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古本屋日誌

2018-02-13 12:38:00

今朝もかなり寒くために、ねまでグズグズして猫がしびれを切らして大騒ぎを始めました。

いまは古本屋になって買取に伺う立場になりましたが以前はよく古本屋に本を買い取ってもらってました。新人物往来社が出していた「歴史読本」には増刊号があって日本系譜総覧とか暦の全てとかちょっとした網羅もので途中から集め始めて何とかコンプリートしようとあちらこちらの古本屋に出没してましたが、アパートから急いでバイクで右京区の古本屋に出向こうとして左右の確認をせずに発信して丸太町通なんですが右から走ってきた乗用車にはねられてずいぶん空を飛びました。その時も向こうは心配して病院いこうとなったんですが、そんなことより右京区の古本屋に目当ての雑誌があるのではないかと心配で「だんない、だんない、すみませんな」と動かないとバイクは置いておいて市バスで出かけました。アパートでは本棚を組み立てるのがめんどくさいので六畳二間の畳部屋にじかに本を置いて、畳の上に本の分厚い畳を敷いてるようなもんでしたが、それでもスペースが足りず押入れの中にも積み重ねていれておいたら、当然のことながらアブラムシが嗅ぎつけてやってきて夜中に「カリカリカリカリ」音を立てて背表紙をかじります。岩波書店の「古典文学大系」は赤い背表紙なんだがこれはそもそも材質は何なのか、アブラムシは大変なお気に入りで群がるように食べていてあとは白い筋になります。もちろん私も怒りに震えてアブラムシを睨みつけるんですが、その刹那暗闇でアブラムシも一瞬食べるのをやめて私の方を見るんですが、なぜか逃げないでまた視線を本に落としてカリカリ。これは不思議でした。そんなに岩波の本はうまいのか!

まあそういう思い入れのある本も宿替えするとなると思いも薄れ京大前の「吉岡書店」に引き取ってもらったんですが、この古本屋は学生相手に岩波文庫やその他の基本的な教養書を売るのを生業にしているところで、まあいやな顔もせずに全部引き取ってくれました。ただ吉岡の修学院の店(今はもうない)に中央公論の「日本の歴史」、ハードカバーの箱入り全26巻を持っていくと「これはいらん」と断られて仕方なくまた自転車に積んでアパートまで帰ろうとして途中赤山禅院に向かう上り坂でこけてしまい本をばら撒きながら何とか帰り着き仕方がないので「お好きな方はお取りください」と張り紙をして置いておきました。

大阪の市民団体が高安城の調査をずっと続けていて「幻の高安城」と題する冊子を7、8冊出していて、割と以前は人気がある本だったのだが、難波の「天地書房」に売りにいくと「これはダメだ」と断られてびっくりしたこともありました。

 


2018-02-12 13:59:00

今朝はかなり寒くこの調子では石油ストーブを炊き続けそうなので近所のガソリンスタンドまで1斗缶を自転車の前かごに乗せて灯油を買いに行きました。いつもぴったり18リットルいれられるのが不思議です。

先日お客さんから赤木学のいろんな本をお譲り頂きました。最新刊ともいえるちくま新書の「これが答えだ」もありました。政府の少子化対策は何の意味もないことを懇切丁寧に説き、人口減少を受け入れた上で歩んでいかないといけないという趣旨です。確かに女が働くようなる社会の方が子供の数が増えると言われても嘘だろうとしか思えない。働いてクタクタなのに子どもを作る努力は怠りがちになりそうだし、都会にはいろんな娯楽があるし、田舎のような隣近所の視線、圧力も希薄です、当然子どもを作らないと一人前に見られないのではないかというおかしな圧力もありません。勢い子どもへの関心も希薄になります。

まあ政府は保育所なんかを無料にするとか児童手当を支給して子育ての支援なんかもしてるが、別にそういう金があるから子どもを作ろうかという風にもならないからこれも意味はない。金をばらまけばそれは何らかの形で消費されるから景気対策にはなってるだろうけどね。以前のように結婚を押し付けてくる社会的な圧力がありために紹介による見合い結婚が多数を占めるご時世なら出生率も高いのだが、今は恋愛結婚だし自分の希望を優先して相手を選ぶから結婚自体が難しくなっているし、婚姻の年齢も高くなる。確かに恋愛結婚したからといって幸せになれるわけでもないし、大した価値はない。だが仲人を入れる見合い結婚だって紹介する側は男と女双方を知っているだけにあれこれ文句を言われることが多い。かくいう私も以前友人に知り合いの女を紹介して当初は双方から「あんないい人をよう紹介してくれておおきに」と感謝されて面目を施したものだが、何がどう食い違ったか男の方が疎遠となり何でもわざわざ女が訪ねてきて泊まったのに何にもしなかった、さらにその後女が熱を上げてまた訪ねていったら今度は居留守を使って開けもしなかったそうで、女からあれこれどうなっとるんや、聞いてみてくれと問い詰められて往生したことがある。紹介した時は気に入らなくてもこっちの顔を立ててくっついてもらいたいものだ。


2018-02-11 11:08:00

夜前はかなりの雨でその割には今朝は寒くないです。うちは「猫の時間」を購読していて今月号の付録は下に車輪つき、尻尾がキラキラ光る銀色のネズミでしたが、これは人が絶えず操作してやらねばならずめんどくさいので置きっ放しです。

