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古本屋日誌
昨日神戸のお客さんのところに昼前に伺う案件があり大阪から新快速に乗ったのだが、しばらくして「間もなく三ノ宮」だとのアナウンスがあり、降りよかなと席を立ったところ列車はスピードダウンして高架下の駅に停車してしまった。灘の駅だった。
すぐに車掌のアナウンスがあって
「11時15分くらいに神戸駅でお客様が新快速と接触したとの情報が入っております」
「現在この列車は灘駅の先の信号が赤になって止まっています」
「下車はしていただけません、また相当時間がかかることが予想されます、お手洗いは1号車と5号車にあります」
「なお〇号車と△号車の間は通り抜けができなくなっております」
などのアナウンスが切れ目なく続き、乗客も少しざわついて電話したり、あれこれしている。
アナウンスとともに1号車にあるトイレに向かうのであろう人がいて、別に今自分は催してもいないのだが歩く姿にあおられてなんだか腹具合が悪くなってきたようにも思えた。
JR西日本のホームページを見ると復旧見込みは12時20分が予想されるとある。
その後も車掌のアナウンスは切れ目なく
「現在神戸駅では警察と消防の到着を待っている状態です」
まあ人身事故だから1時間以上かかるのは仕方のないことだ、このご時世生きるのに疲れてしまうのは誰にもあることなんだ、その思いがたまたま死んだ人に強く出ただけで、いってみれば自分の代わりにその人が死んでくれたようなものと考えることもできるのだと思った。
そこでお客さんに電話して遅れるのを伝えようと思ったら
11時45分くらいに
「順次運行を再開したとのことです」とのアナウンスがあり、見ていると灘駅のホームに普通電車が入ってきてそのまま発車して行った。
(まあ番線の加減でそういうこともあるよなあ)と思っていたら
すかさず
「新快速の番線は先に列車が詰まっていて少し運転再開に時間を要します」との説明アナウンスが入った。
結局25分遅れで三ノ宮に到着。京阪電車なら復旧に1時間は間違いなくかかるのにJR西日本はえらく早い。
それにしても車掌の途切れることもない、的確な現状報告や見通しのアナウンスにはビックリした。
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福田紀一が京都と大阪の大衆の違いについて「大阪の人間はいつも仕事でせわしのうしてるけど、京都の人はぶらぶらしてる感じがする」と言っていたことが山田稔の「こないだ」にある。
山田は常々「神武天皇がどうたらこうたらゆうような奇想天外な小説やのうて、日常のエッセイ風な作品もお前は上手いんだから書いてみたらどや」と忠告していたが福田は頑として言うことを聞かなかった。
つまり、山田は福田の余裕のなさやへんなこだわりを表現したかったのだろう。
それはそれとして、確かに京都は観光で食べている街なので、観光客が来るのを待って、しかも悠然と和やかにお出迎えするスタイルがフィットするわけだから、福田の言うこともあながち的外れとは言えない。
しかしコロナ騒動で長期にわたってインバウンドの期待が絶たれ、国内の客足も細ったままで、京都の街には荒廃の色が見える。
観光客向けにこった料理を出す店も閑散としていて
「これはもう誰にもゆうていくことができしませんな。例の自粛でうっとこも店閉めてましたけど、そら開けてやったらひょっと出てしまいでもしたらなあ」みたいなことを皆ゆう。
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編集工房ノアからは山田稔の本がたくさん出ているが、2018年に出た「こないだ」は覆棺録みたいな著作で齢90になんなんとする著者の身の回りから消えてしまう友人の思い出をあれこれ綴っている。
なかでも同い年の福田紀一との細かいやりとりは心打たれる。
福田は「神武軍、大阪へ上陸す」などの奇想小説で知られた作家だ。
福田とはよく電話で友人の消息やどうでもいい話をしていた仲だったが、ある時から福田はパソコンにハマり山田が旧友のあれこれをやりとりしたいのに、福田の方はパソコンの新しい機種の話を延々とし続けるといった具合で、やりとりが山田には負担に感じられるようになった。
山田はこのチグハグなやりとりを(こちらが)「酒を飲みたいと思っているところにコカコーラをだされたみたい」とたとえていてなかなか面白いのだ。
それでも福田は電話を切るときには必ず山田の嫁のことを気にかけて「ほな奥さんによろしく」と付け加えるのを忘れなかった。
