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古本屋日誌

2021-02-17 01:42:00

商売には方法論がある。こうすればいい品物が仕入れられる、売り方はこうするということだ。

方法がはっきりあれば何度も同じことを繰り返してそのたびに利益を出すことができる。

古本屋は仕入れがほとんど全てで、売り方はネット販売全盛の今日び、特に考えなくても問題はない。

大学の先生はいい本を売ってくださることがしばしばある。

これに関してはわたしは不思議だよなあといつも思う。

彼らはそれぞれ専門分野をもっていて普段はその狭いエリアの学問しかやっていないから、極めて知識は蛸壷みたいで広がりなどないことが多い。

うちに売りに来ていただく本もその大学の紀要みたいなものや学会誌とか極めて専門的な学術書だったりすることがしばしばある。

このような本はまったく価値がよくわからない。
素晴らしい値打ちがあるのかもしれないが購買層が狭すぎていつ売れるかも分からないから困ってしまう。

それでは困ったお客さまなのかというとそんなことはない。

ここが不思議なんだよなあ。

実は大学の先生方は、おそらく絶対に読んでいないであろうとわたしには思える大量の一般書、啓蒙書を持ち込んでくださるのだ。

つまり岩波文庫や講談社学術文庫、ちくま学芸文庫、ちくま文庫、中公文庫のことだ。

これらの文庫本のかなりのものは非常に人気があって欲しがっている人はたくさんいる。

だからわれわれにとってはありがたい本なのだ。

不思議なのは先生方にお話しをお聞きしてもご専門分野のことは嬉しそうに話していただけるのだが、これら大量の一般書については
「こういうのもあるんやけどな」
とか
「本屋に行ったらついこうてまうんや、読まへんねんけどな」
とおっしゃる。

自分の仕事に関係ないし、読まないことがはっきりわかっていてもついつい欲しくなってこうてしまうわけだ。

そのせいもあって売っていただいた文庫本は新品同様で、発行された30年前経っているとはとても良い思えない、まるでタイムマシーンで運ばれてきたかのように光り輝いている。

これはもちろん本だけに限ったことではなくカバンでもバッグでもジュエリーでも起こってしまう現象だ。

知り合いのカバンを山のように持ってる女の話だが

「そんなもんこの服着たらこっちのバッグに合わせてとか、こっちやったらまた違うし、別のハンドバックやとかいろいろ組み合わせがあるやん」

もちろん口で言うほどいろんなバッグを使い分けているわけでもない。頭の中でそういう妄想を抱いているだけだろう。

この妄想が大事なんだよなあ。

いろいろなじつはありえないケースを考えていると時間がどんどん経っていくし、気持ちも明るくなる。

ストレスも解消されるし、老後のありあまる暇な時間を潰すことが出来てなによりだ。


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