Welcome
古本屋日誌
雑誌「あまカラ」はこの手の食雑誌の草分けで判型も横長でグラビア多数の形は今も「銀座百点」などに継承されている。
今東光といえば八尾の天台院の住職となり長らく居を構えて「河内風土記」やら「悪名」やらをものしこれらは勝新主演で映画化されて大人気となった。後に嘉門達夫の「河内のオッサンの唄」が人口に膾炙し下品だとか野鄙だとかの論争が起こった。
小説「悪名」は1960年に「週刊朝日」連載で、今東光はそのずっと前から八尾に移り住んでいて1957年の「あまカラ」7月号に「食談義」というエッセーを載せている。
今は東京などに帰る気はさらさらない、東京は関東大震災で下町を失い、大東亜戦で山の手の大部分を失って「まるで植民地でないか」という。
対して京都、奈良は焼けることなく残り、河内国などは昔のままで、心地よい上に瀬戸内海の魚のうまいことは東京のまずい料理などお話にもならない。西洋料理も堂ビル前の「ミツヒサ」のビフテキなど大阪一であり、それはすなわち日本一だということだと持ち上げている。
加えて東京は冬は鼻がひん曲がるようなからっ風に苦しめられるが河内国などは冬暖かいし「東京くんだりにどうして帰れますか」などという。
ところが、これほどの河内びいきの今東光の著作が後には全く逆に大阪バッシングの材料にされてしまうんだから不思議な話だよね〜〜
それはさておきこの「あまカラ」7月号には昭和始めの文人波多野承五郎のエッセー「関西料理は嫌いだ」も掲載してある。
関西では昆布だしで、これがよくない。
昆布をいつまでも煮てしまうから甘みが出てしまうし、どうしても薄味になるから最後に鰹橋を入れて味を整えているわけだが、関東では初めから鰹節でしっかりだしをとっていて、俺はこっちの方が好みだ。
また関西料理は野菜の煮物には特に薄口醤油を使って野菜に醤油の黒い色が移らないように調理しているので、出来上がった野菜は元の色味を失っていないが俺はそれも気にくわない。
などと関西料理の特徴をあげるとともに自分は好みではないと切り捨てる手法でなかなか面白い。
まああれですね、雑誌てこういうごった煮みたいなところが面白いね。
坪内祐三は大阪に関する本を2冊書いているが、宇野浩二の「大阪」を秀逸だと度々取り上げている。この本は例の太宰治の「津軽」や稲垣足穂の「明石」同様シリーズとして刊行されたものだ。
宇野はこの本で大阪の金持ちが料理屋で食べ残した料理を包んでもらって持ち帰る習慣は決してケチだとか金が惜しいとかそういう考えからくるものではないという。
全部余さず食べたいほど美味しかったことを料理人に伝えたいし、実際には残ったものは、家人や次に行く店へのお土産にもなるというように、四方に気を回した結果なんだというわけだ。
その宇野が昭和17年に刊行したこの「二つの道」には「若い日の事」と題した短編が収めてある。
主人公は東京の大学を出たのだが、奈良の母親の住処のそばの若い女と親しくなり、文通したり、逢引きを重ねているうちに、実は女はおてかけさんだとわかってくる。
しかし主人公は母親を入れて3人なら問題なかろうと女と旅行に行くのだが、これがパトロンにバレて女は電報で男の元へ呼び戻される。
女と逢えない失意の日々が続く中で、パトロン以外の男も夜忍んで来ていることがわかったりもした。
東京に帰り、職探しに明け暮れている主人公のところに、女に捨てられた幼馴染の男が転がり込んできて、話し込んでいるうちに実はこの男は主人公の気にかけている女の幼馴染で、愛し合っていたのに突然てかけにされて引き離されたことがわかってくる。
こういう話でほとんど横溝正史みたいなドロドロしたストーリーでよく誰も死ななかったものだと思うほかはない。
1月15日は朝から西天満の上原弁護士の事務所に伺った。
