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古本屋日誌
先日NHKの上方落語の会で桂千朝が「千両みかん」をやっていた。
有名な話ではあるがいつ聞いても違和感があり聴き込めない。
大家の若旦那が真夏にみかんが食べたいと気に病んでいる設定で番頭がそれを聞き出して「そんなもんみかんぐらいなんぼでもいけますわ、まかしとくなはれ」と安請け合いするのがまずわからない。真夏にみかんがないことなど誰でもわかる。そのあと旦那に命じられて果物屋を回るのだが、何の手がかりもなく探しても仕方ないことくらいわかりそうだが、この御仁はそんなこと御構い無しに適当に果物屋に入って尋ね回る。
ただ気になるのは「みかんがないか?」と聞いた時に相手が「アホちゃうか、寝言は寝て言えよ」てな顔をすることだというのだから本当にくだらない人物だ。ようやくツテを求めて天満でみかんをかこている店を見つけて一つのみかんにたどり着くのだが、店の主人から「なんでそないまでしてみかんをたんねてなはる?」
と聞かれて正直に若旦那がみかんを食べたいと悩んで明日をも知れぬ命なんですと打ち明けて「それやったらカネはいりません」とうまい具合にことが運んだのに、「それでは申し訳ない」と粘って結局千両払ってくれと言われてしまう。
というわけで初めから終わりまでこの番頭はバカで、常識も知恵もない。つまりこの話は「ドラえもん」のスネ夫なわけです。スネ夫はちょっと勉強ができるやつなんですが、性格も悪くすぐにチクるし、勇気もないし、体力もない人物になっています。でも実際に勉強ができるやつは要領もいいし、性格も良く実は体力もあって喧嘩にも負けない。だからひがんでいる大衆の歪んだ人物像の投影なんですね。
この「千両みかん」も金持ちの番頭なんか大した仕事もしてないし、頭も悪い、常識もないという大衆の僻みの表れなんですね。
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廃刊になった「大阪人」が自分の推す「大阪本」特集をしたことがあり堀晃の「梅田地下オデッセイ」が複数の支持を得ていた。
ようやく文庫本を入手できましたので、ぜひお読みください。
内容をお伝えしましょう。
梅田の広大な地下街に主人公ら数百名が閉じ込められてしまい、地上に通じる全ての階段、シャッターが閉鎖されてしまう。電気や空調は大丈夫なのだが、全く救援が来ない、パニックに陥った群衆は食料を求めて阪神百貨店の地下、阪急百貨店の地下、その他の三ヶ所にグループを組み相手を襲撃して凄惨な殺し合いに発展する。主人公はふとしたことで女を助け関係を持ち、女は妊娠して地下で出産する。
この赤ん坊がエスパー的な超能力を持っていて複雑に入り組んだ地下の迷宮を正しく解き明かしてついに地上に続く出口を発見する。
ここでようやく謎が明らかになり、群衆を地下に閉じ込めたのは極限状況にさらすことで、人間の潜在能力を引き出して迷路をものともしないリーダー的な存在を生み出したかったからだとわかる。
まああれですね、都会の無機質な、機械的な空間に高い価値を見出そうとする流れに位置付けられる作品です。小野十三郎の「詩集大阪」や百田宗治の「怒っている海」とか日野啓三、果ては「工場萌え」ですね。
地下街を日々利用する人間にとっては阪急三番街の北の外れににあった11メートルのゴンドラ付きの滝だとかプチシャンゼリゼが癒しの空間でも素敵なブティクが並ぶモールでもなく、自分を閉じ込め命を奪おうとする凶悪な空間に変貌したイメージは新鮮で確かに印象に残る作品ではある。あわせて万博を掉尾とした大阪の栄光の残り火のような作品だと考えることもできる。メイズに満ちた近未来的な都市空間をそこに感じることができるからだ。
小学館の週刊ポストの9月13日号は報道の通り「怒りを抑えられない韓国人という病理」なる記事を載せている。
何でも大韓神経医学 会のレポートによると「韓国人の成人の半数が憤怒調節に困難を感じており、10人に1人は治療が必要な高危険群だ」
