過去が積み重なっている。
それが今年は9月は10連勝中で、何人たりとも想像だに出来なかった状況だ。
試合はタイガースのリードで8回になって、one out2塁の場面で、石井が登板してきた。
投手は自分の采配で、投げるタイミングを決められる孤高の存在だ。
野手の視線も彼の動きだけに注がれるし、甲子園を埋め尽くす40000観衆の視線も自分だけに集まっている。
ピッチャーはそれを喜びとしなければならない。
石井はそういう野手から注がれる嫉妬にも似た視線や、観客のジリジリした感情を楽しんでいる。
キャッチャーがボールを彼に、投げ返してくる時、わざわざプレートから3歩も4歩もホームベースに近寄って受け取る。
そしてくるりと背を向けて、ゆっくりゆっくり一歩ずつ感触を楽しむかのようにマウンドに戻るのだ。
ピッチャーはこうでないといけない。
昨日は甲子園のジャイアンツ戦で、見事に完封勝ちして、優勝が目睫の間となった。
西が9回を投げ抜いて、わずか2安打に抑えるという見事なものだった。
西は、今年の春の『月刊タイガース』の巻頭インタビューに登場して、興味深いことを話していた。
自分は敗戦のことをいちいち気にしない。
長く仕事ができることを考えて力を尽くすようにしている。
そのプレッシャーは大きいが、甲子園のあの歓声はそれを補ってあまりあるものだ。
ピッチャーだけがあのものすごい声援を受けることができるので、こたえられない楽しみだ。
こういう話なんだよなあ。
しかし、甲子園での声援は基本的にはタイガースの攻撃時に行うもので、西が投げる時は相手チームの攻撃時だから、おとなしいものだ。
投手に声援となれば、ピンチでの『がんばれ‼️』コールとかストライクが入った時の拍手くらいしか思いつかない。
俺は『がんばれ‼️』というコールもストライクの拍手もバカバカしいと思っているけどね。
プロの投手がストライクを取るのは当たり前だ。
いちいち拍手する連中はバカではないのかな。
やられるピッチャーも小馬鹿にされているように思うだろう。
『がんばれ‼️』も耳障りだ。
プロ野球なんだから頑張るのは前提だよな。
素人でもあるまいに、頑張ってる姿を見せて何が面白いんだろう。
プロの投手なら、サラリとカッコよく、何事もなかったかのように投げていくものではないか。
当然、西もこんなものを評価するわけはなかろう。
となれば彼のいう「あの甲子園の歓声」とはなんなんだろうか❓
昨日の試合後のヒーローインタビューでようやくその謎が解けた。
彼は「9回のマウンドに上がって、その歓声に泣きそうになりました」と言った。
つまり、タイガースの勝利が目前となり、球場が「ウオー、ウオー」という形容し難い歓声に包まれる雰囲気が素晴らしいということなのだ。
(俺はあの、「あと一人‼️」というコールは気に食わない。投手に投げ急ぐ変なプレッシャーを与えかねないから、そもそも意味がないどころか、有害ではないか。こういうバカげた声援をやる連中を心底軽蔑している)
しかし西が9回まで投げたのは今シーズン2回目だから、普通はそんな大声援は受けてないよなあ。
その時の感動がよほど大きいものだったのか、まだ謎は残る。
甲子園のカープ戦は3連勝し、タイガースの優勝は確実なものになった。
第三戦の7回裏の攻撃は、カープのショートがなんでもないゴロを続けさまに一塁に悪送球して、ワンアウト満塁になってしまった。
ここでピッチャーの伊藤の打席なんだが、サードゴロ併殺となってしまった。
相手のミスでチャンスをもらったのに、それを活かせず無得点に終わるのはタイガースのお家芸であり、このあと間違いなく失点して負ける。
ところが、8回のカープの攻撃はあっさり3人で終わり、続く裏の攻撃で3番の森下が申告敬遠となって、4番の大山と勝負で、大山は打ち取られてツーアウトとなってしまう。
