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古本屋日誌
きつねうどんは今も丼池で営業している「うさみ亭松葉屋」の考案になることはちくま文庫の「きつねうどん口伝」に詳しい。
丼池は古くからの繊維問屋街で丁稚さんや番頭どんが汗を滴らせて朝から荷物の積み下ろしに精を出している。明治の話だ。
お昼となるとうどんだけではもたない。そこでうどんに別皿で甘くたいた揚げを付けてさらに丼飯も添えたという。
つまりは今のカツ丼みたいなスタイルですな。
あげさんをおかずにご飯を掻き込んでもいいし、うどんの出汁の中にドボンと入れておついかけにして食べても実にうまいから好評だったようだ。
今は揚げは別皿ではなく直接うどんに乗せて供される。
これは味のハーモニーや変化が楽しめるからだ。
食べ初めは揚げをかじると甘い汁が印象的で、とりあえず炭水化物を欲する疲れた体に心地よい。その口でうどんの出汁をすするとこぶやサバの香りが効いていて好対照だ。
食べ進むにつれて揚げの中にうどんの出汁が染み込んできて、揚げの味がまろやかに変化していく。
その一方でうどんの出汁には甘い揚げから溶け出した汁が混じり、食べ始めたはうってかわって、甘味もミックスされた絶妙な味に変化していくので思わず出汁は全部飲み干したくなる。
さてこのちくま文庫の「きつねうどん口伝」だが品切れになっていて、われわれもなかなか見つけられない。
価格も高騰している。
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講談社現代新書の定方晟の「須弥山と極楽」は昔から人気のある本だ。また定方は今月インド仏教の世界観を図解した本を出すようだ、これも面白いに違いない。
さてこの「須弥山と極楽」は仏教のとてつもない巨大なスケールの由旬という価値観を視覚化して説明した本で、分かりやすさに感動する。お客さんからのリクエストも非常に多いが「1刷のものはないかなあ❓」というお方もいらっしゃる。
この本は現代新書の刷新に伴い、群青色のカバーに変更になったのだが、その前は長らく例のクリーム色のカバーだった。
昭和47年の初版時、果たしてどういうスタイルだったのか、よくわからないがひょっとして帯があったのかもしれないし、まあないとは思うけど何か特別な仕掛けがあったのやもしれない。
「私は初版は見たことがないし、わからないんですが、何か特別な仕様なんですか❓」
「いや、普通の現代新書のスタイルで、帯があったかもしれない、とにかく探してくれや‼️」とのことでした。
まもなく初版は入手でき、このお客さんにお売りしたんですが、特に変わりがあるようには見えませんでしたし、帯もその本にはありませんでした。
いずれにしても初版が手に入るのは極めてレアで、このお客さんは前世にどんな徳を積まれたのだろうか、けなるい限りだ。
確かに朝日新書や中公新書は10万部を超えた本にはスペシャルなカバーをつけていますね。また新潮文庫や角川文庫も初版だけカバーの背の色を変えている本があります。
私の大の好みの洲之内徹の「気まぐれ美術館」は初版だけ白い背表紙になっていて、それ以降は浅い茶色ですし、角川文庫の横溝正史は初版からしばらくは例の白い背表紙ですね。
こちらはマニアの方が集めていらっしゃってプレミアがついています。
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天牛堺書店の破産から既に2年以上けみし、堺筋本町店は槇尾古書店となって復活した。
ここは以前は真ん中に通路を挟んで片方は新刊書店だったよなあ。
現在は両方古本屋となっている。
さて天牛堺書店と槇尾古書店の最大の違いはそこだ。
かつて新刊の雑誌や文庫、新書が並んでいたところが、今はマンガ、鉄道本、手芸や料理本、落語本、フランス文庫のエロ本、サンリオSF文庫、シャーロックホームズ関係の本に変わった。
つまり客層をしぼった趣味本コーナーとなったわけだ。
それに加えて均一の文庫販売にも大きな変化があった。
天牛堺の時代は最近の文庫本は少なく、絶版文庫がかなり入っているに加えて岩波文庫のいいものも安価で提供されていた。要するに古本マニア向けの品揃えだったわけだ。
ところが現在の文庫均一は全く様相を一変させてごく最近に出版された、カバーからインクの香りでも漂ってきそうなきれいな文庫本となった。客対象はごく普通のリーマンで、ぶらっと本でも読んでみるかなあ〜という人たちだ。
ということで、文庫本は大衆化路線、単行本はマニア路線と対照的だな。
