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古本屋日誌
今朝は天気は優れず、お客さんの注文の品を郵便局にお願いしに行って、例によってセブンイレブンで「ビッグコミックスピリッツ」をこうて小田扉の「団地ともお」を読みました。小田扉は童心を持った作家で坪田譲治の作品みたいな子供時代のおかしな感性を絵やストーリーにできる面白い作家です。
最新号では団地の前の道の真ん中になぜかランドセルが落ちている。しばらく老人が見ていると、ともおが降りてきて持って帰った、老人はなぜランドセルを道の真ん中の放置するのか気になって仕方ない。ツテをたどってともおにたどり着き本人にわけを問いただすんですが、ランドセルを置いてから隣の家に上がり込んで30分以上グダグダしていたことはわかりました。それからその家の人に「ランドセルはどこなん?」「下の道に置いたある」とやりとりがあってようやく取りに行ったようなんです。なぜ道の真ん中に置いたかが知りたいんですが、「どうせお母ちゃんが帰ってきたらランドセルを見つけて持って帰るし、あの道は車も通らないし」て終わり。
体が勝手に動くんですよね、とにかくやってしまう、これは魅力的です。安藤昇の愚連隊小説にサテンの地下に暴れたい連中がたむろっていて、安藤昇もおんなじだからバーと乗り込んでいくんですね、その瞬間にたむろっていた愚連隊のヤンキーもそうとさとって、言葉もあらばこそ、チャンチャンバラとなるわけで、ともおとおんなじですな。
天気予報通り昼過ぎから雨となり昨日までのおてらしから一変秋らしゅうなりました。
天王寺さんの古本まつりは今日が最終日です。祭りの終わりはいつものことながら物悲しいものです。雨まで降り添えているわけですから、余計にしんみりしてしまいます。
以前古本まつりによう行っていた時には店舗の高い本の値札シールを剥ぎ取って100円均一コーナーに持って行って平気な顔で買おうとしているバカをよくみました。当然出入り禁止になり、それでもひつこくまた出没して騒ぎになったりもしていました。ちょっと前まではスーパーなどで万引きした犯人の顔写真を撮って入り口に掲示して出入り禁止にしたり、警察に連絡するよりかはどつきまわして解放するようなことをようやってましたね。なんか学校の体罰に似ていました。わたしの行っていた大阪府立の高校では体罰が盛んで、例えば昼からの授業が先生の都合で休講になり、自習しなさいとなったが、めんどくさいので騒いでいて、もういいかと帰ろうとしたら担任に見つかり「おんどれ、ええ加減にさらせよ‼︎」と一喝されてげんこでどつかれます。わたしはこれで左耳の鼓膜に異常をきたして通院することになりましたが、体罰を受けたら、好きにしていいよというのがその当時の通念でしたからどつかれた後さっさと帰宅して問題にもなりませんでした。
古本まつりの話ですが、私の印象では均一本を前面に出して売っている店があるとその近所のお店もせっかくお祭りに苦労して本を運んできて閑古鳥が鳴くのはムカつくので、隣に負けじと均一本を出す傾向があり、ために割とこじんまりした場所で開催される古本まつりは全体の値段が安くなる傾向があります。大きな会場だと隣の店との間隔がかなり取れるのでたとえ隣が繁盛していても直接目にしないからエキサイトして値下げはしません。
今日もかなり暑うて、汗が噴き出してきます。昨日ほどでは無いにせよ10月としては異例の暑さでしょう。
小学生の頃は必ず七夕の笹は近所の大和川に持参して紀州街道にかかる大和橋から流していました。かなり汚い川でまずは常にチョコレート色でそこへ色とりどりの短冊が浮き沈みして流れていくのは祭りの終わりを印象付けるものでした。笹に限らず生ゴミなども川に流す習慣があり、となれば台風で増水して迫力がある時の方が楽しいので台風接近時は時に頻繁に流しに行きました。あまり理由はよくわかりません。
