Welcome

古本屋日誌

2018-03-26 08:38:00

今朝もかなりぬくうて近所の寝屋川のほとりの桜並木も八分咲きです。

先日「旭山動物園館長が語る命のメッセージ」なる本などをお客さんからお譲り頂きました。著者の小菅正夫はその中で子どもにインターネットを使わせるのは反対だとし、それはネットで調べるとなんでもわかったことになってしまうからだという。基本的なことは自分で調べてつかむのがよく、日頃からそうしておけば安易にネットの情報に惑わされることもない。日頃から日常の小さな疑問に目配りをして解決策を仮説として作っていくようにすれば良いともいう。まあ動物園の園長ごときが説教たれるとはおこがましいのはさておくとしても、世間のたいていの人には才能などはないから、あまりあれこれ考えてもそれこそ騒がしいバカになるだけだろう。ガイヤーの「馬鹿について」もお譲り頂きましたがおとなしい馬鹿が騒がしい馬鹿になるだけだろうというのは確かに面白い表現です。


2018-03-25 07:58:00

今朝は穏やかで早朝から仕事なので早起しています。

向田邦子は東京生まれで実践女子の卒業だし、親父の仕事の関係で仙台で住んでいたことはある、また早すぎる晩年も神宮球場のねきですごしたはずだ。しかし不思議なことに大阪弁の使い手でもある。まずむつかしいという。ほうるやシャケ(鮭)を多用する。「霊長類ヒト科動物図鑑」では「大きゅうなったらモンロやな」と書く、びっくりするのが辺りを見回す仕草を「キョロキョロっと」と小さい「っ」をつこて表す。
うーんなんでなんやろなあ。親が大阪なんかなあ。プロ野球では長らく大阪弁が標準語だったことは玉木正之がつとに指摘している通りなんだが、向田邦子はプロ野球とも当たり前だが関係なさそうだしなあ、不思議だ。


2018-03-24 00:19:00

昨日はお客さんの注文を出荷する以外はのんびりして近所の「イオン」に出向いて「小保方晴子日記」が中央公論社から出ていたので早速購入。

婦人公論に連載していたもので巻末に瀬戸内寂聴との対談も掲載。「あの日」で若山照彦を少し叩いたその続編を期待したが今回は早稲田大が博士号を剥奪した過程を詳細に書いていて素晴らしい。だいたい一度認めた学位を奪おうというのだからこの大学のやり方は悪辣でどの口がゆうとんのやとしか評しょうもないものだ。そのことは小保方もよくわかっていながらも9年間過ごした大学だし、恩師もいるし、優しく声をかけてくれた人も多いとの思いや、先が見えなくて何かにすがりたいという渇望もあって理不尽な早稲田大の要求にも従ってしまうくだりがよい。今まで優しかった人も大学の方針が小保方は切ると決めたと知るやいなやそれこそ手のひらを返したかのようによそよそしくなる。

まあだいたい普通の人はそうですよね、すぐに裏切る。でもまあその程度のことは普通に生きていればすぐにわかることでもあるから、余計に生々しく感じられて心を打つ。

小保方先生は小説を書いたりしてるようだが、そういうレベルの低いことをなさるのではなく、STAP細胞の研究を続けてその存在を証明して、バカで空気を読むことしか思いつかない早稲田大の連中やバッシングで大宅壮一賞を取ったしょうむない新聞記者ピーチ姫をあざわらってみせてほしい。


2018-03-23 17:30:00

今朝は雨も上がりいわゆる菜種梅雨の終焉でしょうか。現在本の在庫は1300くらいで倉庫を用意していますが、雄猫、メス猫が隙を伺っては侵入してメス猫の方は壁に掛けてあるえべっさんの福笹をカリカリかじります。対して雄猫は地べたにおいてあるプチプチをかじります。以前倉庫には出入り自由にしていたらプリンターのところで大暴れして配線が傷んでしまったこともあり、基本的には出入りは禁止しています。福笹はすでにはしゃいでいますし、固くてうまそうではありません、プチプチはそもそも食べ物ではないですし、何が楽しゅうてかかる仕儀に及ぶのか謎だ。友人の猫好きの人に聞いたらメス猫なんだが耳のところをあちこちに擦り付けるのが好きでそれもきつくきつくやるもんだから皮膚が擦り切れて赤い血がポタポタ落ちるのにやめないという。これはバカですな。

しかし今はちょうど少し肌寒いくらいで少し荷物を持って運んだら作業しても汗はかきませんが、もう少ししたらじっとしてあるだけで汗がにじんでくるし、普通に作業するだけでもえらいことになりますね。体は汗は出すわ、精神的にも暑さを感じるわ、不快な感触を味わうわ少し反応がいきすぎてますね。だいたい夏なんだから暑いに決まってるし、毎年のことなんだから体の方もいい加減に学習して体の過剰な反応を抑えてもらいたいのにそういうことはおこりません。

 


2018-03-22 16:16:00

今朝は少し寒さが残ってました。郵便局にご注文の品を配送して岡本のお客さんのところに出向いていろいろお話をお聞きしました。岡本にせよ御影にせよ、阪急電車から上にも下にもかなりの勾配でいつもこれは大変だなと思います。車があれば特に問題はないのだろうが歳を食って車の運転がおぼつかなくなったらどうするんだろう面倒ではないのかと勝手に心配しています。以前JR芦屋に板垣という古本屋があって「日本古書通信」に在庫案内を出していて昭和10年ごろの大阪の電話番号簿がありました。藤田伝三郎の名前が入ったもので5000円だったので購入して面白いなあと眺めていましたが職業も記載してあって「社員」とあるのだが、もちろん平社員とかそういうものではなくて、経営者ということなんですね。大和川染工場には軍服製造とあり、カーキ色の陸軍のを製造して谷町から造兵工廠に納めていたわけです。大阪の電話番号簿はかなり前から営々作成されていて最近も大阪商業大学の博物館が明治時代のやつを復刻してこれも入手しました。この博物館もそうなんですが、他にも芦屋市立美術博物館も非常に面白い図録をたくさん出していて岡本にあった二楽荘のものなどは人気があります。二楽荘は西本願寺の大谷光瑞が作った別荘ですが、西域に探検隊まで出していろんな資料を集め別荘内には花壇やら植物園もあり、そこに至るケーブルもありました。まあわけのわからん坊主ですが、集めたもののレベルはどうだったのかは気になりますね。松下幸之助もあれこれ絵やら陶器を集めてましたが残ってるのはガラクタばかりでその手の鑑識眼は全くないバカでした。


1 2 3 4 5 6 7