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古本屋日誌
大正9年に出た文久社の「夜の京阪」という京都、大阪の夜の風情をあれこれ書いた本に松崎天民も「歓楽の大阪」なる一文を寄せている。
まず食べること、これに関しては大阪は極めて優れていて東京の味など足元にも及ばないと手放しで礼賛する。まあこれは流通の発達しない当時であれば近場の物しか手に入らないわけで、瀬戸内海という広大な生簀やまったけがたくさん生える近郊の山々を擁している大阪が優位に立つのは当たり前のことだ。
では肝心の夜の遊びはこれまた大阪の方がまず線香代が安い、南地ではたくさんの芸妓と遊べて、その上貸し座敷で着のみきのまま、夜中雑魚寝も出来る。
夜中の1時、2時に天民は不埒なことに及ぼうとするがこれは果たせず「容易に許すように見えても、その実極まったものを貰わねば、許さないといふ風に見える大阪の芸妓は、この雑魚寝においても訓練されていた」と悔しい気持ちを正直に書く。
これまた大阪の方が効率よく遊べるのでいいわけだ。
天民は悔し紛れに「大阪は木が少なく、風情に乏しい」などと「歓楽の大阪」にはお門違いの批判をしていて面白い。
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彩流社から「再審 本能寺の変」なるムック本が出た。
京都の発掘調査から本能寺は京都の総構えの外側に位置しており、そのため寺の東側には塀が張り巡らしてある、道幅は歩兵がやっと4人程度並べるほどしかなかった、また本能寺の大きさは120メートル四方程度しかなかったなどがわかってきたのだそうだ。
この本によれば本能寺をぐるりと取り囲むのに必要な兵隊は140人程度であって、巷間で言われているような13000の軍勢など物理的に不可能なんだそうだ。まあ確かにそれほどの大軍であれば街道を通過するのに時間も要するだろうし、たくさんの人に目撃もされよう。目撃者は容赦なく殺害したとしても人の口に戸は立てられない。
それに本能寺の変の発生した時は梅雨の真っ最中で当時の貴族の日記から相当な雨量が降っていることも確認できるという。
そうなれば桂川の水深は2メートルを優に超えるまでに達していて、到底13000もの軍勢が短時間で渡河できる状態ではないともいう。
結局この本では光秀は400人程度の部隊で本能寺を襲撃したのではないかという。
それにしても不思議なのは嫡男の信忠の行動だな、十分に逃げる時間も余裕もあったのにむざむざやられてしまった。
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このところ雄猫はおなかの下半身部分や前足の真ん中あたりがハゲてきている。
もともと神経質な猫で少しストレスがかかるとヤスリのような舌で身体を舐め回してしまう。すると毛がこすれて薄くなりおそらく違和感が生じてまたそこをなめてしまうという悪循環でハゲのエリアが拡大してきている。
通販で身体全体を覆う服を購入して着せてみたら着ている間は大丈夫なんだが、夜の間ぬがしてみると、途端に復讐するかのようにくまなく全身を舐め回すので効果は出ていない。
ストレスを減らすために早朝、せがまれたら積極的に外に出すようにもしている。見ていると横の溝に生えているイネ科の草をムシャムシャ食べたり少し遠出をしたりしているが、散歩中の犬の姿を見たり、通学中の小学生に見つめられたりするとすぐに家の中に避難してくる。
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今日は四条木屋町下がるにある「フランソワ」という喫茶店に出向いた。東京書籍から出ている「くらべる京都」に載っていてレトロな店のようなので行ってみたかった。
11時過ぎに店に入り客は窓際の1組だけで、それでも横のテーブルは使用禁止の張り紙があるのは痛々しい。
そういえば祇園四条の「カカオマーケット」はチョコレートの専門店で白川を眺めるロケーションにあっていい店だ。コロナ騒動でしばらく店を閉めていて、再開後に出向いてお気に入りの「ダークオレンジ」をこうたのだが、伊予柑が石のように固くて歯が立たない。
このチョコは何度も購入しているのでびっくりした。おそらく店を閉めている間じゅうほったらかしにしていたから乾燥してしまったのだろう。それを臆面もなく売ってしまうのは痛々しいし、商売人としてバカだよなあ。
それはそうと「フランソワ」店内はステンドグラスはいいとしても、モナリザや青い首飾りの女がかけられていて、京都の人はこういうのが好きなのかな。俺にはバカだとしか思えないけどな。
玉子サンド、ハムサンドにレイコー2つで3100円、量も多く、レイコーも水出しなのかと思うくらい深い甘みのある味わいでよかった。なんでもアイリッシュコーヒーというメニューがあって1800円となっていて、聞いてみたら「ウィスキーの入ったコーヒーです」とのことだった。
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石井妙子の「女帝 小池百合子」は興味深いルポだ。
小池は芦屋の生まれだが決してセレブではなく、親は石油のブローカーで、政治家とのつながりをなんとか作ろうと後援会に入ってはおおぼらをふいていた。
「俺は中曽根や石原のパトロンでもありブレーンでもある」もちろん誰にも相手にされない。
小池は甲南女子中、高に進学して英語力を磨くが(自分程度の英語力ではのし上がるのは難しい、ここは誰もやっておらず、しかも石油利権とかかわるアラビア語をマスターしたらよい)などとこざかしいことを考えて関学を中退してエジプトに出向いて、カイロ大学に入るためにアラビア語を学び始める。
しかしそもそも石油の取引は英語で行われており、アラビア語を使わないから小池の読みは間違っている。
さらにアラビア語を学び始めたはものの、極めて難しいし、またカイロ大学で使われるアラビア語は口語ではないので一層の努力が要求されることがわかった。
しかし小池には努力をしていく意欲も能力もない。
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