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古本屋日誌

2017-12-11 15:47:00

今日はひなたはぬくいのですが、日陰や風があるとえろう寒いです、朝から千林の耳鼻科に出向いて持病の中耳炎の治療。千林もご多分にもれず本屋は減少していて、松田の本屋がなくなっていた。近所のお店で聞いてみたらご主人が足を悪くして引退したんだそうでよく「ゴルゴ13」を買いに行っていて、面倒なので配達してもらうようになった。だいたい毎月「本屋ですー」と来てもらっていたので残念だ。

仕事で高槻に来ていて不思議なことにこの街はあれこれの専門店がなせか多い。コッペパンの専門店、きな粉をまぶしたのや、シュガーシナモンと豊富であの給食のまずいコッペパンを商売にするとはなあ。ニッカウィスキーのスタンドバー、ワインのスタンドバーはいくらでもあるけどウィスキーとはなあ。入り浸って大変なことになりそうだ。巨大な書店が三軒❗️ジュンク堂は漫画はないが圧倒的な品揃え、まあ今現在の本しかないのがバカバカしいけど非常に便利。フレンチトーストの専門店、これはさすがに閉店したようだが、また駅の近くに昼から美味しいフレンチトーストを出す店ができた。お茶漬けの専門店、酒飲みしか行かないような気もするが、どっからそういう発想が出てくるのか素晴らしい。かしわの専門店、これは太古から営業しておられるようで誠に素晴らしい。岡山の物産だけを扱う産直店、うまそうなお餅や野菜、乳製品など満載で人気を集めている。

大阪は割と昔から専門店は受けないと言われていてどこもごっちゃまぜだった気がする。道頓堀にしても日本橋にしても文楽、歌舞伎みたいなちょっと古典芸能からNGK、パチンコ屋、風俗店、商店街、百貨店なんでも一ヶ所。

 

 


2017-12-10 12:11:00

今朝は風がなく快適なんですが、もはや条件反射のように石油ストーブに集合してます。こないだお客さんから出たばかりの小林哲夫の「神童は大人になってどうなったのか」などをお譲りいただきました。日銀の黒田総裁や官僚上がりで首相になった池田勇人などのエピソードもあり、己の頭脳を生かして社会に貢献するべきだという著者の価値観から高評価になっている。まあ確かに折角東大や京大を出たものの株でどれだけ儲けたとかくだらないことを誇るバカよりはずっとましです。

でもまあこの本に出てくるような勉強も大してしてないのに全国模試で一桁に入るとか、テキストを一瞥しただけで、まるでカメラで撮影したように記憶に定着するとか、およそ考えもつかない人々ではなく、わたしの身近にいた人たちを考えると予備校で同僚だった古文の先生は他の先生の言動に敏感で「あの先生なあと古今著聞集のことをこきんちょもんじゅうてゆうてんねんで、そのレベルで人気講師やてバカバカしい」まあそれは確かに間違ってはいるがそれほど人にわざわざ告げてどうこうするほどの間違いでもないと思うのだが、そういうひとを何としても貶めてのし上がりたいという立出世欲が実は大事なんだとこの頃は思います。この人は今は神戸大の先生です。

私の行っていた高校には生物研究部があり、部員が三年生の3人しかおらず、募集が急務だったが、新入生相手のオリエンテーションも部長の大西くんがやったけど恥ずかしがり屋ですぐ赤面してそれを気にして下を向くものだから声がくぐもってマイクにうまく入らず何をゆうてるのかもわからん状態で誰も入らなかったところが、5月になって1人物好きな女子が入りたいとゆうてきてもちろん大歓迎となった。天王寺駅から紀見峠に出て、岩湧山でクモ(スパイダーです)の採集をするのが主な活動でそこにもいくというのだからかなり変わり者の女なんだが、採集活動の朝集合場所の天王寺駅か改札前にはその子はおらず。でもよく見たらその子と思しき女が立っているので声をかけようとしたら大西が「いや、あれは違うかもしれん、失敗したら大変だから、やめとこう、もし本人やったら向こうから声かけるやろからな」という。部長のゆうことだから仕方ないがどう見てもそいつなんだが、もちろん話しかけてくることはなく、その日は3人で出かけ、その女は二度と部室には来なかった。この大西くんは今東大の教授になってる大西克也です。まあ内向的でこもるのが好きなのかよかったんです。

 


2017-12-09 12:24:00

今日も寒い❗️黒猫は兄弟でタンスの上に重なるように横になっている、弟の方はこのところ睡眠時間も増え、なぜか寝相があられもない、丸くならずにだらんと後ろ足を力なく伸ばし、頭も座布団からずり落ちています。

先日はお客さんから安藤昇の「激動」などをお譲りいただきました。安藤組の疾風怒濤の時代を描いた作品で、血気さかん、パワーをみなぎらせていてことあらばと手ぐすね引いている様が楽しい作品です。特に私のお気に入りは新宿で愚連隊がたむろする地下の喫茶店があり、その情報を安藤が仕入れて朝から行って待ってるわけです。さあお目当の愚連隊が来たとなるともう雰囲気でこいつらだ!てわかる、瞬間出入りが始まるわけです。まさの爽快、喧嘩の醍醐味です。

