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古本屋日誌
今朝も過ごしやすうてよかったんですが、次第に蒸し暑なってきました。9つになるメス猫が大あくびしてるのを見てたら向かって左上の犬歯というか牙が抜けてるのがわかりました。そういう年齢なのか、以前嫁が実家でこうてた猫もしばらくうちカリカリを食べにくそうにしていたので医者に見せたら歯がグラグラしてるとの診断で抜いてもうたら、調子よう食べれるようになり20過ぎても元気だったそうなので、吉兆とみる。
先日お客さんから再び糸井重里の対談集「話せばわかるか」(角川文庫)をお譲り頂きました。今回は少し焼けはありますが、カバーもきれいだし、黄色いカバーにぴったりのブラック帯が付いています。糸井と14人の論客との丁々発止ですが、やはり白眉は村上春樹とのもので、村上は今はヤクルトファンなんだがそれは今住んでるところに近い球団だからで、元々は芦屋に住んでいたからタイガースファンで村山、小山、バッキーの名前をあげる。宿替えも好きですでに9回やっているがその度に新しく来た今の家が好きになるんだ、女も別れてまた別のに出逢うたらそっちがよかったと思うんだそうで、執着がないようでいて、そういうスタイルにこだわっているようにも思えた。学費値上げ阻止をきっかけに始まった早稲田大学の紛争には同情的だったが「大学解体!」を唱えていたのに、バリケードから出て来た友人が「田舎のお袋が心配しているから」という理由で運動から離れていったのには違和感を感じもう距離を置こうと思ったという。
確かに何事にもこだわるタイプの村上からしたら理屈で話を進めず、浪花節のようなおかしな演歌の理屈を持ち出してくるゲバ学生に違和感を覚えたのは無理からぬところだが、実は対談をしている糸井重里は法政大で積極的に運動に加わり、佐世保の米空母エンタープライズ寄港阻止闘争に参加していることは有名な話だ。さてこの村上春樹の発言に糸井重里がどう答えたのか!
それはぜひ読んでくださいね。
今朝も過ごしやすく快適でしたが次第に日差しが強まり動くと汗ばむ陽気です。
先日百万遍の交差点で京大の院生がおこたに入ってパフォーマンスした件で逮捕されていましたが、ああいうバカなことをするのが学生なので一々逮捕するというのは愚かしい。京都市内なら蔓延しているマイカーなどを規制する方が真っ当な考えだと思うがトヨタや日産に慮ってやらない。東京帝大との野球の定期戦がある際に東一条などの交差点を長きにわたって占拠して応援したり、東京帝大の応援団と乱闘騒ぎを毎度のように起こしていたことはよく知られています。学生はバカの集まりですからそれでいいわけですよ。
春先はいろんなお客さんのお宅に伺って本をお売り頂いたんですが、結構どの辺りまで売るのかを決めておられないお客さんがおられました。本棚に私の好きな小林信彦や田中小実昌、野坂昭如、向田邦子、井上章一、谷岡ヤスジ、呉智英、宮崎哲弥、花輪和一、いしいひさいちなどが並んでいるときはとりわけ積極的に営業しています。「お客さん、こういういい本はすぐに売りましょう、欲しい人がたくさんいますから。コンディションも良さそうですし、高う買いますから」と申し上げるとだいたいは「そんなことゆうたかて、めっさとあらへんもんやさかいに、もったいないやないかいな」まあひと昔前ならこの発言は正しい。しかし今は全然違います。「いやいや、それは違います。きょうびネットで何でも検索できますし、見当たらん本なんかありませんよ、だからね、仮に今日この本を売ってしもて、後でまた読みたなったら私にご一報ください、たちどころにお探しして持参しますから、だからね、今とりあえず現金に変えておきましょうよ、形が本から金に変わるだけです、その方がスリムですよ」と申し上げることにしています。実際1年もして見つからない本は基本的にありません。これは間違いないです、まあ入手するのにかなり金がかかったり、抽籤に外れて手に入れるのに失敗することはあるかもしれませんが、それでも所在が分からないとか幻の本だとかいうことはないです。というわけで、みなさまどんどん本をお売りくださいますようお願いいたします。