やがて福田との電話のやりとりは間遠になるのだが、代わりにハガキで近況を伝え合う。消費増税のためにハガキが50円から52円になる直前に山田は「これが最後の50円」てなのを出したところ折り返し福田は「大兄が2円の節約、小生も2円、あと1円でご縁で何が買えるだろうか」というハガキを送ってきた。
しかしまもなく福田は亡くなりご縁はこなかった。
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先日NHKの「歴史秘話ヒストリア」で大東亜戦争のガダルカナル戦の特集があった。
先の戦争で、帝国陸海軍が半年にわたり消耗線を強いられて戦争の転換点になった戦いだ。
去年新しくアメリカで見つかった戦闘詳報を元に米軍が追い詰められていた事実を発掘したとする。
それは川口支隊6000名の飛行場攻撃を指していて、川口少将は部隊を3つに分けて二つの部隊には東西両方向から飛行場を挟み撃ちにする形で攻撃するように命じたのだが、これらの部隊は実はおとりで米軍の目をこれらに向けさせて、本隊は中央部から米軍の司令部を攻撃した。
作戦はうまくいき米海兵隊は大混乱に陥った。
ただ結局司令部を抜くことは出来ず、その原因は海軍が輸送船の派遣をケチったために十分な火器がなかったからだとなっていた。
なるほど夜襲してるわけだから火砲が充実していたら、米軍の司令部を徹底して狙い撃ちできたわけだ。
いわんや今回は三方向から同時に攻撃して海兵隊は大混乱に陥っているのだから、惜しい感じもする。
これを教訓として沖縄戦では火器の数や砲弾数の充実を図ったのかも知れない。シュガーローフの戦いで見られた通り機関銃の性能にしても弾薬にしてもは帝国陸軍はアメリカに全く引けをとってはいない。
それにしてもNHKの戦争番組はいつも同じ切り口でバカバカしい。
放置されている遺骨のシーンで「戦争は虚しい」とか言うんだけれど、それは頭の悪いNHKのディレクターの想いであってそもそも死んだ兵隊はそんなこと思いもしないだろう。
彼らは生まれ変わっても米海兵隊を皆殺しにして、飛行場を奪還することを願っていた。例えば9月13日の川口支隊の攻勢は戦略的にもよく練られたものであり、指揮官も将兵も勇猛果敢かつ冷静沈着に攻め立てた。海兵隊の連中を震撼せしめたものであって誠に素晴らしい。
死んだ将兵を悼むというのはまずその思いに身を寄せることだろう。
その勇猛果敢な戦いがあったからこそ、戦後アメリカは日本を反共の砦として手放さなかった、また天皇制を利用しようとしたとか、戦争放棄を強制してきたとか結び付けられるだろう。
今日的な価値観でひたすら平和を持ち上げる幼稚な価値観や、とにかくアメリカを批判したくない飼い犬みたいな考えにはついていけない。
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ぴあからテレビアニメ「じゃリン子チエ奮戦記」が引き続き刊行中だ。
この中にテツがまむしの通の食べ方だとしてひらめちゃんの前で見せる食べ方がある。
要するにまむしに乗っているうなぎをひとまずよけておいて、出汁のかかったご飯をぱくついて、終わってからおもむろにうなぎを食べるというものだ。
これは藤澤桓夫が作品の中で書いていた食べかただ。藤澤のは金持ちのええしが、店でまむしを注文して店では出しのしゅんだご飯だけを食べて看板のうなぎはつつまして家に持って帰る展開になっていた。
これはまむしの場合看板のうなぎだけでなく、ご飯の中にもうなぎがサンドしてあるので、こっちは店でいただいて、表面に見えているうなぎは家でまたご飯にサンドして食べようと思っているわけだ。
うなぎの食べ方としてはサンドした方が美味しいと考えているわけで、ケチということではなく、合理性を追求する姿勢だと考えたい。
それにしても「じゃリン子チエ奮戦記」は相変わらず愉快だ。
チエが大金の入った財布を落とした話がある。
テツは手下のヤクザ2人とお好み焼き屋のおっさんを集めて財布の捜索を命じるのだが、「ええか、お前らよう聞けよ。財布が見つかっても大騒ぎしたらあけへんぞ。こっそりわしに『見つかりました』ゆうんやぞ。」不審に思ったヤクザがそのわけをたずねたら
「そんなもん、財布探してること、チエに知れたらチエを傷つけることになるやろ。そこは何もなかったようにしたるのがええんや」てなことを言うのが面白い。
そうなんだよなあ、大衆て変なところが実に細やかなんだよなあ。
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