Welcome
古本屋日誌
大阪のブックオフで、一番いいのは心斎橋店だろう。といってもまだ行ったことのない店も多いから、間違っている可能性はあるけどね。
御堂筋線の心斎橋駅を降りて、一番北側のエスカレーターを上り、改札を出ると、クリスタ長堀。ここをまたエスカレーターで上がると、長堀通の北側、心斎橋筋に出る。
そこはいつもキャスター付きの大きな荷物を持った外国人客が闊歩する巷で、北に少し歩くと、たくさんのドラッグストアがあるし、スタバやペットショップ、アネロなんかも並んでいて、そのアネロショップの前がブックオフだ。
地下はDVDやCD、レコード、1階は大型本、美術書、図録、フィギュア、カードなどがところ狭しと並んでいる。
これらには、俺は全く興味関心がないので、すぐに心斎橋筋から2階に導くエスカレーターに乗る。2階は文庫、新書、小説、新刊書などが並んでいる。(3階は漫画や歴史書、哲学書などがある)
文庫は岩波文庫、講談社学術文庫、ちくま文庫、学術文庫、河出文庫、中公文庫、草思社文庫なんかは、かためて置いてある。
その右横に日本と海外の作家の名作コーナーで、上から下まで本が詰まった本棚が4本ある。左横にはこれらの文庫の安売りコーナーが1本あって、1冊220円だ。
この店は廉価にした本の置き場所が何箇所にも分かれている。
上記の文庫以外の新潮文庫、文春文庫などのエッセイを220円で置いてあるコーナー、やはり新潮文庫、文春文庫なんかなんだが、ジャンルがノンフィクションである本が置いてあるコーナー、様々な文庫の小説が廉価で並んでいるコーナーがあって、やや探しづらい感は否めない。
これはだんだん買い取った本が増えてきて、前の並べ方ではうまくいかなくなって、幾たびか分類をやり直そうと試みて果たせなかったことが原因ではなかろうか。
またおそらくブックオフの経営陣から「日本と海外の名作コーナーを作るように」という指示が出て、それを棚に反映させたからでもあるのだろう。
それでも以前は岩波文庫やちくま文庫の220円の廉価本コーナーはレジ横のワゴンと奥の本棚の2箇所に分かれていた(その基準はわからない)。
しかし最近ようやくレジ横はすべて新書の廉価本だけになって統一が図られた。
今日から神戸の古書会館で古本市。風邪気味なんだが、出荷してから行ってみた。
神戸の古書会館は阪急の花隈駅、西口すぐのところにあって、なんでも1964年に出来たということだ。
JRの高架線に沿って、南北に幹線道路が走っているが、古書会館はそれらに面しておらず、東西に幅一間もなさそうな狭い道が前を通っている。
重たい本を運搬するのに不便だと思うのだが、1960年代前半はまだリヤカーなんかで本を運んでいたのだろうか。
さて、会館は木造二階建て、入り口には広い土間があって、元々は履き物を脱いで上がるスタイルだ。
広さは一階、二階とも15坪くらい、特筆すべきは木製の階段で、一段一段の幅が狭く、20段くらいあって、手すりはあるものの、降りる際は本を抱えていることもあって、慎重にならざるを得ない。
今回はXに姫路のあまかわ文庫の投稿があって、写真に天野忠詩集、正続2巻揃が写っていてこれを見てみたかったのだ。
天野忠は京都の詩人で、平易なよみくちで人気の詩人だが、正編はわりとよく見て、3500円くらいなんだが、続編は見たことがない。
さて展示だが、一階は尼崎の図研がいつも通り紙ものや、今回は古い童話なんかも並べていた。
古書会館では、毎週業者の市が開かれているようで、壁にはボードのカレンダーもあって予定が書いてあるし、入り口には「毎日会館は16時に閉めるから、注意してくださいなる」掲示もある。
四ツ目屋はいろんな単行本を並べていて、そのなかには松岡正剛の『生と死の境界線』(1300円)なんかもあった。
イマヨシ書店はいろんな文庫を並べている。教養文庫の『アクアク』(600円)なんかもあった。
二階には、まず階段を上がってすぐ左手と右手に本棚があって一庫書林がたくさんの講談社学術文庫、ちくま文庫、岩波文庫なんかを並べている。
『増鏡 中、下』(ともに500円)『撰集抄』(300円)なんかが目についた。
あまかわ文庫もたくさんの講談社文芸文庫を並べている他に、Xで見た『天野忠詩集』(正続)もあって13000円くらいの値段だった。
