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古本屋日誌
北村薫の「詩歌の待ち伏せ」(ちくま文庫)に「卒業歌あの先生が泣いてはる」という俳句の意味をあれこれ考察するところがある。
北村は「い」ではなく、「は」になっているのが「やわらかく」聞こえていいと述べ方言の表現力を感じているようだ。
またこの句を吟じたのは女子生徒だろうと思っていたが北村の嫁は男子ではないかと言うので、友人の作家の有栖川有栖に聞いてみたという。
有栖川は「はるは大阪では敬語という感覚は薄くて、ごく軽く使う、だから男子でも不思議はない。それに句集に収載して作品になっているわけやから斜に構えた男子が、あのいつもはえらい怖いセンセが泣いてる、ザマァないよなあみたいな気分で吟じたと考えていいのではないか」てなことを言った。
有栖川有栖の言うことは言えば言えると言うだけで、男が作者だとしたらおちょっくっているのは言うまでもないよな。そんなわかり切ったことを言われてもなあ。
それはさておき北村薫が「はる」は「いる」に比べて柔らかい感じがしてそれが方言の魅力だと言っているのが気になる。
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阪急淡路駅の西側にさらに西に伸びる商店街がある。
角には三菱UFJ銀行やサラ金だけが入居しているのっぽのサラ金ビルがある。
この商店街で目立つのはパチンコ屋で、100メートルくらいのアーケードの中には4軒ある。
いずれの店も盛業中でパチンコ屋とパチンコ屋の間にはファーストフード店が軒を連ねる。マクド、弁当屋、立ち食いのうどん屋、カレー屋、ラーメン屋などだ。
この街並みは長い老後の時間を持て余している爺さん、婆さん用だよなあ。
年金を持ってパチンコ屋に出向いて長々打ち、たまに全部打ち尽くしたらサラ金ビルで金を引っ張り、腹が空いたら立ち食いのうどん屋でかっこむ。ちょっと勝ったら晩は居酒屋だ、間違いなくそういう日常だろう。
ひまな時間をどうつぶすかという人生の重大な問題に淡路はパチンコ屋中心の生活を提案していると言える。
でもパチンコ屋などわたしには下らない博打にしか思えない。
やってることは単純だし、大して勝つこともない。その程度の金ならごく普通に働いた方がずっとラクに稼げる。
これが普通の感覚だが、もうリタイアしてヒマを持て余している人間にしてみたら批判になってないわけだ。
では古本屋はこの人生の課題に的確な提案をできているかというと全くダメだよなあ。
本は読むのがめんどくさい、老眼ではなおさらだろう。またくだらない本が大半だから途中で嫌気がさしてくることも度々だ。
だから古本屋は自ら「お客さん‼️今日はどんな本、どんな話が聞きたい❓ゆうてみてみてみぃ」という提案をしてみないといけない。
「そやなあ、『野菊の墓』みたいな悲恋のドラマないもんかな❓」というと
「南條の『上意討始末』いっときますかな」と応じてさらに朗読のうまいバイトがいて、ええ声で読み上げてくれる。
お客さんは面倒な活字を読む煩わしさから解放される。しかも黙読するのに比べて音読ははるかに時間がかかるから暇つぶしにはもってこいだ。
こういうサービスなら俺は毎日でも受けたいけどな。
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編集工房ノアが年一回出している「海鳴り」の最新号、33号を入手しました。
90ページにも及び、さまざまなエッセイが掲載してあり、面白い。
山田稔はかつて同僚だった生田耕作の話を書いている。
生田は京大の仏文の大家で映画「恐怖の報酬」の原作やセリーヌの「世の果てへの旅」の翻訳で知られている。
その生田が1979年に出した「バイロス画集」が猥褻だとして神奈川県警に摘発された。
生田は「猥褻であるわけがない」と争う姿勢を示したが、職場の京大ではフランス語教室で山田も含めて会議が開かれて教室主任のSは「このまま有罪とでもなってしまうと退職に追い込まれるかもしれない。
そうなると退職金も出ない。ここは辞職することで手をうった方がいいだろう」と官僚的なことなかれの対応を生田に迫った。
生田は1980年春に退職に追い込まれた。
その後生田は鴨川の景観を守る住民運動に携わり、自らのコレクションのなかから、鴨川のかつての風景を描いた作品の展示会を自ら手がけ、やってきた山田には「こんなものこさえたんや」と「京都大学名誉教授 生田耕作」と記された名刺を渡してきた。
さらに1994年には古希記念と称して神戸の出版社から、限定150部の落款とシリアルナンバーの入った高額な画集を出版した。