村上和彦の「昭和極道史」もヤクザ同士の凄惨な玉のやりとりなんだが、なぜか爽快な作品で、前に全巻お客さんからお譲りいただき感動しました。田舎から上阪して寮に入り働いている荒くれどもはパチンコ屋でほんまのヤクザともめて怪我をさせてしまったが、そこは詫びを入れて手打ちとなるが、後日その約束を覆してヤクザが工場に現れてがたがたいうわけです。普通なら泣き寝入りとなってしまうところだが、男の約束をほごにするとは許せんとなって荒くれどもは水杯をかわして親兄弟とも縁を切る覚悟で組を作る。やはりやられたらやり返さないと心は晴れません。そこをごまかすのはバカです。まあこの後の展開は京橋にある向こうの事務所を配達を装って襲撃するんですが、小包の中身はダイナマイトで当然事務所ごと吹き飛び気分爽快となるわけです、このあたりはフィクションの醍醐味です。

 


2017-12-08 14:22:00

寒いですな、今日も直ちにストーブをつけました。

猫は皆そうなのかうちのは自分では顔をすりつけてくるのにこっちが顔を持って行ってすりすりしようとすると身をすくめて逃げます。青木るえかのいろんなエッセイ集を先日お客さんから譲っていただいたんですが、その中で旅行が好きな猫はいないとあったのはまさにその通りで、毎年春に二駅先の動物病院に自転車に乗せて予防注射にいくだけでもケージの中からつんざくような悲鳴が鳴り響きます。先日は一階と二階に一つずつ置いてあるトイレに一階はババだけ、二階はししだけなので、「これはなかなか器用なねこだ!」とビックリして翌日も観察してみたらもう関係なくどっちもしているので、単に気まぐれだとわかりました。

群ようこは母親と一緒に暮らしていて大変そうだが飼い猫にトラ(母猫)コトラ1号、コトラ2号、コトラ3号と名付け、その子猫が毛糸の玉にぐるぐる巻きになったり、ゴキブリホイホイに足を取られたことを書いている。毛糸はまああるとしてもゴキブリホイホイはいらんのではないか、猫が4匹もいてなおかつ、こういう駆除グッズが必要というのはよほど不潔な家なのかとか失礼なことを想像する。うちの猫はゴキブリは見つけると素早く襲いかかり何度も足で踏みつけて打撃を与え、よたよたして動きを止めるとじっと見つめてまた動く気配を見せるや足で攻撃し何回かに分けて、まるで説経節の「山椒大夫」のように息の根を止めてしまいます。そのあとは足が残ることはあるものの全部ペロリと食べてしまう。そんなに美味いのかなあ。

 


2017-12-07 14:04:00

今朝も寒うて直ちに石油ストーブをたきましたそれにしても紀伊国屋書店の梅田本店のレジ係なんですが、バカなやつがいますな。少し大きめの新書をこうたらカバーをつけようとしたんですが、普通サイズのカバーでは無理となって大きめのカバーを取り出してそのままかけて私に渡します。カバーの上の部分が3センチくらいもはみ出てるんです。もちろんその場で剥がして持って帰りました。こういうのは気にならない人も多分かなりいるんでしょうが、私は嫌です。

先日お客さんから白川静の本をあれこれお譲り頂きました。この先生の漢字の語源の解釈は面白いですね。道なんか三叉路で神様に生首を捧げて行路の安全を祈るところから来ているとかほんまかいなとは思います。高島俊男先生が白川静の言説に、形声文字はどう考えるんだと反論してました。確かに漢字の大部分を占める形声文字は一部が意味を表すけれども、もう半分は発音を示していて意味とは無関係なわけです。舊なんか形声文字なんですが臼ゆう漢字が中にありますけど、これは発音を表しているだけで脱穀する時に使う臼とはとは関係ないわけです。白川静は語源を構成要素が意味を持つような解説をしているのがおかしいということです。

その上で語源とか字源とかいかがわしいですよね、そんな昔の一回限りのことを的確にいいあてるなんか無理。桂米朝はかつてうがいは鵜飼からきてるんやゆうてたけどほんまなんか、のどかうーかいーからきてんのんちゃうんかとも思います。もっとも針中野なんかは徳川時代に針の治療をする中野ゆう有名な医者があったからだそうでまあこれなんかは確かなんだろうけど、あんまり面白くもないですな。ただ「地名に個人の名前をつけるなんか考えられへん」ゆうてすごく面白い、ビックリする‼️ゆうていつもネタにしてくる友人がいますが、この人は徳田虎雄で有名な徳之島の出身なので鹿児島では珍しいことなんかもしれない。大阪なら鴻池とか平野とかは金もの名前ですね。

その上で道路は道の方が幅員が狭く路のほうが広いわけですが、こういうのはシナの人たちの変なところでやたらに細かくくべつしたがる。径路という言葉まである。確かに同じ道でも広い箇所もあれば家が張り出してきているためにせばくなってるところもあるのが普通だからそのあたりを考慮して道路とつけたのかな、それとも実情がどうであれ、二字熟語にしたほうが安定しておる感じがするという例の慣例でそうしているだけなのかわからない。まあ多分慣例でシナ人もそうしているだけだろうからあまり細かいことは問題にしないということなんだろう。

 


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