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古本屋日誌
今日は京都のお客さんのところに伺った。
京阪三条から三条通を西に歩いて三条大橋西詰の高瀬ビルをふと見上げたら二階に「天下一品」がオープンしている。なんでもラーメンや定食にはサービスでれーこーがつくということなので早速上がってみた。
二階の窓際にはカウンター席が設けてあってゆったりしたクッション座席からは三条通北側を行き来する人の姿を見ることができる。
三条通といえば京都の伝統的なメインストリートでとりわけ橋詰には大昔からちりとりやキリわら、ホウキの専門店や巨大な旅館が並んでいる、このところは川端にスターバックスもできた。
そのメインストリートをゆっくり眺めながらうまいラーメンにコーヒまで飲めるとはなんと贅沢な楽しみだろう。
しかしコロナ騒動で道行く人は観光客でなく地元の普通のおじさんやおばさんやリーマンたちだ。旅館の隣のビルの二階にたくさん吸い込まれていく。
窓に貼り付けてあるポスターによれば「おかず、100円‼️」とある。地元の人は安い店をよく知っている。
心斎橋筋の「本福ずし」もカウンターからはっすじを行き交う善男善女の姿を見ながら箱寿司をつまめたんだけど、もう今はない。
河原町三条のバス停から203系統で金閣寺方面に向かう。バスは地元の人で埋まっている。もちろんすこし北にある府立大学の附属病院に行くためだ。荒神口の次のバス停ではほとんどの人が降りてしまう。
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うちは特に倉庫を持っておらず、自宅に在庫を保存している。在庫は文庫本が大半、あと単行本で2400くらいだ。
当初は在庫は700くらいだったので、壁際に設置した7段の本棚数本に収納していたが収まりきれなくなり、現在は作業部屋の床に並べている。本は木材なので相当な重量があり、壁際だけに積み上げると床に不均等に負荷がかかって家が傷むもとになってしまう。
それで床に横並びで背表紙が見えるようにしてあるのだが、どうしたことか本同士の表紙がくっついて癒着して剥がれなくなるケースがある。
特に講談社文庫とちくま学芸文庫は相性がよく、しばしば癒着してしまう。
もともときれいなカバーなのだが印刷の黒いさや赤や様々なインクがマダラにカバーに付着してしまう。値札を剥がすときに使う揮発性の溶剤で取り除こうとすると、それなりに落ちることは落ちるのだが、元から本に印刷してある文字まで溶かしてしまうために印字が薄くなってしまう。
それはそうと古本屋の最大の問題は注文のあった本をいかに速く見つけ出すかだ。一応客からこうた順番に並べてあって、パソコンには購入日を一覧にして見れるように、検索もかけられるようにはしてある。
注文のあった本はいついっかこうたのか覚えているものもあってそれはことが早い。
しかし全く記憶のない本も数多くあって、まずパソコンで検索して、何月何日に客からこうたかを調べる。それをもとに検討をつけて探して、それでも見つからないものは購入日の細かいデータ、ほかにどんな班を購入しているかを調べる。毎日30点以上は仕入れているからとうてい全部覚えることは不可能だが、馴染みのある何冊かの書名を暗記して探す。
それでもなかなか見つからないことがあり、イライラしてしまう。
なぜ見つからないのかその理由が分からないのでイライラがつのる。
①本当はあるのに注意力散漫で探し当てられない
②別の本を間違えて登録してしまっている。(新潮文庫の「死の棘日記」を間違えて「死の棘」で登録しているとか)
③本当は上巻だけが在庫であるのに間違えて下巻を登録してしまっている。
④もともと在庫はあったが、セット販売するためにまとめた、そのセットが売れたのに登録の変更をしていなかった。
⑤神隠しにあい、探しているときだけ出てこない。普通に本棚を眺めている時はすぐに見つかる。
などが理由として考えられる。
さて1番多いのは何番だと思われますか?