先日深夜の3時になじみのお客さんからお電話頂いて、すまんけどいまからすぐに模擬試験を作らなあかんようになって、せいてせかんねんけど小学館の訳文が下についてる古典全集の「枕草子」を持ってきてくれへんかということでした。もちろんすぐにお持ちしました、ついでにこうてもらえそうな本も段ボールいっぱい持参いたしました。せいてせかんは違うやろーと思いましたが。
昨日の晩は仕事が終わってから梅田に出て久しぶりに大学の友人と宴会をしました。中には35年ぶりくらいで会う人もいました。学生は勉強が本分であるにせよ存在がまあいてもいなくても誰も困らないところもあるので非常識な振る舞いや言動に及びがちです、それで構わないんですが、世間にはもっとちゃんとせなあかんゆう馬鹿も、たくさんいますね。東京芸大の学園祭では学生が全裸で公道をデモのように練り歩く伝統がありましたが今はどうなのかなあ。やってほしいものだ。
ずいぶん前のはるか昔の学生の時に学校の寮に住んでいた頃、2月の底冷えする雪まで降り添えた時に寮の玄関にかなり年かさの黒いコートや、その下に白衣を着た爺さんが来て今日はなんたらの学会で来たんだが、後の宴でささを過ごして宿を取り損ねたからしばらく休ましてくれないかという。われわれもヒマなので居室に招き入れて爺さんが金を出してかしわの水だき、酒もしこたま買い揃えてあれこれ初対面の人とお話しました。われわれの話は勉強のことをゆうわけにもいかず、身内のどうでもいい与太話になります。女子学生がいうには、「この寮には女もエリアを区切って住まわしているんですけど、何かの時のために防犯ブザーをもたしてもらっているねんけど、ひょっとまちごうて押してしもて慌てて外に出て「すいませーん、今のはまちごうて押してしもたんです」とゆうたのにだあれも出て来てない。やはり私がブスだからですよね」まあその通りなんだな。この後はかなりおかしなことになって来て「ここで酒を飲むことも多いんですが先輩がいうには手洗いに立って中座したら、せっかくの話の腰をおることになる、だから並べてあるビール瓶に小用を足したら誰も困らないからそうしなさい、なるほどと思って使用した瓶は並べてあります」とか非常識なことのお話となり、その爺さんは全く話にはのってこず、「おれは飛騨の高山で開業してるんやが、立原正秋が贔屓で、デビュー前から家に書生として入れてやって飯も食わせてやるし、小遣いもやって、お前には才能がある、頑張れよと励まして来たんや、その甲斐もあって直木賞をとったわ」という。われわれはそもそも立原正秋のことはだあれも知らないので、反応のしようもないんだがまあそういう篤志家も医者ならおるんやろなてな感じで「それはすごいなあ、俺もあやかりたいもんですわ」とゆうてたら「ほしたらあんたらにも(そこには4人のバカな学生がいましたが)10万ずつやるわ、それでちゃんと勉強せーよ」というので夜おそうまで酒を飲んで、翌朝爺さんがお小遣いのことをなーにも言わないので尋ねてみたら「そんなことゆうたかなあ〜」で終わりました。酒の上でとはいえアホな野郎だと思いましたが、立原正秋の話はどうなんだろうか?
今朝も余り暑うはのうて過ごしやすかったです。気温は昼間は高なるようですが、あまり暑い実感はない、カラッとした天気です。
鴻上尚史の「不死身の特攻兵」で取り上げられたせいもあって高木肇の「陸軍特別攻撃隊」が人気で古書価格もうなぎのぼりです。私は「特攻 空母バンカーヒルと二人のカミカゼ」も大した作品だと思うんですが、こちらの方はあまり話題になりませんね。高木の作品は陸軍の三式陸航による特攻は完全に強制されたもので、成功を期すために航空技術に長けたベテランパイロットを無理やり動員したことを書いています。
また鴻上も書いていますように特攻は命中率も高くないし、爆弾を投下するならその加速度は相当なものだから空母の甲板を突き破って内部で爆発を起こさせて撃沈出来る可能性もあるが、体当たりだと加速度さほどでもないし、航空機は軽く出来ているので衝撃力もない上にそのパイロットを死なせてしまうという欠点があります。おまけに陸軍は海軍と違い敵艦の装甲を破れる爆弾を持っていないために命中しても爆弾がすぐに破裂してしまい空母の内部を破壊出来ない欠点もありました。それにもかかわらず、強引に特攻を推し進めたのは何故なのか気になるところです。指導部が馬鹿なのか、近視眼的なのか、破れかぶれの捨て身の戦法なのか。
