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古本屋日誌
谷口雅男の「ふるほん文庫やさんの奇跡」はなかなか面白い本だ。
谷口は高卒でいろんな仕事を転々としてやがてメナード化粧品のセールスとして全国屈指の成績を上げるが、独立して新しく設立した化粧品会社が立ち行かなくなってしまう。
やむなくパチンコ屋の住み込みの店員となり、7年ほどの準備期間を経て愛知県豊田市に在庫11万冊という文庫本専門の古本屋を1994年に創業した人物だ。
店はその後北九州市に移転し、大型の店舗に40万からの文庫の在庫を持ち、店売りで100万、通販で150万ほどの売上があったが、その後立ち行かなくなり2011年ごろに倒産してしまった。
そのあたりの経営云々にはわたしは興味はない。同じく古本屋ではあるけど考えは谷口とはまったく違うので面白いと思うだけだ。
ただこの本で一番の読みどころは豊田市から北九州市への900キロに及ぶ店舗移動を決断するシーンだ。
豊田の店は全国でも稀な文庫本の専門店だということでマスコミの注目を浴びて取材も多く、店売り、通販とも好調だった。
ところが谷口が好きになった女が北九州市に住んでいる。谷口は当初女に豊田に引っ越して来いと頼んでいたのだが女の仕事の絡みで不調となるや、「じゃあ店ごと北九州に引っ越せばいい、早速明日スタッフに相談しよう」となる。
50を過ぎたおっさんが、女の色香に迷ってとち狂ったことをやり始めるのはびっくりする。そんなにすごい美人だったのかね。
スタッフは他に正社員が2人いるのだが1人は「いいですね」と賛成しもう1人は難色を示したが谷口は「2対1の多数決だ、決まりだな、スタッフの数が少なくてよかった。もし30人もいたら大変だった」と書く。
文庫本の在庫はその時点で31万冊に達しており1冊150グラムとしても46トンある。これをみかん箱などに梱包して北九州まで運び込んで、また本棚に並べ直すわけだから想像しただけでバカバカしくなるよなあ。
しかし谷口はいい気なもので、移転を決めた日の夕方から鼻歌もので段ボールに本を詰め込み出したというのだから、女の発するエロス力は恐ろしい。
そこまで谷口を引きつけた女との結婚式の写真もちゃんとこの本には掲載してあって、いろいろ突っ込めるわけだよ。
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商売には方法論がある。こうすればいい品物が仕入れられる、売り方はこうするということだ。
方法がはっきりあれば何度も同じことを繰り返してそのたびに利益を出すことができる。
古本屋は仕入れがほとんど全てで、売り方はネット販売全盛の今日び、特に考えなくても問題はない。
大学の先生はいい本を売ってくださることがしばしばある。
これに関してはわたしは不思議だよなあといつも思う。
彼らはそれぞれ専門分野をもっていて普段はその狭いエリアの学問しかやっていないから、極めて知識は蛸壷みたいで広がりなどないことが多い。
うちに売りに来ていただく本もその大学の紀要みたいなものや学会誌とか極めて専門的な学術書だったりすることがしばしばある。
このような本はまったく価値がよくわからない。
素晴らしい値打ちがあるのかもしれないが購買層が狭すぎていつ売れるかも分からないから困ってしまう。
それでは困ったお客さまなのかというとそんなことはない。
ここが不思議なんだよなあ。
実は大学の先生方は、おそらく絶対に読んでいないであろうとわたしには思える大量の一般書、啓蒙書を持ち込んでくださるのだ。
つまり岩波文庫や講談社学術文庫、ちくま学芸文庫、ちくま文庫、中公文庫のことだ。
これらの文庫本のかなりのものは非常に人気があって欲しがっている人はたくさんいる。
だからわれわれにとってはありがたい本なのだ。
不思議なのは先生方にお話しをお聞きしてもご専門分野のことは嬉しそうに話していただけるのだが、これら大量の一般書については
「こういうのもあるんやけどな」
とか
「本屋に行ったらついこうてまうんや、読まへんねんけどな」
とおっしゃる。
自分の仕事に関係ないし、読まないことがはっきりわかっていてもついつい欲しくなってこうてしまうわけだ。
そのせいもあって売っていただいた文庫本は新品同様で、発行された30年前経っているとはとても良い思えない、まるでタイムマシーンで運ばれてきたかのように光り輝いている。
