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古本屋日誌
今朝はあまり暑うもなく過ごしやすいです。猫は今日もかなり長時間外に出てましたが、車が通りかかったら、見知らぬ人に声をかけられたりすると臆して駆け込んで来ます。
電子書籍は随分広範囲に行き渡っていて、私も白黒の画像が見れる機器を持ってますが今のところ売り上げの8割程度は漫画です。アメリカは活字本も電子書籍の方が優勢なんですが、日本の場合はずっと前から漫画中心の状況に変化はありません。当店ではだいぶ前に思文閣が出した雑誌大大阪のCDロムを販売していますが、これはなかなか便利でまず検索をかけて必要な部分を容易に見つけることができる上に、もちろん印刷もできます。ただ数冊特別号で出したものが含まれていません。
買い取ってくれとご依頼を受けて伺うと「もうこの本棚はパソコンに取り込んであるからいらん、持って帰ってくれ」とおっしゃることがあります。本の背を解体するやり方ではなく一枚一枚丁寧に取り込んでおられて、本への愛情をひしひしと感じますが、その場合文庫本が多いんです。なぜか単行本の方、私の好きなやつは「これはまだ残しておくんや」とのことなんです。文庫本なんかどっちかといえば手に入りやすいわけですから、別にそこまでせんかてええやないかお思うんですが、やはり日本人の本への深い思い入れを感じてしまいます。
先日戦前の「アサヒグラフ」を大量にお譲り頂きました。大正時代から昭和10年くらいまででものすごい量です、大阪や東京の都市風景がたくさん載っていて見ているだけで楽しい雑誌ですので、是非ともお買い求めください。
昨日はのんびりして、買い物にしか外出はしませんでした。萱島周辺もやはり散髪屋が多くて私の近所でも5軒くらいはあります。料金はショーウィンドウには書いてなのでわからないが、経験からすると多分5000円くらいだろう、仕入れがほぼただだから1日に1人とか2人の客でも何とかやっていけるんだろうが、1500円くらいで顔剃り付きでしてくれるお店がいくらでもあるのにその3倍からする店に行く人がそれなりにいるのは不思議だな。ただ京橋近くにあるある散髪屋は洗髪のものすごくうまいおじさんがいてあろてもらう時にそれこそ体がとろけるような快感があるんだが、そういうのをどの店も持ってるのかもしれない。
萱島駅は喫茶店も多い。私が知る限りでも6軒ある。このうち2軒は「モスバーガー」と「珈琲館」でチェーン店だし、どういう客が来ているのかわかる店なんだが残りの4巻は地元の古くからあるサテンで、40人以上入れる大きな店もあるのは不思議だなあ。そんなにサテンで話せなあかんことてあんねやろか?
文庫本の古書価格を見てよく思うのは複数の巻があるシリーズものでは決まって二巻目の価格がかなり安い。岩波文庫の人気作ハルドゥーンの「歴史序説」は4冊揃いだと8000円以上して、1、3、4巻は1冊ずつでもなかなか高価なのに2巻目だけは相当安い。新潮文庫のソルジェニーツィン「収容所群島」全4巻も2巻目はものすごく安い。これも人気作の「近世風俗志」も2巻目は相当手に入れやすい価格だ。上、下2巻で完結のものでも下巻は安いケースがわりとあってちくま文庫の人気作「日本人の心の歴史」は特に下巻は安い。岩波文庫でも本居宣長の人気作「玉勝間」は下巻は相当安い。まあもちろん講談社学術文庫の「百魔」とか「増鏡」や「今鏡」、ちくま学芸文庫の「ボードレール批評」なんかはどの巻も高いんですが、やはり1巻は「どんなもんやろな」てな感じで手にとってみる人が多いんだろうが、そのあと続けて読む人はかなり減ってしまうからなんでしょうな。出版社の方も1巻はだいぶ売れたからと2巻目はそれなりの部数を出してしまうのでどうしてもだぶつくのではなかろうかな。
昨日は天王寺まで仕入れに伺いました。天王寺ステーションデパート、今の天王寺ミオですがここから阪堺線や近鉄百貨店に行く大きな歩道橋があって、以前は歩道橋にはアーケードのように上をさえぎるものはなく西側のホテルエコーや北側の天王寺公園やステーションデパートがよく見えて私は好きでした。実はJR高槻駅にもローターリーに大きな歩道橋があってその上には花時計が設けてありました。ところがこれらはなぜか架け替えられてしまい天王寺のには雨でも濡れないように天蓋が付いてしまい眺望がきかなくなったし、高槻駅のは花時計そのものが撤去されてない。とか思ってたら昨今出た井上章一の「日本の醜さについて」を読んだら諸外国で町の中心部に歩道橋があるのは日本くらいだとある。歩道橋があまりにも街の景観を壊すからなんだそうだ。確かに石造りの古い街並みが残るベネチアとかロンドンとかにむき出しの鉄の柱が露出するのは気味の悪いことだ。でも俺はその気味の悪い橋から見える景色がいいと思っていたんだからバカなのかなあ。
