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古本屋日誌
無性に読みたくなったからだ。
文春文庫の「文庫本福袋」でもいいし、ちくま文庫もあるし、PHP新書の「大相撲新世紀」もいい。単行本の「靖国」とか「古本的」や本の雑誌社の「酒日誌」でもいい。
ところが残念ながら1冊も見つけられない。小谷野敦は新潮新書の「世界史」やちくま新書の「もてない男」はすぐ目につくところに何冊もあるから、坪内の本は読みたい人がさっさと買っていったのだろう。
それが証拠にうちの本屋からは新潮文庫の「靖国」1刷、ピアの「大阪おもい」「まぼろしの大阪」、文春文庫の「文庫本福袋」単行本の「古本的」「慶応三年生まれ七人の旋毛曲り」と矢継ぎ早に注文が入った、やはりみんな無性に読みたくなってるんだろう。
15日は朝から西天満の上原弁護士事務所に出向いて雇用延長裁判の打ち合わせに出た。
そのあと天三の「天牛書店」に行って坪内の「本日記」を見つけて買う。
「本日記」には2001年の11月29日の話が書いてあって、この日は新宿で坪内がからまれて重傷を負った事件から1周年だそうで、「松田さんとともに、去年同様6時に山の上ホテルで待ち合わせして同じコースをたどる事故後1周年記念を行うつもり」とある。
つまりは筑摩書房の松田哲夫は坪内と事故の時に一緒にいたわけだ。止めようとしたのか、逃げようとしたのか、それとも見て見ぬ振りなのか、それにしても坪内って面白いね~~
普通なら悪夢のような体験だろうものなのにね~~~~
足を伸ばして本店に出向いてみたがぐるっと広い店内には在庫はなかった。
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突然坪内祐三の訃報に接して衝撃を受けた。
急性心不全とのことで驚くほかはない。今週の「週刊文春」には例の通り文庫本の書評があったし、「本の雑誌」の年間文庫のベストも書いていて特段の変わりもなかったからショックだ。
坪内には大阪に関する著作が2冊あってともにピアから出ている「大阪おもい」「まぼろしの大阪」なんだが、坪内が興味津々だったものを挙げてみよう。
❶織田作之助、細かい市井の描写から織田は伝統的な大阪の街並みが好きだったはずだと坪内は言う。
❷ダイビルの屋上にあった広大な緑地。東京にはないジャングルのような緑地とのことで坪内はかなり気にしていた。まああれですね、今は建て替えられてないけどね。
❸宗右衛門町の巨大キャバレー「メトロ」坪内は映画の「めし」でもその内部を確認していた。
❹大川を行き来する観光船から見た中之島や両岸の緑に富む風景。東京にも船の観光はあるが坪内は「緑も少ないし、単調な風景だ」という。
❺アルサロに勤めながら「道頓堀左岸」などの人情小説をものしていた磯田敏夫。これはもちろん織田作の懐古趣味に通じるものだ。
❻中津の出版社「編集工房ノア」の出しているPR誌「海鳴り」、概ね年一回の発行だがそのレベルは高いね〜
❼阪神間モダニズム、非常にオシャレな雑誌やポスターがあって、洗練されていて坪内は気に入っていたが、谷沢永一は「大阪は雑誌だけは洒落てるんですわ、他はちょっとやり過ぎなくらい泥くさいのが大阪の人の好みなんですわ」と言っていた。
❽箱寿司、心斎橋筋に面して道行く人を眺めながら鮓が食べられた「本福ずし」。坪内は銀座では到底無理、素晴らしいという。
とまあ思いつくままに挙げてみたが、つまりは情緒的な伝統を継承しているものと東京では手に入らないものなんだよなあ。
うちの本屋は坪内から2回注文を頂戴したことがある。2回ともPHP新書の「大相撲新世紀」でもちろんこれは坪内祐三ご本人の著作で、帯付きの1刷でなかなか手に入れにくいものだったのだが、高い値段でお買い上げいただいた。
このホームページで何度か坪内の著作を取り上げたお礼だと思いたい。
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今週の土曜は関西圏の中学入試で、また大学入試のセンター試験でもある。高校入試は2月から3月にかけてだからいつも中学と大学が重なる。
かなりさむい時期のはずなんだが今年はありがたいくらいの暖冬で、これなら地球温暖化でもええよなあと思えてくる。
30年以上前に教えに行っていた中学受験の進学塾は阪急宝塚線の上原あたりにあったが、晩の9時に授業はおわるはずなんだが、先生方はいつまでも教えつづけて10時くらいまで平気でやっていた。
正社員の校長は9時半上がりなんだが非常勤の先生がいつまでもやっているので帰ることもできないわけだが、特に文句をいうこともなかった。今そういう決められた時間を逸脱した授業をしたらまず親からクレームが入るだろう。「電車を一本乗り過ごしたら20分くらい帰るのが遅れる‼️きちんと時間通り終わらせてくれ‼️」てな感じだろうなあ。
昭和15年に出た内田百間の「南山寿」を入手しました。ぜひお読みください。
勤めていた学校を定年で退いて、恩給はあるものの、妻もいるし、老後のたつきをどうするかと考えて就職活動で後輩を訪ねるが「授業をあなたに回したらその分他の人の担当が減ってしまいますから」断られてしまう。
おまけに後を襲った男が不気味で、ストーカーのようにことあるごとに居合わせて「偶然ですよね〜〜」と言ってくる。長年連れ添った妻は脳溢血と思しき病で急逝してしまう。
所在無く送別会をしてもらった飲み屋に昼間から行って長々酒を飲み続けでしまい、店のものから「先生、実は今日は先生の学校の新人の歓迎会があるんですよ」と言われて、それまでには帰ろうと思うのだが、ズルズルいつづけて同僚に出会ってしまい「先生も出られませんか?」とかありえないような言葉をかけられてしまい、もちろん断ったものの、後々も仲間の間で語り草になってしまう。
おまけに仕官を頼みに行った後輩が、授業の空きが出たにもかかわらず仕事を百間には譲らず自分が引き受けてしまう。
まああれですね、内田百間はそんなに売れていなかったようだから金には困っていただろうし、職も失って焦燥にかられるところもあったんだろう。その焦りが面白く書いてあった。
ディスカヴァー携書から高野陽太郎の「日本人論の危険なあやまち」が出た。
高野は以前からステロタイプの日本人論に異を唱える信頼できる学者なんだが、この本では日本人が集団主義であるとか個が確立されていないだとか、恥の文化だとかいうような従来の日本人論を批判していて小気味好いが、それよりもアメリカへの批判があれこれ書いてあって面白い。
1980年代に半導体は日本メーカーが世界シェア5割というところまで行き、文字通り世界を席巻していたのだが1986年の日米半導体協定で日本の半導体市場の2割は外国製品に譲らなければならず、日本の営業マンは泣く泣くアメリカ製品を顧客に勧めなければならなくなった。またスーパーコンピューターにもアメリカは製品価格の何倍もの「反ダンピング税」を課して日本製品を排除した。
さらにパソコンの基本ソフトも国産の「トロン」を全国の学校に採用しようとしたらアメリカの通商代表部が「貿易障壁」などといちゃもんをつけてこれにおそれをなした日本政府は自主規制してトロンの採用をやめた。
などの話が詳細な書いてあって興味深い。