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古本屋日誌
2020-09-04 09:52:00
彩流社から「再審 本能寺の変」なるムック本が出た。
京都の発掘調査から本能寺は京都の総構えの外側に位置しており、そのため寺の東側には塀が張り巡らしてある、道幅は歩兵がやっと4人程度並べるほどしかなかった、また本能寺の大きさは120メートル四方程度しかなかったなどがわかってきたのだそうだ。
この本によれば本能寺をぐるりと取り囲むのに必要な兵隊は140人程度であって、巷間で言われているような13000の軍勢など物理的に不可能なんだそうだ。まあ確かにそれほどの大軍であれば街道を通過するのに時間も要するだろうし、たくさんの人に目撃もされよう。目撃者は容赦なく殺害したとしても人の口に戸は立てられない。
それに本能寺の変の発生した時は梅雨の真っ最中で当時の貴族の日記から相当な雨量が降っていることも確認できるという。
そうなれば桂川の水深は2メートルを優に超えるまでに達していて、到底13000もの軍勢が短時間で渡河できる状態ではないともいう。
結局この本では光秀は400人程度の部隊で本能寺を襲撃したのではないかという。
それにしても不思議なのは嫡男の信忠の行動だな、十分に逃げる時間も余裕もあったのにむざむざやられてしまった。
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