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古本屋日誌
昨日は少し寒くなってましたがそれほどではありません。猫の日だったそうですがもちろん特に我が家の猫に変わりはありません。
先日お客さんから坪内祐三の「まぼろしの大阪」「風景十二」などをお譲り頂きました。坪内が雑誌「ぴあ」に連載したものですが、大阪のよい面をこれまでにない観点から述べたもので現在の大阪の風景や街並み、店舗から娯楽施設、織田作や磯田敏夫らの作品に及んでいます。まず心斎橋筋は銀座みたいなところで、そこに「本福寿司」のような箱寿司をカウンターに座り町ゆく人波をみなかわらつまめる贅沢はなかなかないという。まあ私も福寿司は好きでかなりいってますが、(今はもうありませんが‥‥‥)箱寿司なら今里とか文の里の寿司屋の方が種類も多いし楽しく食べられるし、坪内は銀座なら寿司もものすごく値段が高いのに、その銀座に匹敵する心斎橋筋でこんなに安く寿司が食べられると感心しているのだが、ずっと大阪に住んでいるものからしたら、そのありがたみとやらがよくわからない。また大川から土佐堀川や堂島川のクルーズを東京の隅田川のそれと比較して「大阪には緑が少ないというが、クルーズで見る風景は森がたくさんあり素晴らしい、東京のは景色が平板で面白くない」と褒めてくれるんだが、これまた住んでる方からしたら「そうでっか‥」としか言いようがない。ミナミのキャバレー「ミス大阪」だが入り口を入ると段差が全くなくそのまま客席が広がり真正面に舞台が見える開放感のすごさを坪内は讃える。まあミス大阪は安いしホステスも70台の面白い人から20台の若い人まで雑多で話もうまいし私も好きですが、開放感とはなあ、それは思ったことはないな。
それにしても大丸の前にあった本福寿司は「一番忙しかったんはいつなん?」と聞いたら「万博のころですな、1日2升炊いても足らんようになってまた炊きまししましたわ」。箱寿司はうまいのになぜ食べないのかな。うどんも讃岐うどんばかりになってるけど、大阪のうどんの方がうまいのになあ。ラーメンも豚骨ばかりになってきてるけど、不思議だ。
今朝もぬくうていよいよ春が到来したか!と思いました。昨日の晩も猫じゃらしで遊びましたが雄猫はお決まりで絡まずすぐにおこたに避難してました。かといってやる気がないわけではなく、「やってくれ!やってくれ!」とすり寄ってくる、しかしいざ始めるとからまない。
だいぶ前なんですが東通にあった末広書店の4階に稀覯本コーナーのようなものがあって、戦争の本や大阪の本、婦人画報の古いものあれこれ置いてあって「大阪之商品」の合本を見ました。これはかなり大判の雑誌で毎号大阪と東京の比較だとか心斎橋の人通りはどれくらいか、大阪の人は昼ごはんに何を食べているかとかいうような面白い記事がたくさん載っていて7000円でしたのですぐに購入して大事にしていましたが、今探すと見当たらない。他にも「上方食道楽」や「苦楽」松崎天民がやっていた「食道楽」とかキャバレーやカフェーの様子をルポした「繁華街」とか変わった雑誌がありました。またこの古本屋の二階には「性生活報告」という例の投稿エロ雑誌が大量においてあり、なかなか奇抜な内容でした。なんでもごく親しい近所にお邪魔したらそこのダンナが嫁を物干し竿にくくりつけてアレの真っ最中なんだが、特にダンナもその嫁も恥じ入ることはなくあれこれ世間話をして「じゃあまた来ますから」と帰り際にはちょっとくくられたまんまの嫁はんをいろてから帰るという話がありました。まあその程度のことはいくらでもあったんでしょう。少し前まではね。中之島公園でもあれしてるカップルは非常に多かったし、(今はなぜか全然いません)その辺りのことは井上章一が縷々書いてる通りです。
以前私は千林に住んでいました。枚方から宿替えするときに周旋屋にいき、いろいろ紹介してもらったんですが、本が大量にあるので二階ではいけないかなと思い、また光が当たると焼けるのであまり日当たりも良くないところがいいとおかしなリクエストをして千林にしました。しかしこれは大変な間違いで日に当たらないが焼けは進行するし、それより薄暗いので湿気が多くてシミが本に発生しました。コンクリートなので床が抜けることはないと聞いてはいましたが、実際にはカーペットを敷いてある洋室は床板が沈み込みドアがきちんと閉まらなくなりました。その後台所で麻婆豆腐を作っていたんですがNHKの「ためしてガッテン」という番組で麻婆豆腐はたくさん油を入れて作るのがうまいんだという話が出てこれはええな、やってみようとサラダ油をガバッと入れたら突然中華鍋全体から換気扇あたりまで大きな炎が上がり、あまりのことに何もできずにしばらく見ていました。これはなんとかボヤで食い止めましたが驚きました。例の森毅が料理中になぜか服に引火しているのに気がつかずえらいことになった話がありますが、なかなかいざという時は何もできないものですね。