どう考えてもタイガースならば、ここで無得点のまま攻撃は終了するところだ。
しかし、ツーアウト満塁から連続タイムリーで4点を奪い試合を決めた。
昨日から御池通地下のゼスト地下街で古本市。
小規模ながら、冷房が効いていて、雨や風、蚊の大群に襲われることもない立地での古本市は素晴らしい。
ちょっと思い出したんだけど、下鴨の糺の森で毎年やってる古本市なんだけど、あれが始まったのは1980年代後半なんだけど、それまでは糺の森は大型の観光バスの駐車場になっていたんだよなあ。
8月は観光シーズンではないんだが、例の五山の送り火があるので、それを目当てにたくさんの観光客がバスでやってきていて、それが糺の森に止まっていたのだ。
その頃の糺の森は今よりも樹冠が大きく、うっそうとしていて、また気温も30度くらいまでしか上がらないし、風通しも良く、なかなかいい場所だった。
それなのに、排気ガスを撒き散らすバスがいっぱい止まっている風景はちょっと場違いな感じだった。
実は、この1980年代後半から京都は観光に本格的に目覚めていくのだと思う。
糺の森に観光バスが渋滞しているシーンなど、観光にとっては阻害物でしかない。
世界遺産登録にとっても障害だ。
その辺を京都古書研究会がうまいこと利用して、古本まつりの開催にこぎつけたんだろうと俺は思っている。
さて、河原町御池下ルにあるキクオ書店が大量の図書館の除籍本(文庫本)を一冊220円で販売していた。
岩波文庫、講談社学術文庫、ちくま文庫、岩波現代文庫で珍しい本もちらほら見受けられた。
図書館の本はカバーの上から透明なシートを貼ってある他、蔵書印やら図書館のシールやらがあって見た目はややこしいけど、本体はきれいなものだ。
安く読めたら、問題ないと考えるお客さんもたくさんいるので、古本屋には有難いものなのだ。
帰りにそのキクオ書店にも寄ってみたら、ドイツのハンブルグから来たという二人の外国人が、17世紀の鴨川から東山を眺めた木版画(値段は88000円)に見入っていた。
400年近くけみしているというのに、和紙は大して黄ばんでもおらず、東山の低い松林もよく見える。
今の東山は木が全山を覆っているけど、17世紀のものは山頂部にある程度で、山麓は禿山だな。
燃料に木を伐採してしまうからなんだろうけど、そのへん、きちんと描いてあって興味深い。
なんでも豊臣大坂城の姿を描いたものもあったそうで、これは16万くらいの値段をつけていたそうだが、すぐに売れたという。
ジャニー喜多川がやった強制猥褻などの性犯罪て、ずいぶん前から言われていたけどね。
おれが大学に入った1980年代の初頭には北公次が『光GENJIへ』という暴露本を書いて、かなり話題になっていた。
しかし、問題がきちんと取り上げられることはなく、北はそのあと続篇も書いたのだが、マスコミに取り上げられることもなく終わってしまった。
この時代はフェミニズムの方からの異議申し立ても活発になって来て、いろいろ信じられないような話があった。
観光バスのガイドの女は、運転手の宴会に出て接待を強いられる、夜の接待も慣例化されていたなどと、到底ありえないようなケースが報告されていた。
俺なんかも「こんなもん、犯罪以外の何者でもないだろう。さっさと犯人を逮捕して償わせないといかんやろ」と思ってもいた。
そんな時代なのに、また北公次の暴露もあったのに、全然話題にもしない。
また、犯罪者であるジャニー喜多川を逮捕もしないんだから、芸能界てバカばかりなのか、人権も何もない不思議な世界だと思ったね。
今はね、北公次の本はぜんぜん見つからない。
ものすごくプレミアがついてるんだけど、出た時からずーっと100円くらいで、取引されてたんだけどね。