これはもちろん本だけに限ったことではなくカバンでもバッグでもジュエリーでも起こってしまう現象だ。
知り合いのカバンを山のように持ってる女の話だが
「そんなもんこの服着たらこっちのバッグに合わせてとか、こっちやったらまた違うし、別のハンドバックやとかいろいろ組み合わせがあるやん」
もちろん口で言うほどいろんなバッグを使い分けているわけでもない。頭の中でそういう妄想を抱いているだけだろう。
この妄想が大事なんだよなあ。
いろいろなじつはありえないケースを考えていると時間がどんどん経っていくし、気持ちも明るくなる。
ストレスも解消されるし、老後のありあまる暇な時間を潰すことが出来てなによりだ。
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角川文庫ソフィアから神永暁の「さらに悩ましい国語辞典」が出ている。
神永は小学館で辞書の編纂に従事していた編集者だ。
この中で例の「負けず嫌い」問題を論じている。
負けることが嫌なのに、「負けず嫌い」では負けないことが嫌いとなって反対になってしまうのではないかといういつも言われているやつだ。
従来この表現は「負け嫌い」と「負けじ魂」が混ざり合ってできたものではないかと言われてきたが国語学者の大野晋は推量の助動詞「むず」が「嫌い」についたものでそれが短縮されたとの新説を唱えているということだ。
神永は「もちろん私には、この大野説の適否を云々できる見識も知識もないし資格もない。」としながら自分が編集に携わった「日本国語大辞典」を引用して反論する。
なんでも「負けず嫌い」の用例は江戸時代には見当たらず1913年当たりの中勘助の「銀の匙」が初見なんだそうで、「大野説が正しいと考えた場合、この例の新しさをどう判断したらよいのかといささか気になっている」と書く。
見識がないとか、知識がないとかいろいろ謙遜しているけど、実は大野晋に大いに不満を抱いていることが伝わってきて面白い。
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朝日文庫から「わが家の夕めし」という本が出ていた。面白いのでぜひお求め下さい。在庫がございます。
「アサヒグラフ」に連載していたものをまとめたもので、昭和43年から47年にかけて著名人のある日の夕食にお邪魔してカラーで撮影して、メニューの詳細と写っている家族の説明に加えて本人が1ページ分のエッセイをものしている。
湯川秀樹、梅原猛、樹木希林、庄司薫、中村紘子、森敦、小田実、遠藤周作など多士済々である。
高度成長期とはいえ、日本全体ではまだまだ貧しかった頃なんだがさすがに稼いでおられる文士や学者だけのことはあってメニューも多彩で素晴らしい。
面白かったのは遠藤周作の夕食で、嫁と2人で食卓を囲んで目刺しにかぶりついている。
おかずはなんと目刺しだけ。「いつもおかずは一品だけにしているんだ。目刺しはミネラル分もカロリーも他の魚に比べて優秀なんだ」と書いていて、遠藤一流のいちびりだろう。
贅沢の極みは梅原猛で、もともと和辻哲郎邸だったのを譲り受けたそうで、庭園から北山が借景で取り込まれて、バーベキューしているのだが桃源郷に迷い込んだとしか言いようのないゴージャスさだ。
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友人に小学校の講師をしているのがいて、こんなことを言う。
「このところ上本町の小学校の児童がえらい大人しなってしもたわ。宝塚とか西宮の子ぉみたいできみがわるい。ただ天王寺の子どもは昔ながらで騒がしい」そうだ。
小学校は1クラス30とか40とか、かなりの集団授業だからマナーも大切だ。
先生から指名されてから答える、他の子供が答えている間はしゃべらない、我がちに挙手して目立とうとしない、教室でスマホをいじらない、教室で消しゴム落としをしない、走り回らないなどが求められる。
しかしこれまで大阪市内の子どもは先生にかまってもらいたいとか、目立ちたい、あの子には負けたくない‼️などの極めて個人的な事情が最優先されて授業中騒がしかったようだ。
それが上品になったというか、周りをよく観察して場に合わないことは口にしなくなっているというわけだ。
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