ジュンク堂で小谷野敦の新刊「司馬遼太郎で読む幕末維新」を購入しました。徳川慶喜が水戸の出であるから尊皇思想の洗礼を受けていてために鳥羽伏見の戦いで薩長ご錦の御旗を掲げていたのを見て生来の尊皇思想が頭をもたげて戦意を喪失して江戸に逃げ戻ったのではないかとある。まあ確かにお膝元の水戸で尊皇思想てなんか意味不明ですが慶喜は頭がいいだけにイデオロギー岩波文庫の「幕末の水戸藩」にある通り尊皇派と佐幕派との内ゲバは熾烈で罪過は係累にも及び世継ぎの幼い男の子も首を切ろうとするがさすがに頑是ないもののこととて後ろこてにいましめても、首を差し伸べようとはせず、ために水壺に子どもを入れて水を注ぎ込み溺れそうになって首を突き出したところを切断したなどと恐ろしいことご書いてある。中公新書の「鳥羽伏見の戦い」は幕軍の戦い方に問題があったとしていくら1万5千の薩長をはるかに上回る軍勢を擁していたとしても京街道は幅員がなく数の優位性を発揮できなかった。だから軍勢を西国街道、木津街道そして京街道と三手に分けて進軍させれば容易に京を制圧できていたろうとある。確かに以前は幕軍は大した兵器も持っておらず最新鋭の装備で武装していた薩長に敗れたなどと教わりましたが、もちろんデタラメで銃や火薬は幕軍の方が新しいものを揃えていました。

 


2018-02-10 11:57:00

今日は雨でかなり本格的なお湿りで雄猫も例によって外に出ようとはしたが降りがきついのにすぐ気づいてすごすご戻りました。

先日お客さんから猪瀬直樹の「日本凡人伝」のシリーズをお譲り頂きました。新潮文庫でもありますがお客さんは単行本も揃えておられてともにいいコンディションでした。猪瀬は東京都知事だったわけですが市井の普通の人のルポが非常に面白く初めは反あたり収量が日本一の農家だとか東大の時計台の地下で長年時計の修理をやっている職人とか、まあそれなりに有名なひとが登場してましたが、すぐに葬儀社を経営して儲けてるひとてな感じで本当に普通の人の生活を細かく描写するようになりました、初めの日本一の農家の時も表彰された後見学やテレビなどの取材でえらいたくさんの人がやってきて田んぼの畦が踏みつけられて傷んでしまって往生した話をたんたんと述べている姿をしっかり書いていて印象深い。自分が日本一に輝いたわけだからある程度騒がれたい気持ちもあるし、しかしそうなったらそうなったで畦が踏みつけられて来年の耕作に影響が出てしまうのも腹立たしくもあるし、でもそれはそれでもまあいいやと落ち着いたという話です。だいたい普通の人の生活の方が興味深いに決まっているわけで、NHKで相葉がひつこくやってるアスリートのインタビューなど全然面白くない、誰も言うことが一緒で深みがなく能天気な戯言です。

猪瀬は以前「天皇の影法師」という八瀬童子の話を書いてました。天皇が死んだ時にその棺桶を担ぐようの定められた人たちが近代化の中でその役割を奪われていく過程を細かく追いかけた面白い作品です。まあ宮内庁にしたらなんか得体の知れない連中が京都から出てきて葬儀に加わらせろとごねてるという感覚なんだろうが、葬儀の伝統を公然と否定しようとしていることも間違いないわけでそれでいいのかとも思う。


2018-02-09 12:42:00

今朝はずいぶん寒さも和らいで過ごしやすかった。このところ雄猫がおこたのねきで眠り惚けている隙を伺いそーっと頭を乗せてねこまくらをしてみたが軽く乗せる分には問題ないことがわかった。

先日お客さんから花輪和一の「ニッポン昔話」などをお譲り頂きました。このマンガは初め限定3000部とかで、かなり高価だったんですが、まあ部数が多すぎるのでプレミアというわけにはいかず、今は上、下2巻で簡単に読めます。しかし花輪は天才なのでそんなことはたいした問題ではありません。この本にはばあさんが亡くなり孫を殉死さす両親の話があるんですが、花輪が想像力を駆使して我が子を死なせる親の気持ちやそれを可能にする考えを描いていて衝撃的です。親は子どもが死んでも生まれ変わることを確信できているんですが、それでもいざとなると苦しい。だからその親心を苦しみを緩和してくれる装置があるんだという話です。よくそんなことをかんがえつけるなあといつも思います。

彼は自宅に銃を所持していた廉で逮捕され収監されるわけですが、出所のち雑誌「アックス」で出所祝いの対談があり、本人と呉智英や青林工藝舎の担当などなんですが、花輪が自分は遅筆で新しい作品が出せなくて、古い作品をカバーを変えたりしてまた出すのは気がひけると殊勝なことを言うのに対して呉が「そんなこと言ったら漱石なんかどうなるのよ、あんなに何百回もおんなじのを手を変え出してるじゃない」というと「それは夏目漱石だから」というが対談の論客はみな口を揃えて「あなただっておんなじようなもんだよ、漱石とそう変わんない」と言ってました。私もそう思います。この対談で驚いたのは青林工藝舎の担当が例の大菩薩峠の破防法で高校生の時にパクられたやつだということで相当長いことぶち込まれていたが、今は立派な編集者になっていることで、東京は雑誌を主体に様々な出版社があるので、こういうやさぐれものにも優しい都会だということです。以前は予備校や塾ににやんちゃしていた人や落ちこぼれがたくさんいたように思いますが(山本義隆は駿台だし、牧野剛は河合塾ですね)今はそういう人はいないでしょう。ゲームクリエーターやアウトソーシングに行ってるのかなあ。

 


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