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古本屋日誌

2019-09-10 12:44:00

岩波文庫の「耳袋」は人気のある作品で、おそらくその秘密は今では考えられないような事件が堂々と起こりためらうこともなく書いてあるところにあるようだ。

巻2には「義は命より重きこと」が載っている。

親子連れの侍が街中で物乞いをしていたが、折悪しく全くお足にありつけないでいた。がんぜない小児は空腹に耐えかねて苦しそうだ。やむなく侍は店を出している餅売りに「あのなあ、朝からこないして、恵んでもらおう思てやってんねんけど、一銭ももらえなんだわ。すまんことなんやけど、後で恵んでもうた銭で埋め合わせするよって餅を恵んではくれまいか」と頭を下げて頼んではみたが、

「あーあのなあ、うちとこも朝からちょっとも商いおまへんで、弱っとりまんねや、人さんにお渡しする餅は持ち合わせておりまへん」とすげない。

子供はひもじさに耐えかねて泣き叫ぶ。侍は難渋していたら近くにいた非人が「あんさん、お困りでやしたらお取り替えしといたげまひょ」と銭を恵んでくれた。

侍は礼を述べてその銭を借り受けて餅屋のところに行って餅を買い子供に与えてから、また往来を行く人に金を恵んでくれるように頼み、貰い受けた銭をさっきの非人に返した。

その後我が子を川の中に蹴落とし、さらに自らも飛び込んで命を絶ってしまった云々………。

まああれですね侍なのに非人ごときから恵んでもらったことがプライドを傷つけたということなんでしょうな。


2019-09-09 12:34:00

大塚ひかりは古典オタクの女だが、着眼点が抜群でどの著作もなかなか読ませる。愚にもつかないくだらない論文しか生産できない大半の連中とのセンスの差は歴然、文系の学問の恐ろしさを感じるね〜〜〜〜

万葉集にも日本の伝統であるおおらかな性が現れている話で、冒頭の雄略天皇の長歌はよく知られているようにスコップで若菜を摘んでいる女をナンパしている歌だ。「いや〜あなたの持ってるスコップて、きれいやな〜〜センスあるね〜〜」と天皇はまず女の持つグッズをほめる。これを大塚は「こういうハッとするぐらいの美女は日頃からチヤホヤされていて、『きれいやね〜〜』て言われ慣れてるからここはグッズのセンスをほめる手に出て相手の関心を引こうとしたのだ」という。

この後雄略は「家はどこ?教えてよ〜〜名前はなんてゆうの?」と迫り、つまりは当時名前を教えることは結婚をOKすることだからえらい堪え性がないね。さらに「俺はなこの大和の国の大王様なんやで〜〜」と自慢するんだが、女はなびかない。

最後雄略は「えーゆうてくれへんねや〜〜しゃあないなあ、じゃあ俺が名前を言うよ言うよ、家も教えるよ〜〜」と泣が入って終わります。

この最後のシーンでは大塚は何も言っていないのだがあれですな、オチをつけようとしていますね。女に迫ってふられたのでは緊張したまま話が終わってしまいます。相手が天皇だし振った女も怖がるだろう、そこで笑いを取ろうと気を回したわけですよ。


2019-09-08 11:43:00

「週刊ポスト」で物議をかもしている小学館新書から呉善花の「韓国を蝕む儒教の怨念」が出た。韓国人の激しやすいメンタリティや日本への思いの寄ってくるところを分析した好著でなかなか説得力がある。

韓国は儒教の伝統が息づいていて、政治的な決着や判断よりも正義か不正義かの情緒的な判断が優先される。日本に関しては植民地支配を始め秀吉の出兵、任那の日本府や神功皇后の三韓征伐など一貫して不正義で、糾弾されるべき国であるとなる。

このため20世紀初頭は植民地支配が一般的な手法であったとかの時代的な制約や、日本の植民地統治時代にインフラ整備や様々な近代化が進みのちの発展の基盤となったとか、大東亜戦争にも当時は大日本帝国として関わっていたことなどの細かい現実は全てなかったことにされて、今日のただいまの価値観だけがまかり通る。

呉善花はこの分析を援用して、韓国が徴用工への個人賠償を蒸し返したことを説明しようとしている。

ただまあどうなんだろうかね〜〜

日本人に対しても軍人には恩給が支払われたが空襲の被害者や徴用されたものへの補償は何ら行われていない。ともに大東亜戦争を戦ったのにあまりにも不公平ではないかと思う。だいたいあの戦争をまるでデタラメな侵略戦争だか愚行だとして切り捨てる風潮は死者に鞭打つ行為で、親不孝の最たるものだ。それこそ韓国がやっている現代の視点で過去を断罪する行為で、ガキじゃああるまいし、いい加減に目を覚ましてもらいたいものだ。


