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古本屋日誌
橘玲は団塊ジュニア世代で就職氷河期に直面して正社員になれず、やむなく非正規雇用に甘んじて年月を閲して、今や40から50になっている男を黒くて大きな犬にたとえている。
収入も低く、女から相手にされずストレスがたまるということだ。
しかし結婚はともかく女に不自由することがあるのだろうか?女の立場からしたら大きくて黒い雌犬が男に不自由するのだろうか?
それはない。
ネットのサイトでいくらでも遊ぶ相手は見つけられるし、この状態はかつての夜這いが猖獗を極めた村の姿に近い。男も女も取り立てて苦労せずともパートナーが手に入り快楽に身を溺れさせることができたから、特定の相手へのときめきが生まれにくかったなどとその分野の研究書にはあるが、相手への愛などというものはロマンチックラブストーリーに過ぎず、近代の宿痾みたいなものだ。ときめいたからといってよい夫婦生活だなどといえないことはあらためて述べるまでもない。
私は80年代に学生生活を過ごしたが、女と知り合う手段は友人の紹介がなんといっても圧倒的であり、あとは大学やサークルで言い寄ってくる女とかと付き合うくらいしか道がなかった。
河原町や道頓堀、嵐山でナンパする方法があって、うまいこといっている友人がいたことも確かだが、これは相手の顔色をしっかり把握でき、向こうが言って欲しいことを先取りして言葉にできるような優秀な学生に限られていて、とりわけ成果を上げていた農学部の先輩はその後神戸大学医学部に入り直して精神科医になっている。
他にも今でいうところの婚活パーティーも数多く開催されていて私も20回以上参加したがカップルになれたことは一度もなかった。1万円に近い会費を払い所期の目的が全く達成できないのだから、婚活パーティーは産業として成り立っていなかった。
これは私に問題があったわけではなく、参加してくる女が特に男を見求めているわけではない連中、つまりサクラや暇つぶしのバカしか集められていなかったからだ。一方は真剣に相手を探しているハンターなのに、他方そこにくる女は中二病ではミスマッチでうまくいくわけがない。
カップルになれないと男の方はストレスが溜まり、承認欲が満たされないことからくる無力感に苛まれかねない。しかしたとえば友人などを介して何らかの人間的なつながりの見えるような場、たとえば結婚式の披露宴や友人主催の釣り大会、誕生日会などでは露骨にハンターとなってしなを作り、言い寄ってくる女がいくらでもいた。
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