それにしても続編は珍しい。他には大江健三郎の『最後の小説』、講談社文庫の『天の魚』(1000円)なんかもあって眼の保養を楽しませてもらった。
2階にはいろんな文庫が並んでいてちくま学芸文庫の『映像の詩学』、ちくま文庫の『わたしの修業時代』『ジェインオースティンの読書会』なんかは珍しいなあと思って眺めた。
単行本ももちろんたくさんあって、戦記モノが目についたほか、『動物の権利』(1000円)『大和屋歳時』(箱、輸送用箱、1万円)なんかもあった。『大和屋歳時』は宗右衛門町の料亭だったのだが、輸送箱がついている本は初めて見た。
このところ井上章一先生はどうされたのか、わけのわからない本を出されるようになったが、以前は全くそんなことはなかった。
平易な文章で極めて論理的に物事を解き明かされていて、その説得力にはしばしば驚かされた。
例えば『太陽』の1990年3月号は「京都 まるごと美術館」という特集が組まれ、その巻頭に井上先生は「ミステリアス京都」という論考を書いておられる。
京都は新旧が入り混じったミステリアスな街だとの定評があるが、そもそもどんな街であろうと、古いものと新しいものが混合されているものだ。
京都も例外なくそうなっているだけなのに、特別視されるのはおかしいだろう。
そして京都を訪れる観光客の言葉として先生は「ほかの街とくらべて、とりたてて、どうということはない。嵐山や東山の景色でも、とくべつ美しいとは思えない。あのていどのものなら、よその街にもある」を引かれて、その言葉を肯定しておられる。
そして「この街の景色のどこが、特筆にあたいするのか」それが「ミステリアスだ」と書いておられる。
確かに嵐山の紅葉はなかなかなものだが、大阪の箕面の滝のそれを上回っている感じは俺にはない。
清水寺は大阪の勝尾寺や信貴山と比べて、素晴らしいかというと、全くそうはいえまい。何より京都市内の町家の風景など、バカバカしいもので、あんなもの全く評価に値しない。
大阪の富田林寺内町の方が圧倒的に素晴らしいし、奈良の今井をもってきたら、京都の連中は何もいえないだろう。
要するにミステリアスなものを求める東京の連中や風潮によって、京都は上底になっているということなのだ。
来年の大河ドラマが豊臣秀長なので、関連した本がいろいろ出ている。
岩波新書から福田千鶴の『豊臣家の女たち』、新潮選書から『論争 大坂の陣』が出た。
早速、新潮の方を読んでみた。関ヶ原を天下分け目の戦いとする従来の見方ではなく、大坂の陣こそそれだったという内容。
その論拠として関ヶ原以後の大名配置で、西国には豊臣恩顧の大名しか配置しておらず、徳川の譜代大名を配置できなかったこと、豊臣家の領地は摂河泉三国に限定されておらず、広く東国や西国にも分布していたことなどを挙げている。
うーん、根拠薄弱の感は否めない。
夏の陣の戦いについて、真田幸村の戦死したのが安井の天神であって、家康の本陣があったと思われる長居公園付近から2キロくらい離れていることを根拠に、例の本陣突撃は無かったのではないかという。
これは確かにそうなんだろう。
今日は京阪電車で七条に出て、100円のバスで京都駅まで出た。
駅美術館で生誕100年「牧野邦夫展」を観た。会場の美術館は伊勢丹の7階にある。
牧野は芥川龍之介や平家物語なんかから題材を取って、独自の観点からさまざまな作品を残していて、それらが一堂に会して観れるのは珍しい。
今日は金曜ということもあって、お客さんはまばらでゆっくり作品群を鑑賞できた。
また昨日6日から小規模な古本市(マチマチ古本通り)が開かれていてそれも覗いてみた。場所はポルタの地下一階のポルタプラザ。
規模としてはささやかなものだが、浮世絵、古地図、図録、児童書、古い絵本なんかがたくさん並んでいた。もちろん京都を訪れる外国人観光客向けのもので、お客さんの半分くらいはそういう人と見てとれた。
図録では北斎が一番目立つ位置を占めていて、何種類もある。富士山が取り入れられている浮世絵ばかりを集めたものもあった。
俺が好きな文庫本では、一乗寺のマヤルカ書店が平台と本棚にズラリと並べていて壮観だ。
中には幻冬舎文庫の『さらば青春の少年ジャンプ』(初版、帯、400円くらい)ちくま文庫の『巨岩と花びら』角川ソフィア文庫の『見立て日本』(初版、1100円)なんかもあった。