Welcome
古本屋日誌
ディスカヴァー携書から高野陽太郎の「日本人論の危険なあやまち」が出た。
日本人はタテ社会であるとか、集団主義で個性を重んじないなどの過去の様々な日本人論に異を唱える本だ。だいぶ前に高取正男の「日本的思考の原型」にも日本人は一人一人違う箸を使うのに対して、欧米人はフォークやナイフを家族で共用しているから、どちらかというと日本人の方が個人主義的ではないかとの指摘があった。
またハサウェイのハリウッド映画「プラダを着た悪魔」には編集長から息子の幼稚園のお迎えを業務として命じられる編集部員の姿がこれでもかこれでもかと描いてあった。日本では今はもちろんだがかなり前でも明らかに公私混同であって社内で許されることではなかろう。
週刊ポストが「裏面の大阪学」と称してインバウンドや万博に沸く大阪の裏側を暴くとして記事を掲載している。
在日の首都だったこと、山口組が制圧する前にいろんなヤクザがいたこと、ヨシモトが席巻する前浄瑠璃や歌舞伎の上品な文化があったことなどが取り上げてあるが、どれもこれもこれまで言い古されてきたネタばかりでくだらない。
井上章一もコメントしていて「昭和の初めに一大工業都市となり煤煙が市内を覆うようになってしまったためにブルジョアジーは阪神間に居宅を移し、代わりに九州や四国から大量の労働者が流れ込んで芸能も彼らに寄り添うものになった」という。
でも漫才はそれなりに受けたわけだが、浄瑠璃や歌舞伎の衰退は高度成長期以降だと思うけどなあ。
NHK出版新書から更科功の「残酷な進化論」が出た。入手したのは2刷なんだがオレンジの通常のカバーの上からまたグリーンのカバーがかけてあって、都合2枚もカバーが付いている。
中公新書は10万部を突破した場合特別仕様のカバーをまとえる特権が与えられることは井上章一が言ってたなあ。NHK出版も似たようなシステムがあるようだが2刷で10万はない気がするよなあ。
さて中身だが。人間の体は進化の頂点にあるわけではないことを豊富な例をもとに論じている。
肺の機能は大したことはなく、例えば鳥類に比べると彼らが群れをなしてエベレスト級の高山を飛び抜けていけるのに対して、われわれは酸素ボンベがあっても難しい。
人間は尿素を大量の水に溶かして排出しているが、陸上の水に恵まれない環境では極めて不利で、その点鳥類や爬虫類のように尿酸で排出することにしたら、ほとんど水も使わずに排出できて陸上生活にフィットしている。
なるほど、確かにわれわれの身体はベストフィットではないんだろうなあ。
今朝は京阪電車の寝屋川市駅まで電車で行って徒歩で郵便局に行こうと前日にネットで距離や所要時間を確認し、5分あれば大丈夫と予習しました。
以前から自転車で郵便局から寝屋川一番街を経て駅の南口に至るルートは何度か通ったことがあるので、問題はなかったはずなのに、いざ歩いてみると最初の四つ角で逆方向に道を取ってしまい、結局着くまで20分もかかりました。
それはそうとEテレで元旦、2日の深夜、ハリウッド製作のドキュメンタリードラマ「奇跡の星」の放送があった。「クローズアップ現代」みたいな作品なんだが見せ方が面白かった。地球は過去何度も非常に大きな天体との衝突を経験していてその度に生物は大絶滅を経験しているという例のよく知られた話をやるのだが、画面にはボクシングの練習シーンが長々と映し出される。
6500万年前の、恐竜を絶滅に追い込んだ衝突についての解説ではユカタン半島に出向いた地質学者がその痕跡である大きな丸い湖に立つ。そこで地質学的な説明や、「ブラタモリ」的な地図、模型を使った説明があるかと思いきや、ウエットスーツに全身を包み切り立った湖に延々潜っていくシーンが放送される。地質学者に似合わぬ胸板で、上空からの陽の光とあいまってマッチョだがエネルギッシュな映像となって、何かエステかボディビルダーのCMのようだ。
アメリカ人は自然科学のドキュメンタリーでも肉体美を誇示したりするのが好きなんだろうよ。個人の肉体的な能力を本心からすごいものだと考えてるんだろうけど、そんなにたいしたもんですかね〜〜
だいたい人並みはずれた能力とかいっても遺伝も大きいですし、もらってる給料を考えたら完全な不労所得でしょう。何がそんなに偉いのかさっぱりわからないよ〜〜
さて中身ですがアマゾンの原始林はたくさん酸素を作っているが、即座に周りで消費されてしまう、地球の酸素の半分くらいは海に大量に生息する珪藻から来たものだとか、月は岩石組成が地球のそれと同じで、巨大な衝突が地球で起こった際に飛び散った岩の破片が固まったものだろうとかその程度のもので、これまで普通に言われて来たことばかりでした。
今朝は寝屋川郵便局に出向いて今年初めての出荷をしました。大きな郵便局ということもあり、朝10時には郵便の窓口には数人並んでいて、年賀状を追加でこうたり、おそらくメルカリなどの通販の出荷とおぼしきダンボールを抱えたりしている。
以前はゆうメールはかなり緩やかで相当に厚みがあるものや重さが1キロを超えるものも問題なく引き受けてもらえていた。
しかしまあ各家庭のポストや新聞受けはせいぜい厚みが3センチくらいだからそれを超えるものは一々持ち帰らなければならず、客と次の配達を決める面倒な手続きも必要で人手不足もあり、働き方改革もあって、何でも引き受けるスタイルは不可能となった。
うちの発送は普段は特定郵便局に一挙に持ち込むようにしているのだが、正月休みやゴールデンウィークは特定郵便局は休みなので門真郵便局とか枚方郵便局とか地域のセンター的な局に持ち込んでいる。
つまり大きな郵便局に出向くのは半年に一回なので、郵便局のスタイルが変わっていくのがよくわかった。
2年前までは例えば「新明解国語辞典」の箱がしっかりついているものもゆうメールで何の問題もなく受け付けてもらえていたが、これは優に5センチくらいはあった。
しかし2年前のゴールデンウィークに同じ「新明解国語辞典」を差し出したところ「これはあかんよ、無理やからな」と言われで出しなおした後、去年のゴールデンウィークには「3センチを超えるものはゆうメールではあかんよ」と変わり、通常料金で出すことになった。
まあこれは当然のことで厚さ制限などは徹底しないと外務の職員の負担になるばかりだから、ある意味まともな時代になったといえるだろう。