例の雇用延長裁判の打ち合わせである。
神戸に本社のある中学受験の進学塾では非正規雇用の先生は60で定年なんだが、雇用延長すると全く同じ仕事であるにもかかわらず時間給が8がけ、勤務時間数も減らされて年収では6割になってしまう。
これはいくらなんでも問題だろうと社会の先生が時給を元に戻すことやこれまでの減額分の補填を求めて去年の8月に神戸地方裁判所に会社を提訴した。
これまで3回公判があり4回目は2月17日だ。今回の打ち合わせは会社側から提出された準備書面の内容の検討だ。
会社側はその先生と契約した時の担当者の印象として「先生は好感を示した」という。
うーん、実際に「この時間給には納得していない、しかし今サインしないと契約が打ち切られるのでサインはします。だが今後時間給の交渉はやっていきます」と言って会社側も了承している録音があるのに、これが反証ではいかにも弱い。
iPhoneから送信
iPhoneから送信
つい先日の「週刊ポスト」の「この人に訊け」という企画で坪内祐三が最近の校閲は全然なってないという話を書いている。
「十数年前、相撲人気がなかった頃〜〜」と書いたら校閲が「八百長問題は2011年だから、8年前?」と書いてよこしてきた。
坪内はそんなことはわかっているし、その上でもっと前から相撲人気はおとろえてきたし、そのことは縷々指摘してきたし、本にも書いてきたのにそんなことをチェックもしないであれこれを言ってきたと不満をもらす。
そして最近の校閲とは正反対に極めて正確な本として文春新書の「内閣調査室秘録」を挙げる。
この本は内閣調査室が日本の秩序を維持するためにあれこれ工作していた面白い資料で、たとえば藤原弘達は左に行くかもしれないそういう学者だから、今のうちに取り込んでおけと関係をつけて接待攻勢をかけたという話が書いてある。
説得はもちろんキャバレーとかバーとかなんだが、詳細に日付と店の名前も書いてある。
まああれですね、権力者から金をもらって何かするのは買収だとかまいないだとかいう人もいるようだが、当事者からしたら、別に誰であろうと金を気前よく出してくれるのであればありがたいだけですからね。
結局金がどうたらこうたらゆうのは庶民の劣情に訴えかけているだけで、くだらないことです。
現に藤原弘達はその後もややこしい発言を続けて、「創価学会を斬る」という暴露本まで出して名を馳せた。
なんでも出版を妨害しようと竹入義勝に頼まれた田中角栄が説得したが埒があかず、その後も出版妨害を続け果ては「交通事故に気をつけろ」てな脅しまであったがもちろん出版されてベストセラーになった。
iPhoneから送信
iPhoneから送信
坪内は新潮文庫から「靖国」「慶応三年生まれ七人の旋毛曲り」「考える人」の3冊、講談社文庫から「ストリート ワイズ」の1冊、文春文庫から「1972」「文庫本福袋」の2冊、ちくま文庫から「文庫本を狙え」の1冊を出しているが、現在流通しているのはちくま文庫の1冊だけだ。
超長期連載の「文庫本を狙え」は最初の18回分が文藝春秋の「シブい本」にその後が晶文社から単行本が出て、その後はまた文藝春秋から続きが出た。その後は長〜く単行本化できなかったが本の雑誌から巨大な本が2016年に出た。
連載の書評がもれなく単行本化されるというのは極めて稀なことで、「サンデー毎日」とか「週刊朝日」に載っている青木るえかの面白い書評が全く本にならないのと好対照だ。
坪内本人はもっと評価されてしかるべきと思っていたようだが、本の雑誌社から出ている例の「〜〜日記」シリーズの中で「ずっと『東京人』からは干されている、長らく編集をしていたのに、なんの相談もない」とかはっきり書いてしまうような喧嘩っ早い性格なのに、いろんな出版社の編集者から愛されていたのだと思う。