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古本屋日誌
「何卒」は「なにとぞ」と読ませて依頼をするときのフォーマルな表現だ。
「卒」を「とぞ」と読ますのは不思議だ。漢字そのものは「しゅつす」なら「死ぬ」だし「そっす」なら「卒業する」でいずれも終えるという意味だ。
実は「卒」は九の下に十を書く字体が簡略体として使用されているから、「とぞ」はこれをそのまま読んだものだ。
下にある「十」はそのまま「と」と読んで上の「九」を「そ」と読んでつないだものだ。
「九」を「そ」と読むのは形が似ているからで不思議な話だ。
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明日まで谷町四丁目の大阪古書会館でたにまち月イチ即売会をやっている。
いつも人気なのは古い文学書を扱う矢野書房でオープンと同時にたくさんの客が詰めかけている。
展示は平台に本を詰め込む、平台から本棚を2段に組む以外に、平台を小さくいくつかのセクションに区切って、本をたてかけていくやり方だ。
このやり方は本を縦に隙間を開けて並べてあるから目当ての本があったら、難なく取り出せる利点はある。また古い文学書だから背表紙はみなくすんでしまってタイトルや著者名も満足に読み取れないこともしばしばある。その点縦に置いて表紙が目に飛び込んでいるようにすれば、客も確認しやすいことは間違いない。
ただ人を捌けない。
平台に三列くらい縦に並べてあって、その人数しか本をチェックできないから自然と人だかりになり、「こいつが済んだら次は俺が見るんだ‼️」とか「横目で本をチェックしていいのがあったらさっと引き抜いてやろう」「このおっさんいつまで見とるんや‼️ちょっとはねきにおるもんのこと、考えたらどないやねん」とか、いろいろの思惑が交錯する。
人だかりになってるから早く買わんとあかん‼️という気分に突き動かされている。こうなると要らん本までこうてしまうし、それどころか自分が何をこうたのかも覚えていないことがある。
本屋の方はその辺も計算してわざわざこういう並べ方を工夫しているのだろう。
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清風堂から森田敏彦の「兵士の碑」が出た。
日清日露から大東亜戦争に至る「忠魂碑」や慰霊碑を大阪府下を博捜した労作だ。
巻末には300を超える碑のタイトルや所在地が一覧になっている。
興味深いのはアメリカに占領されていた期間、通達で新たな忠魂碑などの建設が禁止された。また既存の碑でも、学校にあるものは撤去、公共用地にあってしかも明白に軍国主義的であるものは撤去が通達された。
これに基づいて小学校の敷地にあったものは地中に埋められたりした。
公園や墓地にあるものは、通達によれば「明白に軍国主義的」でなければ問題がないはずなんだが、そこはなんでも忖度するのが大好きな日本人のこと、さらに慮ってしまった。
公園や墓地にあって碑文は大きく「忠魂碑」と書いてあるだけのものもどんどん撤去して地中に埋めてしまった。
昔から日本人は長いものにまかれろと忖度がお上手だったんですね〜
しかし「忠魂碑」がずっと地中に埋もれていたかというとそんなことはなくかなり経ってまた掘り出されて今は立派にそびえているということも書いてある。
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コロナの愚かしいバカ騒ぎが今も続いていて興味深い。
市内の小学校の生徒が陽性になり、2日間休校になった。これも全く無駄なことで2日休んだからといって潜伏期間が終わるわけでもなく、家にいる生徒のケアを親に丸投げしているだけだ。
しかもこの生徒はそもそも無症状だということで、そんなもんそもそも、感染してもいない。
インフルエンザにも無症状なケースはたくさんあり普通体調が悪くも無いのに「なんかインフルエンザみたいやから休みますわ〜」と誰が言うだろうか。
それはまだしも、この生徒が通っていた算盤、し書道、バレーの塾が困っている。陽性になった子と同じ小学校の子どもが何人も通ってきている。
もちろん書道教室として「おんなじ小学校のお子さんは念のため休んでくださいね」などとバカなことは言わない。
しかし逆に通ってきている子どもの方が「先生、私の学校で陽性の子ぉ出たみたいやさかい、あれやし今日は休むね」と言ってくるそうだ。
この子の言ってることは間違いであるし、意味もない。頭が悪いとも言えるけれど、大人の顔色を読んで健気に忖度に励んでいるとも言える。
そんな小さい頃から忖度して、変な同調圧力に屈するとはね。将来も危ぶまれるよなあ。
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大正9年刊行の「夜の京阪」に摩耶おろしが出てくる。
それは吉井勇の「京阪百首」で「牡蠣ぶねに君とゆくとき摩耶おろしはるばる雪を吹きて来るとき」です。
摩耶山は六甲山の少し西側にある山で、六甲山系を代表する山岳であるのだが、「摩耶おろし」と冬の北風を呼ぶのは初めて見た。
そもそも「摩耶おろし」なるものがあるのだろうかね。
例の「六甲おろし」にしてからが冬のシーズンに山を吹き下ろして来る風などそもそも神戸にはない。
歌は「やっとあなたと牡蠣ぶねでデートできることになったわ〜ほんまにしんどかったんやからね〜なんと珍しい‼️はるばる遠くの摩耶山から北の季節風が吹き付けてわれわれを祝福してくれてますよ〜楽しもうね〜」というあたりだろう。
牡蠣ぶねが結えてあるのは中之島界隈や道頓堀界隈だろうが、どう考えても三ノ宮近辺の摩耶山から吹き下ろした風が届くとは考えられない。そのあり得ない僥倖を利用して二人のデートを予祝しようとするのだ。
だから実際にミナミで摩耶おろしなるものが吹いていたわけではない。
そもそも吉井勇は東京の出身だから「からっ風」「赤城おろし」などには幼い頃から親しんでいて、そのイメージをよく確かめもせずに大阪にも適応してしまったのではなかろうか。
連続テレビ小説の古関裕而も福島の出で、大阪のことは何も知らない男だ。
よく確かめもせずに「六甲おろし」などとありもしない風の名前を使って「大阪タイガースの歌」を作った。
しかし東京の連中はよっぽどおろしに悩まされているんだろうな。
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