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ヨシタケシンスケの絵本は人気がある。
子どもにはちょっとわかりにくい話もあるが絵が可愛いし、いろんな考えを思いつかないような絵にして示してくれるところに、子どもも新鮮な感動を受けるのだろう。
「ぼくのニセモノを作るには」には幼い頃から小学3年の今に至るまで、変わらない自分があることが大きく1ページを使った視覚化してある。
また人は頭の中で人には言えないよからぬことを考えていたり、自分に心地よい理想の形をあれこれ思い描いたりしているのを映像化している。
実は人の内面が十人十色で自分だけの独自の世界だとの主張の前のページは動物園の絵になっている。
そこではライオンやワニが「食べるんだったら、どの人間でもおんなじだな…………」てなことを思っている姿が描いてある。
これはなかなかコントラストが効いていて、人の個性てそれぞれだよね〜と人間関係に疲れたわれわれを癒してくれるわけです。
まあ確かに三つ子の魂百までというのはあるかも知れないし、それなりに個性的な人もいるだろう。
でもどんどん人は変わっていってしまう。顔も変わるし、やっていることもそうだし、考え方もどんどん流されていってしまう。
個性や人との違いはあんまりないよね。ほぼ幻想でしかない。
このあたりのこともそのうちヨシタケシンスケは表現してくれるのではないかと予想している。
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四天王寺の古本まつりは10月2日から開催すると決定したとのことだ。
今日まで開催中のたにまち月いち古本市で聞いた話だ。今回の古書会館での古本市はいつも参加していた寸心堂や、たまに参加していた池崎書店、ロビンの古本屋などが出店しておらず少し小ぶりなものとなっていた。
今のところ百万遍での京都の古本市も開催予定だそうで、知り合いの古本屋の話では「うっとこもそうなんやけど、どこの古本屋もな、即売会が流れてしもたんで、在庫がようさん積み上がっとんねん、それにな、今回やらなんだら今年はいっぺんもやらへんことになってまうやろ、これは腹立つことなんや」という。
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野球は全然面白くない。ショービジネスとして客から金を取れるレベルに全くなってない。
タイガースは京阪神地区という日本第二の人口稠密地帯を背景に持っているのにもう15年も優勝しない。
セントラルは6チームしかないのだから6年に一度か、いくらなんでも10年に一度は優勝させなければ広範なファン層は維持できないし、興行として終わっている。
さて、現在タイガースは完全に客からは見放されていて、テレビ中継など見る影もないほど少なくなっている。
その中継を見てるのは選手の家族だけで視聴率は限りなくゼロに近いと私は思う。また甲子園は40000以上客が入るが毎試合5000にも満たない。この客は選手の家族と隣近所の物好きであるに違いない。
阪神百貨店やシモジマなどにあるタイガースショップは客がおらず、当然グッズなど売れない。買い物をするのは選手の両親とグッズのデザイナーだけであるようだ。
実はこれは極めて異例なことでこれまではどれほどタイガースが負けようとも甲子園には4万からの大衆が詰めかけてきていた。
普通に考えればいつも負けるチームの試合などわざわざ見に行くだろうか‼️
ジャイアンツの菅野と投げ合う藤浪の試合を観に行き、案の定藤浪がファーポールを出してどんどん打たれるのを見て
「アホ‼️なんしとんねん‼️」と吠えている。アホはお前だろう。
なぜ大衆がそんなおかしな行動に走るかというと、淀川や武庫川の上水道の水にはなんと‼️‼️バカを加速させる酵素のようなものが混じっている疑いがあるのだ。
このおかしな水を生まれた時から飲んでいる大衆は弱い連中を贔屓するようになったり、わざわざ負けると分かっている試合を見に行くことを好んだりするようになってしまう。選手もその水のために、それなりにあった素質が損なわれたり、下手くそなのにもかかわらず練習が嫌いになったりしてしまう。
ところが今年は甲子園に客が入らない。全然こない。
実は今年初めからコロナの流行でそのビールスが水に作用してバカ成分が失われてしまったのではなかろうか。そのためふと我に帰ったら大衆はくだらない試合には見向きもしなくなった。
そのためタイガースでは野球を面白くするためにさまざまなルール変更を予定していると思われる。
まず甲子園の周回にビアガーデンやオープンカフェを設置して下らない試合の時は入退場自由にして利用してもらう。またゲームでは打席に立てるのは2番、3番、4番の3人だけとなる。他の連中は全く打てないので出てくるだけ無駄だし、電気代やその他諸経費の無駄遣いとなるので打席には立てない。
また初回は3アウトではなく、2回と合体して6アウトまでいけるようにする。
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