大和川に向かう紀州街道は徐々に高さを増していくのですが、堤防の半らで一部を掘り崩して平らにならして住んでる友人家族がいました。天井のすぐ上は堤防の法面があるのでまるで洞窟のような家でよく遊びに行ってました。この家の稼業は蚕をこうて繭をとることで、堤防を降りたあたりに桑の木をたくさん植えた畑がありここで取れた桑の葉をすぐ近くにある薄暗い小屋でこうている蚕に与えていて、われわれの間でも蚕をペットのようにして飼うことが流行り、この平野くん宅に桑の葉をねだりによう行ってました。彼は私のことがお気に入りで帰ろうとすると泣いて離さないので、どうしたことかと思うぐらいで、結局彼が「大きなったらな、外車にのしたるさかい、何も言わんかて俺の家い来たらええよってな」と言うので「外車て何や?」と聞いたら学校をホンダのゼットやで」という。
今朝はよう晴れてしかも暑い。うちの猫はわしが二階で起きた時に外に出してもらえると喜んですり寄って来るのはまあよいとして、階段を降り始めるとさらに足元にじゃれついて降りるのが危険なぐらいになる。踏み外しそうで段の途中で立ち往生しているとさらにからんでくる。これがよくわからない。階段にいるんだからさっさと駆け下りて三和土でスタンバッてたらええのにいつも足元にいて前に進まない。
「探偵ナイトスクープ」のプロデューサーだった松本修が久しぶりに新書本を出したが方言に残るオメコやちんこの歴史的変遷をたどるという興味深いもので「全国マン・チン分布考」だ。きっかけは1995年に遡り番組への調査依頼で、京都の出なんだが今は東京でOLをしている女が、会社で自分の机にあったまんじゅうが見当たらないので「すんません、私のおまんどこですかね?」と聞いたら「お前なんてことゆうんや!」とびっくりされた、ついては例のアホ・バカ分布みたいなのを作ってもらえないかということだったそうだ。結論はこの本をお読みいただきたいが、要するに柳田國男の蝸牛考同様の周縁論が見事にもっと複雑な形で成り立っていたということだ。
松本修の関心はチンコはテレビでもギャグとしてゆうたりするのは特に問題ないのにオメコのほうはきつい報道規制がかかり、おおっぴらに言えなくなっているのはなぜかというところにもある。
確かにわたしは大阪市立清水ヶ丘小学校や安立小学校に通っていたが、男子はおおっぴらに「オメコ!」を連呼していた覚えはある、中学は住之江中学なんだがここも同様でうるさいくらいだった。ところが大阪の公立高校に進学するとピタリとその手の連呼は無くなったのは確かに不思議だな。もっとも小学校では男子はババをすることができない決まりになっていたことも不思議だ。われわれはどうしょうもない時は塀を乗り越えて学校を脱走して割と離れた書道教室の先生の横にある通路で用をたしていた。わしはこの教室に通ていたんだがある日同じような数人の小学生ともども「ちょっとこっちいおいなはれ」と塀のところまで連れていかれて「ここへババしてんのんあんたらやろ、わかってんねんで」と問い詰められたがもちろん何食わぬ顔で「何ゆうてはりまんのん、そんなん犬のクソですわ」と言い返したら「アホか!犬ののクソか人のばばかは見たらわかるわ」と怒られました。
昨日の晩はえらい暑うて蚊も飛び出てブンブンうるさいことこの上なし。手の甲を噛まれて痒いので起きてしまう。
直木賞作家の出久根達郎は昭和34年に茨城から上京して古本屋に就職したが、それは住み込みの店番の仕事で朝から晩までの長時間に及ぶもので、しかも客はめったに来なかったという。出久根は趣味が切手の初日印の収集で皇太子の結婚記念切手の発売日なんかには朝早うから並んで切手を仕事場宛に郵送して初日の消印を手に入れていたという。
あまりにも勤務時間が長く、暇なので店主の目を盗んでは収集した切手を一人眺めては悦に入っていたが当然見咎められることになり、「お前は本屋なんやから本を読んで勉強せんかいな」と叱られて悔し紛れに勉強する気もないのに夜学に通わしてくれた頼み込んだが「何ゆうとんねん、うちにはなんぼでも本があるやないか、それ読んで勉強したらええやないか、そっちの方がよっぽど身につくもんや」とまた叱られる。だいぶストレスが溜まってある日おばさんが息子の高校の教科書を売りにきた、当然と商品にならないから買い取らないのだがおばはんが「あのなあ、ちょっとこま要るだけやよってに、あしたになったらまた請け出しに来るよってなんぼでもかまへんよって頼むわ」とかいうので嘘ついてると知りつつも500円で買い取ってやったという。(会話は私が勝手に大阪弁にしておきました)