2019-09-07 11:37:00

橘玲は団塊ジュニア世代で就職氷河期に直面して正社員になれず、やむなく非正規雇用に甘んじて年月を閲して、今や40から50になっている男を黒くて大きな犬にたとえている。
収入も低く、女から相手にされずストレスがたまるということだ。
しかし結婚はともかく女に不自由することがあるのだろうか?女の立場からしたら大きくて黒い雌犬が男に不自由するのだろうか?
それはない。
ネットのサイトでいくらでも遊ぶ相手は見つけられるし、この状態はかつての夜這いが猖獗を極めた村の姿に近い。男も女も取り立てて苦労せずともパートナーが手に入り快楽に身を溺れさせることができたから、特定の相手へのときめきが生まれにくかったなどとその分野の研究書にはあるが、相手への愛などというものはロマンチックラブストーリーに過ぎず、近代の宿痾みたいなものだ。ときめいたからといってよい夫婦生活だなどといえないことはあらためて述べるまでもない。

私は80年代に学生生活を過ごしたが、女と知り合う手段は友人の紹介がなんといっても圧倒的であり、あとは大学やサークルで言い寄ってくる女とかと付き合うくらいしか道がなかった。
河原町や道頓堀、嵐山でナンパする方法があって、うまいこといっている友人がいたことも確かだが、これは相手の顔色をしっかり把握でき、向こうが言って欲しいことを先取りして言葉にできるような優秀な学生に限られていて、とりわけ成果を上げていた農学部の先輩はその後神戸大学医学部に入り直して精神科医になっている。
他にも今でいうところの婚活パーティーも数多く開催されていて私も20回以上参加したがカップルになれたことは一度もなかった。1万円に近い会費を払い所期の目的が全く達成できないのだから、婚活パーティーは産業として成り立っていなかった。
これは私に問題があったわけではなく、参加してくる女が特に男を見求めているわけではない連中、つまりサクラや暇つぶしのバカしか集められていなかったからだ。一方は真剣に相手を探しているハンターなのに、他方そこにくる女は中二病ではミスマッチでうまくいくわけがない。
カップルになれないと男の方はストレスが溜まり、承認欲が満たされないことからくる無力感に苛まれかねない。しかしたとえば友人などを介して何らかの人間的なつながりの見えるような場、たとえば結婚式の披露宴や友人主催の釣り大会、誕生日会などでは露骨にハンターとなってしなを作り、言い寄ってくる女がいくらでもいた。

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2019-09-06 11:50:00

心斎橋筋の大丸前に長らく店舗を構えていた「本福ずし」が閉店して久しい。箱寿司や冬場はせいろで蒸しあげたバラ寿司をカウンターで食べられた。大阪が誇る最高の繁華街を見ながら舌鼓を打てる幸せはなかなかのもんだったけどなあ。このお店はいわゆる鰻の寝床のように横に長い構造で奥へ進むと通路の右手がガラス張りになっていて高く積んである蒸し器から勢いよく蒸気が吹き上がる様子が見て取れて心も身体も温めてくれたのだが………。
いまは梅田のノースモール地下街にある「たこ梅」がいいなあ。関東煮とタコのやわらか煮で有名な老舗だ。
コの字形になったカウンターから創業以来の出汁が残る大鍋やキビキビした面白い店員と話をしながら、阪急やJR、地下鉄に向かう人の流れを楽しみながらうまい関東煮を食べる。
「本福ずし」もそうだったが大して混んではおらず、自分の好きなネタをいくらでも注文できることも魅力の一つだ。
さらに大阪駅の中にあるうどんの「うしお」もなかなかよい。カウンター席から京都、神戸へ向かう、東海道線に急ぐガラガラを響かせる人たちや環状線に向かうリーマンを見ていると楽しい。物凄い形相で急いでスマホで怒鳴りながら行く人もいれば、ジーパンにサンダルでぶらぶら歩く人もいるし、「うしお」の斜向かいの和菓子屋の店頭で親子連れがああでもない、こうでもないと品選びに時間を費やしているのも楽しい。
自分はというと先ほどのリーマン同様これから同じような仕事に就く少しのいとまを過ごしているのだが、何か一瞬だけ自分が別世界に飛んだように思える。

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