去年中公文庫から上、下二巻ででたオーリシャスの「トーキョーレコード」は大東亜戦争に突入する直前の東京の姿をニューヨークタイムズの記者が細かく描いた面白い本なんですが、その中にすでに1941年の段階で日本が特攻を計画していることが記してありました。いわゆる回天とかいう人間魚雷の計画なんですが、そんなに前から自爆攻撃をプランニングしていたわけだから、陸軍にせよ海軍にせよもうやることは決まっていたわけです。戦争になる前から自爆攻撃を考えたのは何故なのか知りたいところです。
百田尚樹の「永遠の0」も優れた小説で例のバンカーヒル攻撃を念頭に置いて書いてあります。百田尚樹は小説の書き手としてうまいのでこの小説でも特攻前に妻と別れるシーンは涙をそそりました。百田はこれはこれで金儲けをしてという読みがあるんでしょうが「パットン」みたいな軍人をリアルに描く作品になってないのは大いに不満です。沖縄でも首里の決戦で米軍の戦車部隊を蛸壺に入って攻撃し壊滅的な損害を与えたことを誇りに思って私に話してくださるかたを何人も見ましたが、戦後的な制約のためにそれが作品となることは一度もなく、言論も弾圧されて久しい。百田尚樹の作品も同様の戦後的な制約を利用したもので、なんでそんなに遠慮するのか不思議だ。
今朝は少し肌寒うてちゃんと掛け布団で寝ました。昨日は嫁と京阪電車の八幡伏見宇治のワンディチケット(900円)を使い萬福寺、三室戸寺、平等院をみに行きました。平等院はいつの間にやら外観は朱色の鮮やかなスタイルになっていて、300円はろて入った内陣の古色蒼然とは対照的で驚きました。将来的には内陣の阿弥陀如来や飛天や格子戸に描かれた錦絵なども修復して豪華絢爛な創建当時の様子に戻るのかなあ。でもまあ出来て1000年近く経ってるわけだから木造建築は色あせて傾いてくるのは当たり前でそのままでいいのではないかと思うけどなあ。
その宇治に住まう井上章一が「日本の醜さについて」を出しました。日本の都市がデタラメな建築で埋め尽くされるのはブルジョア革命が日本で徹底的に行われてブルジョアどもが好き勝手したからだとする。つまりは個人主義がヨーロッパなんかではなく、日本でこそ真の意味で開花したんだと主張。もちろん批判しているわけだが。
日本人は集団的で、個人主義の徹底が見られないという社会学の謬見は高野陽太郎の「集団主義という錯覚」などで打ち砕かれていて、井上はさらにヨーロッパの街並みが伝統的な佇まいを頑固に残そうとするのに比べて日本のそれは個人の好みが最優先されて完全に個人主義の横溢となっているという。まあ確かに日本のどこの街でもわけのわからん建物が建ち、周りとの調和などは一顧だにされないのは確かだ。その上道頓堀を最先端とする日本のイルミネーションの意匠は幼児的であり、川のほとりに転落防止の柵を設けるなどと相まって安全第一でつまりは幼児的趣味を感じさせるという。
確かに日本人が集団主義だとかいうのは全くのデタラメで高野がまとめる以前からもよく指摘されていた。高取正男の「日本的思考の原型」はかなり前の本だが今でも読み継がれていて欧米人は家族でスプーンやフォークを使いまわしていていわゆるマイスプーンやフォークを持っていないのに、日本人は箸は自分用のにあくまでこだわっていて、日本人の方がはるかに個人主義的だと指摘している。そういうのも踏まえて日本人はこうだとか、ああだとかいう日本人論はまるで信用ならないものに成り果てています。山松ゆうきちがいうように人間なんてそんなに変わらない、違いがあるとすれば教育の結果だというのが正しいとすればいつの頃からか日本では建物は好きにしていいよ、それがトレンドで皆んなそうしているんだからあんたも安心して好きな家やビルを建ててかまへんよと教えられ、ヨーロッパでは反対に周りに合わせて調和のとれた建物を作るのがトレンドだからそうしなさいと言われてきたわけだろう。でもなんで、別々のトレンドができるのかなあ?
また例のアレックスカーは「美しき日本の残像」で、日本やシナなどの東洋における伝統の破壊は極端だと指摘して日本の国宝建築物の前にある立て札に常に「HITACHI」とあるために欧米人は例えば法隆寺の五重塔をそう呼ぶのかと誤解する向きすらある、極めて下品で不恰好な宣伝だと批判している。まあその通りだから反論出来ない。