石原吉郎の「望郷と海」はシベリア抑留の話があれこれ書いてあって氷点下40度にもなる酷寒の大地で作業を強いられるのに服の合わせ目を留めるボタンはソ連兵に没収されてしまうので、寒さから身を守るために自分で針を作り服を繕って風が入らないようにしなければならないのだが、当然針の所持は禁止されているから見つかったらえらいことになる。しかし寒さは寒いし背に腹はかえられぬ、みんな隠れて短時間に工夫して針を作るのだが、石原吉郎は針を持っていると密告されて取り調べを受けた。密告したのは同室の体が悪くて作業を免除されている弱者だったそうで、石原はその原因を嫉妬だと記す。ちくっても自分に特段メリットはないんだが、身体が自由に動くやつがそれを生かしてあれこれ快適になって行くのは嫌だという嫉妬で、それはあるんだろうなあ。
つくづく今の世でよかったと思いました。
先日朝日新聞に小熊英二の月一の論考が載っていて昨今の外国人観光客の増加を取り上げて客の総数ではまだまだ大して多くはないがその増加ペースが際立っているという。その理由として小熊があげるのが日本の物価の安さで吉野家とか松屋とかなら美味しい牛丼が300円くらいで食べられるし、店は清潔だしサービスも行き届いているとする。なんでもタイのバンコクでコーヒーとドーナツで日本円で1000円くらいすることもあるそうで、私はびっくりしました。まあ確かに日本の最低賃金は安くて大阪でも909円に過ぎず、欧米は軒並み1200円を超えているわけだから際立って低い。その程度の金でアレヤコレヤと扱き使えるんだから資本家にはたまりませんな。バイトにせよ職員にせよ体調不良で休むこともあるのは当たり前ですがね、このところラインを使って「私は予定のシフトの日に用事で入れなくなりました、すみませんが誰か入れる人はいませんか?」と従業員自身が入れるメンツを探していることがあります。そういうことはそもそも会社がやるべきであって時給950円とかの従業員がやるべきことではない。
それにしても今の学生は真面目でよう働いてくれますね。遅刻もしないし、怠けないし、嘘もつかない、まあそういう流行なんでしょう。60年代から70年代には真面目にやらないこと、丁寧にやらないこと、崩してやることが流行でした。左翼の全盛だった時とも重なり既成の価値観を疑い、自分の思いをぶつけてみることがブームでした。これはこれで単なるバカや無神経なガキを増産しただけに終わってしまい、考えただけでアホらしくなります。私もお金をもろて佛教大学の図書館の屋上に出向いて夏の暑い盛りにコールタールの固まりをカンカンに入れて下から炊いてとろとろにしてから流す仕事をしていました。防水加工なんですね、おそらく学生が夏休みで人通りも少ないことを狙って8月に依頼したんでしょうが、あまりにも暑うて、かてて加えてはなからやる気もなくベテランの職人の目を盗んでは下の階に降りて涼んだり、寝そべったりしていたら、ものすごい勢いで怒られました。お昼は気をつこてかまどやで鰻丼をおごってもろてたし、前の日は上がった後サウナの完備した風呂にまでつれてもうてたのに、この始末で今から思うと情けない。
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幻冬社から上原隆の「君たちはどう生きるかの哲学」が出て、無名の普通の人の人生をうまいタッチで描く人だけに早速買い求め期待を裏切らない健筆ぶりを感じました。その中に鶴見俊輔の話があってこの高名な評論家が自らの出自を気にして親の七光りだとか、上流階級だとか言われるのを極端に嫌ったとある。そのために主催していた雑誌「思想の科学」の運用資金に付いて親の家を売った金を日本銀行の出身である評論家のいいだももに運用を頼んでそれをあてたという。親がかりでない証を立てようとして敢えて資金の話をしたんだと上原隆は書いているが、でも親の家を売った金なんだから、完全に親がかりでしょう。ちょっと例としては不適切だと思いました。
でもまあかつてマルクス主義が全盛だった頃文化大革命では親の出自を問題にして裕福なものには自己批判を求めたり、連合赤軍のいわゆる総括でも同様のいわれなき批判が加えられたようだ。
私の周りでも学生時代バイトをして金があるのに、なぜかちゃんとした晩御飯を摂らずにパン屋からただのパン耳をもうてきてかじり、翌日の昼ごはんもそれにすると言ってわざわざ経済学部の教室まで持って行き、講義が終わった後教授が「このパンの耳はあんたのんか?」とひょいと持ち上げて彼の方にほうり投げたところえらい怒り出した。「貴重な昼メシをほうるてなんや」と先生に食ってかかったからあきれた。他にも家庭教師とか予備校で教える仕事がいくらでもあるのにわざわざそれにはつかず、新聞配達のバイトをしてるやつとかもいた。他にも琵琶湖疏水に出向いて釣り糸を垂れて入れ食いであるブラックバスを釣ってきて刺身にして食べようとしていた農学部の友人がいたが、においがきつくて果たせず、結局塩焼きにして食べていた、これは金がない本当にない男だった、なぜかというととにかく働くのが嫌な男だったからだ。さらにマクドにバイトに行ったはいいが、すぐに鉄板で火傷してしまい、もうバイトは面倒だと公園に出向いていくらでも群れているハトを捉えて焚き火で焼いて食おうとしていた友人もいたが、これは面白かった。まあトロツキストの太田龍なんかは動物の権利とか言い出してはては家畜を解放するべきだとおかしな主張をしていたから当時の流行だったんだろう。