また韓国人特有の「火病」というのがあって、怒りやストレスを長い期間溜め込んでしまうと鬱や喉に異物感が生じたりする、とある。「韓国人の誰もがそういった症状を出すわけではないことは断っておく」とも書いてある。
まああれですね、日本では言論の自由は認められているわけだから何を言ってもかまわない。出版しょうが、ネットで拡散しょうがかまわない。ただそれは広範な批判や検証にたえなければならない。
確かにエチオピアとかジャマイカの人なんかはスプリンターとしての資質が平均的な日本人よりはるかに優れているようだし、身体的な特徴が人種などによって違いがあるのならば頭の構造や性格にも現れるのかもしれない。
しかし日本人もあまりにも親不孝、先祖のことをこれっぽっちも大切にしないのは何か民族的な資質があるのだろうか?原爆を落とされて、東京大空襲で一晩で10万殺されて、生き残った連中はなーんの怒りも感じていない。これは病気ではないのかね。
週刊ポストの今回の記事には精神科医の片田珠美なる人物が何回も出てきて韓国人に多いとかいう症状を解説している。この人には日本人の忘れやすい病理もわかりやすく解説してもらいたいものだ。
「ぷがじゃ」の1987年の1月号を入手してあれこれ眺めていたら、吉本興業の大崎洋と竹中功の連名で前に「ぷがじゃ」に載った二丁目劇場のダウンタウンの舞台の感想がとんでもないものだとして抗議し、しばらく「ぷがじゃ」に吉本興業がらみのイベントの掲載を拒絶するに至った経緯の説明が載っていた。
それによると「二丁目物語はどうしても吉本新喜劇ぽくなることは否めなかったし、それを許容してしまう客ではダウンタウンの個性はどんどん薄められていくしかなかったのだ」という部分が問題で、とりわけここが「ファンの女の子をバカにしたこと」だとしてプレイガイドジャーナル社に該当文掲載号の回収を求めたという。
これに対してプレイガイドジャーナルの小堀編集長は「取材する側にすればお客さまも批評の対象になることがあります。客を含めたその表現の全体を批評することだって当然ありうるわけです」と反論していた。
まあ今から読んでも、当時であっても吉本興業のクレームは言いがかりであって、説得力はないな。バカな客にイラつくことはあるに決まっている。演劇ならいくらでもあるだろう。意味のないところで笑ったり、ずーっと笑い続けたりとかする客は、見ていて不快だ。
その上発行した雑誌の回収を要求するなどお前は始皇帝なんか❓としか思えないな。
それにしてもダウンタウンのことになるとえらい神経質だったのは不思議。
橘玲が「週刊文春」に今回の京都アニメーションの放火殺人事件の犯人を論じていて興味深い。
犯人は団塊ジュニア世代でちょうどバブル崩壊の影響をもろに受けて就職難に陥り現在もなお不安定な雇用を強いられ年収も低い。現在の学生は空前の売り手市場で選り好みしなければいくらでも内定が取れるのに、時代が悪かった。金もないと女にももてず、ストレスが溜まっていく。統計によると50になって一度も結婚したことのない女は11%くらいだが、男は23%もいて、つまりは金があったりスキルのある男は時間差の一夫多妻を実現しているのだという。そういう黒くて大きい犬のような男に金を配ることはできるが女を配ることはできない。LGBTのような連中は目立つから差別はいけませんと対策も打てるが、黒くて大きい犬の場合は問題が顕在化しにくい。
つまりあれですな、今回の放火の犯人もまともな神経の持ち主であるのにもかかわらず、ロスジェネ世代で、恵まれずために心を病んでしまったということなのだ。
橘は思春期の男は対立抗争に心を向かわせる脳内物質の分泌が激しい、それは進化の過程で必要なことだったともいうが、日頃の言動に似合わぬ話で驚いたな。
橘は人を犯罪に掻き立てるのは脳内物質も含めて進化に裏付けられたところもあるといい、本人の理性的な判断能力云々では片付けられないとよく書いていた。とすれば今回の犯人の場合も本能的に殺人に手を染めるような脳の作りになっていたのではないか?さすればそのような危険な人間を見分ける生理学的なシステムができないものか?てな問題提起がくるものとばかり思っていたけどなあ。
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