生田はその直後ガンで亡くなってしまう。
山田はこういった内容のディテールを抑えた筆で淡々と描いていて心打たれる。
山田の感想やら解説やらは全く書いていないのだが、それがかえって生田の妄執を際立たせることになっていて「そういうやり切れなさはわからなくもない」とため息が出そうな感慨を抱くわけだ。
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昨日は京都のお客さんのところに伺っていろいろお話しを聞くとともに本を売っていただいた。
なんでも今日は京都大学の入学式なんだそうで「バカがようさん歩いとるから、うつらんように気ぃつけなあかんな」という。
さてその後北部構内のすぐに横、今出川通に面して「進々堂」という喫茶店に入った。
店の前には「京大の第二の図書館」などと書いてある。
入ってすぐ左にレジがあって上まで透明なシートで囲われていて、前払いで注文するシステムになっている。
カレーセット800円(豚肉カレーにサラダ、コーヒー)を支払い、「60分くらいでお願いしますね」と言われた。
いつまでもねばる客はいらんということだろう。
さて席をとなるのだがかなり大きなテーブルがある。
6人くらいは座れるテーブルが店先とそのすぐ奥にある。
店内は大して客もいないので、レジから少し入ったところの6人テーブルに着くと「そこは団体様用なので、店先のテーブルでお願いします」と言われた。
そこに移動してお客さんから買い取った本をチェックしていると
「あの、今日は京都大学の入学式で、京大関係者以外の方はお断りしてるんです。店頭にも三ヶ所くらい書いておいたんです。今日はもう入られているのでいいんですが」とおっしゃる。
「あーそうなん、じゃあ出る出る、こんなとこで飯は食いたくないからな、金返してね。すぐ出るから」と退散しました。
京都は面白いお店がいくつもあるわけです。飲食店でも自分でルールを決めて客に押し付けてくる。
わたしが体験したものでは大徳寺の近くの蕎麦屋もなかなかみあげたこだわりだったよ。
手打ちのそばでうまいと評判の店で、昼過ぎに5人で入ろうとした。
「あーうちはね、3人以上のお客さんはお断りしてんねやわ」と言われた。
「そうなんや、ほな3人と2人に分かれて座るさかいそいでええやろ」というと
「いや、それも困るんですわ」と応じない。
大阪では考えられない無意味なこだわりで、びっくりした。自分の店が団体客でやかましくなるのが嫌なんだろう。
そこで一旦外へ出て2人と3人に分かれてもう一度入ってみた。どうなるか楽しみだったけど、
「そういうのは本当に困るんですわ」だった。
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大阪の郷土雑誌「大阪春秋」が今春発売となった182号で休刊するという。
この号は宝塚特集なんだが、編集後記にその顛末が書いてある。
なんでも、発行人でもある新風書房の福山琢磨社長から去年の秋紙面の刷新が提案された。
今のままでは赤字が拡大するから郷土史以外の内容も入れることや何人かの編集委員を解任することであった。
これに対して編集委員は全員が反対して紛糾して、結局休刊となった。
編集長の長山さんによれば「このまま終わらす気はない。永続的な発行を目指していて、今まで以上に内容も高めていく自信もある」とのことだ。
次の発売元はどこになるのかなあ。大阪の出版社なんだろうけど、京阪神エルマガジン、140B、編集工房ノアなどが思い浮かぶ。
ただどこになるにせよもっと広告をたくさん出してページ数も増やして注目度を上げないといけない。うちも次回の発行号から広告を出したいと思っている。
それにしても郷土雑誌てうまくいかないんだよね。
日本中世史とか応仁の乱とかなら全国的に購買層があるし、ちゃんとした研究者もいるけど門真市の歴史とか浜寺公園とかになるとあやしくなる。
そんなもの専門にやって飯が食えてる人なんかいないから、勢いその辺の大学の先生でちょっとでも関連のありそうな人を探して原稿を依頼するのだが、稿料はほとんど出ないし、向こうもやっつけ仕事でその辺の本を丸写しして出してくるから、読者も離れてしまう。
以前廃刊になった「大阪人」という雑誌は「ミーツ リージョナル」みたいなお店の紹介と地域のお寺に出向いてお堂の写真を撮り、住職にインタビューして終わりというお粗末な内容だった。こんなものなら俺でも3日もあればできるよなあ。
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