やはり絶版文庫や新書を安価で売り、利益を確保できなかったのが破産のきっかけということだろうか。私にはそうは思えないな。
かつて老舗の古本屋はいい本を売ってくれるたくさんの顧客を抱えていて、国文学、文学書、宗教書、建築関係、美術書、稀覯本、一枚刷などジャンルも多岐にわたって本を集めることができた。
客からはこういう本と一緒に大量の岩波文庫、講談社学術文庫、ちくま文庫、岩波新書、中公新書の類を引き取ることができた。
天牛堺書店も間違いなくそういう古本屋だった。しかし何故かその集客力に陰りがでてきてしまった。
今でも京都にせよ大阪、神戸でも昔と全く変わらないスタイルで古本屋を続けている店は少なくはない。そういう店にはとても古本とは思えないピカピカの文庫や新書がなんの問題もなく今も並んでいる。
何故天牛堺は失敗したのかね。
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渡邊大門が草思社から「関ヶ原合戦全史」を出した。最新の知見に基づいて関ヶ原から大坂の陣までの通史だ。
かつて司馬遼太郎がものして、大河ドラマなどでも何度も放送されてあたかも真実であるかのように刷り込まれていた事件が実は一次史料にも二次史料にもない創作であったことが次第に明らかになってきていて、この本はその総決算だ。
石田三成が加藤清正らに追い込まれて伏見の徳川家康の屋敷に逃げ込んで窮地を脱した話は司馬遼太郎の本でさんざん読んできたが、三成は自身の屋敷に入ったのが事実だという。
関ヶ原の小早川秀秋の裏切りもしばらく様子見をして焦った家康から鉄砲をうちかけられて切羽詰り大谷刑部の部隊に攻めかかったと司馬の「関ヶ原」にはあるが、実はそんなことはなく関ヶ原の戦いの前日から小早川は家康につくことに決めていて、三成も承知していた。
小早川は戦闘開始とともに東軍で参戦していたというのだ。
この本は大坂夏の陣のことは本丸だけを残して他はすべて破却することは大坂方も了承していたことにさらりと触れているだけなのは物足りないな。
司馬遼太郎は「城塞」で城が落ちてからも淀殿と秀頼が山里曲輪の蔵のなかにこもって命乞いをしていたとし、「落城してからも蔵にこもっていったい何がしたいのか」などと批判的に描いていた。
しかし福田千鶴の「豊臣秀頼」では秀頼が討死にしたのは天守閣の千畳敷だという話を紹介している。また秀頼が戦闘に先立って自ら諸将を、励ましに回ったことや、例の追手門学院から出土した馬を副葬品とした大柄な武将の遺体のことにも触れていた。
この辺りのこともぜひ渡邊には書いてもらいたいものだ。
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昨日は久しぶりに嫁と京都に行きました。
三条京阪のブックオフは1999年の創業でその前はカラオケ屋でした。
一階のマンガ売り場には全巻セットが積み上げてあり例の「鬼滅の刃」全23巻も2セットありました。4300円の値付けで一時新刊書店でも払底していたことを思えば安くなったものですね。
河原町三条下ルには「大学堂」があります。私が学生だった1980年代初頭には既に今と変わらない店構えでした。
去年は祇園祭が中止になったので河原町商店街が負担していた協賛金を出す必要がなくなった。
それで余った金でマスクとマスクカバーを作り千円以上買うてくれた客に配っているのだという。
また飲食店が一時閉店や時短になったり、土産物屋も廃業に追い込まれたりしているので、従来これらの店でバイトをしていた大学生が職を失い、代わりに塾や家庭教師にたくさん応募してきていると聞いた。
塾や家庭教師は中途半端な学力の持ち主の受け皿として昔からあったが、この間もその機能が立派に発揮されているといえよう。
私の麻雀友達で大阪教育大学出身の男がいるがこの男が、京大の文学部の博士課程を出て今は岐阜の朝日大学の先生になってるやつに「おまはんは、ええとこ出てんのに、朝日大学の先生ではあれやなあ」とよく言っている。
もちろん返事は「いやいや、何をおっしゃいます、大学の先生になれただけで満足、満足」だ。
教育大学のやつには学歴があるのにくすぶってるのをからかいたい意図があるし、朝日大学のやつにはそれはわかっているので相手にせずに自分を守ろうとする保身があるよなあ。
わしはどっちかというと教育大学のやつの考えに近い。大学の先生なら世間に問える単著の一つや二つなければ、単なるバカだろうと思うからだ。
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