私は最寄りが京阪電車なんですが常日頃からへんな電車だなあと思っています。まず最寄りが萱島なんですがいつも取り上げられるのが駅構内にそびえる樹齢700年の楠で、そこからもわかるように閑静な駅です。繁華といえば一つ大阪寄りの大和田駅で、ここは駅の南側にかなり大きな商店街が広がりそれなりの規模のショッピングセンターもあります。昔からの商店街で道幅も狭くて左右にたくさん並んだ商店を楽しく見ていくことができるし、枝分かれした道もあって何があるのかわくわくします。だがなぜか準急や急行はここには停車せず、萱島に準急が止まります。急行、準急は守口市にも止まるんですが、ここも京阪がやっている百貨店はあるものの閑静な駅です。やはりなんといっても千林が繁華で、大きな商店街が地下鉄の駅までうねうねと伸び、そもそもダイエーの一号店がここにあったことからわかるように非常に人口も稠密です。しかしここも普通しか止まらない。
要するに京阪の歴代の経営者は揃いも揃ってバカばかりだということです。人口稠密で発展性のある地域をわざわざ避けて自ら開発しようとして尽く失敗している。千林にせよ大和田にせよ古い町並みなのであれこれ京阪がテコ入れしようとすると反発が起きるつまり、それが頭の弱い経営者には嫌なんですね。めんどくさいわけです。
今朝はかなりぬくうてそれでも家の中は日が差さないために気温は低くストーブつけました。これ以上気温が上がると少し動いただけで汗することとなり今くらいがちょうどいいんですがね。
単行本は文庫になると値段も下がってしまいますが中には不思議なことに下がらないものや却って高なるものもあります。わりと有名なものでは「漢文法基礎」です。これは二畳庵主人というわけのわからないペンネームで増進会から出たんですが、著者は中国文学者の加地伸之なんですが、中にポルノまがいの漢文が含まれているということで、未だに高値で、講談社学術文庫に収録されているのだが、ポルノ漢文は削除してあるのでこちらは普通の値段です。民俗学者の池田弥三郎も単行本は変なペンネームで性風俗のことを書き、死んでから講談社学術文庫に「性の民俗誌」というタイトルで刊行。性のこのだから嫌だというガキのような幼稚な感覚は笑うべきですが、今や歴史的な産物です。「九州性崇拝資料」とかかなり昔から堂々と扱っていたわけで、彼らのへんな自己規制は意味不明です。
わたしは草野進こと蓮實重彦の「プロ野球批評宣言」の単行本、つまり冬樹社のやつが好きで以前新潮文庫になったがやはり冬樹社の造本はなかなか洒落ていて著者がお花の家元だという前提なので白地に花をあしらった上品な作りです。しかし値段は安い。冬樹社は田中小実昌の「猫は夜中に散歩する」も出していてこれも赤地でなかなかオシャレで旺文社文庫になってますが単行本のほうが人気があり少し高い。
しかしまえから不思議なのは式場隆三郎の「二笑亭綺譚」ですが、ちくま文庫のほうが単行本より高い。ちくま文庫は版も当たり前ですがあんなに小さくて図面が見づらいし写真も小さいのに2500円くらいしているのはどう考えても解せん。単行本のほうが見やすいしいいのになあ。なんか文庫のほうが機械的に高く設定してお客さんもそれを良しとしてるのかなあ?
今朝はそんなに寒くはないもののすぐにストーブつけました。昨日の晩も例によって猫じゃらしで遊んだんですが、メス猫ばかりが調子に乗ってハイジャンプを決めて勢い余ってストーブにぶつかったりするのも従前で、雄猫はしばらくは猫じゃらしのほうを恨めしそうに見て時折思い出したように背伸びをしていらおうとしますが、やがてあきらめてすごすごと部屋を出て行くのがかわいそうだ。
こないだ竹本始太夫が突然亡くなりまだ50くらいだし、私が見に行った文楽劇場の良弁杉の時は元気に語っていましたからびっくりしました。住太夫はお元気そうでなによりなんだが若手が無理をしすぎるのか、残念だ。織田作之助がほとんど金も出ないのに愚直に精進している太夫の姿を共感をもって描いているが金もなくて、生活に困窮する状態が昭和の初めから変わっていないのかとも危惧する。織田作は大阪人が金にこだわるのは別にケチだとか守銭奴だとかそういうことではなくて、金を稼ぐ際にひたすら心を込めて客に尽くすことが人として正しいんだといういわば道徳としての銭道がもとにあるのだとかいています。まあそうですよね。まっとうに生きるということは金をもうけるのにも楽に、適当にではなくて求道者のような献身があるべきだというのはその通りでしょう。芸人風情やスポーツ選手のような博打打ちのような生き方はあってもいいけどバカ丸出しだと思うわけで、誠に健康的な発想です、
今はなんかそうは思わずああいうまっとうではない生き方に憧れたりする人や子どももいるので、文楽の太夫や人形遣いは一層自分を保つのがしんどいのではないのかとも思います。