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古本屋日誌
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ちくま文庫から北村薫の「詩歌の待ち伏せ」完全版が出た。
もともと文春文庫から3巻で出ていたものだが、非常に面白い本でしばらく品切れになっていたのは残念だったので江湖に迎えられよう。北村が感動した詩を引用してその魅力を語る本です。
この中にアンドラージの「集団」という詩が入っている。
「ホアンはテレサを愛していて テレサはライムンドを愛していて
ライムンドはマリアを愛して マリアはホアキンを愛していて ホアキンはリリーを愛していて リリーは誰も愛していなかった
ホアンはアメリカ合衆国へ行ってしまい
テレサは修道院へ
ライムンドは思いがけない事故で死に
マリアは独身でとおし
ホアキンは自殺し リリーは平凡な男J・ピント・フェルナンデスと結婚した」
北村はこの詩は理想のはかなさとともに胡散臭さも表現していると言います。確かに理想の相手と結婚できた人は誰もおらず、そういうものを持たず現実的だったリリーだけが結婚できています。
胡散臭い、確かに誰もが一旦抱いた夢をかなぐり捨てて、適当な人生に堕しています。そうなるなら初めから理想なんか語らないほうが無駄な努力もせずに済むからよっぽどマシでしょうに、自分という厄介者を抱え込むわれわれはそこまで達観はできないのです。
まあこれはこれでその通りなんですが男の場合色恋沙汰はもっと即物的ですね。理想とかはなく、とりあえず可能性のある女は口説いてみようというわけです。
今は明石の駅前で心療内科のクリニックを開業している友人は学生時代私と同じ寮に住んでいました。
ある日私の部屋に訪ねてきてこれから女のところに先日の無礼な振る舞いを謝りに行くから、一緒に来てくれないか?そのお礼と言ってはなんだか、俺の妹を紹介するからと言います。
なんかよくわからない話なので聞いてみたら「こないだの晩にな大文字山にな2人で登ったんやけどな、そのあとな、ラブホテルに行こやないかと手を握って入ろとしたんやけどな、女は『いやや、行けへん』いいよんねん。ほんで言い争いになってもうて『もうあんたなんか顔も見たない』ゆわれてもたさかい弱っとんのや」
まあバカなんですが、本人の読みではまだまだ脈があるということでしょう。だいたい銀閣寺あたりの大文字山からラブホテル街の岡崎公園までは相当距離があります。それを夜中にのこのこついてくる女なわけですからね。
女のアパートまでついて行って、男がノックして「こんばんは、俺なんやけどこないだはすまなんだ。今日は友達連れて謝りに来たからなんとか開けてもらわれへんやろか」とゆうたら、女の方はもちろんちゃんとニコニコしてドアを開けて「またどっか行こな〜」ゆうてました。
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「山田稔自選集 3」が編集工房ノアから出た。1930年生まれの著者の年譜も添えてある。この3巻目はフランス留学中の話を中心にしたものだ。
山田はパリの高級住宅街に下宿していたが、それは金持ちの年寄りが税金対策としてやっていたことで、確かに賃料は相場よりずいぶん安かったという。
山田は下宿で大半の時間を過ごし鬱々として楽しまなかったが、オーナーの老人が時に散策に連れ出してくれることがあった。郊外の森を散歩して楽しんだのだが、ふと気がつくと老人の姿が見えない。
取り残されたとか、悪戯というのではない。気をつかって誘ったわけだからサービス精神があるわけだ。
山田にも心当たる節があって人と過ごしていてもなぜかふと自分だけの世界にこもってしまうことがある。
しばらく道を戻ってみたら木々のあわいさに老人が佇んでいるのが見えた。取り立てて慌てる風にも見えないし、悪戯を見つけられた悪ガキのようでもないし、もちろん相手への違和感に耐えているように見えない淡々としている。
山田はこれが人が死んで見えなくなってしまう世界みたいなものではないかという。
若い頃は人間関係の煩わしさについそれが表情に出てしまうことがある。嫌われた方もそれを感知して「だったら最初から誘わなかったいいだろうよ」との思いを禁じ得ない。
しかし老いが広く深くわだかまりを包み込んでくれることがあるという話なのだ。
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コロナの騒動で収入が減り、生活に支障をきたす人が身近にもたくさんいる。
奈良の旋盤工の友人はパソコンを駆使して携帯やスマホの型枠などを器用に切り出していくベテランの職人だが、今年の夏は会社が左前でボーナスが全く出ず、その上お盆は9連休となり仕方なく連休中は別の仕事に就いている。
塾の友人たちは夏期講習が小学校の授業の関係で短縮されて、担当時間数が大きく減っている、10万を遥かに越すような大幅な減収となっている。
家のローンとか切り縮めがたい出費を抱えている人は本体に大変だよなあ。
小学校、中学校、高校、大学など教育機関は授業の映像配信でことたれりとなっていくだろう。
本当にことたれりなんかどうかはどうでもいいことで、映像配信ならば一つ授業の映像があれば何百人であってもつかえるから、対面で生徒を相手にする一人一人の先生など不要となる。
とりあえず圧倒的な規模で人減らしができるというのが極めて魅力的でその方向に進むのは確実だ。
塾にしても映像配信で済むのなら、駅近の一等地をレンタルして多額の賃料を支払う必要もなくなるわけだから願ったり叶ったりだ。
同じことは都心部のオフィスにもいえるわけで、家でリモートで仕事を社員にさせた方がいいに決まっている。残業もさせ放題となって賃料も光熱水費も負担しなくていい。
だから現在多額の金品を支払っているオフィスビルなど全く不要だ。
このようにコロナ禍は「ショックドクトリン」の壮大な実験場となっている。
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今日は休みで嫁と銀閣寺に参拝した。祇園四条で降りて提灯の下がっている南座の前から縄手通りに入りうどんの「おかる」で肉カレーうどんを食べた。
京都のうどん屋なので「きつね」はきざみうどんであり、大阪の「きつね」は「甘きつね」と表記してある。もちろん「たぬき」もあるがきつねのあんかけである。予想通り「甘たぬき」というのはメニューにはない。
「おかる」のすぐ横のビルの地下にカレー屋がオープンしていた。これからはカレーうどんにしようか、それともカレーライスがいいかと悩める日が来るのを願いたい。
また京阪電車で出町柳まで乗り、今出川通から市バスの17系統で銀閣寺道。
古本屋の「善行堂」。編集工房ノアの本がいろいろ置いてあって魅力的だ。山田稔は「自選集」を出していて先頃全3巻が完結した。川崎彰彦の小説、山上たつひこの漫画、石原吉郎の詩集もある。
今日は不思議なくらいよく曇っている上にかなり風も吹いていて、京都盆地の下から湧き上がってくるような温気に悩まされることもないし、天気予報では午後2時から70%の雨予報も外れて愉快な遠足だった。
観光客はほとんどおらず、沿道の土産物屋も店を閉めているところがかなりある。特に八ツ橋の各チェーン店はみな店を閉じていた。地元の土産物屋は家族経営だったりもして、細々とでもやっていけようが、チェーン店は社員やアルバイトも抱えているから経営は大変だろう。
さて境内も人少なで、魅力的だったのはひぐらしが一際高くなき誇っていたことだ。
クマゼミばかりが目立つ萱島に比べて、心なしかひぐらしの「かなかなかなかな」は上品に聴こえて面白かった。銀閣や東求堂を眼下に望む庭園の沿道はよく掃き清められていた、また木々の下にはびっしりと苔が茂っていて、さぞかし手入れは大変だろうと思いやられる。
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