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古本屋日誌
西村賢太が死んでもう1年以上経った。去年の2月4日だからな。
先日NHKで、むかわりを迎えて特集番組が放送された。
西村の無体な要求で迷惑を被った編集者や古本屋の話は面白かったが、番組の半分くらいは西村賢太に傾倒する愛読者の感想やその恵まれない境遇ネタになっていてつまらなかった。
愛読者の感想など、インタビューしたら終わりで、その感想もみんなおんなじ。
要するに、自分も北町貫多同様の不器用で社会から受け入れられない存在だとして共感した、小説を読んで、救われたみたいな話。そんなことはわかっている。
また西村の小説の朗読もあったが、我々はもう、何回も読んでいる話なので、時間の無駄だった。
しかし興味深い話もあった。
まず「シメのラーメン」だ。『本の雑誌に』日記を連載していたが、毎日のように暴飲暴食をしている。
例えば居酒屋でビール1と酎ハイ7に、あれこれあてを頼んで牛飲した後、シメだとしてラーメン屋に立ち寄って、「塩バターコーンラーメン」を食べているのだ。
酎ハイ7は、飲み過ぎだろう。
その上のラーメンは、健康に極めて悪いのではないか。
西村は53で、亡くなってしまったがいくら身体が丈夫だといっても、シメのラーメンは気をつけないといけない。
さらに興味深かったのは、西村の死後、朝日新聞の読者欄に中学時代に同級生だったという人の投書が載っていたのを発見して、その人を訪ねてインタビューした内容があったことだ。
なんと西村はすでに中学生時代から口癖のように「将来は小説家になりたい‼️」と言っていたというのだ。
これまで我々は例の藤澤清造にかぶれて、その影響で小説家を志したものとばかり考えていたのだから、これにはビックリした。
そうなれば、西村は自らが物書きとして売れていくために、まず私小説のジャンルを選んだらいいだろうと考え、さらに注目されるために藤澤清造という、センセーショナルで、誰も知らないような作家を利用する戦略を考えたともいえるわけだ。
西村は藤澤の『根津権現裏』などの作品を素晴らしいと常々述べていたが、ごく普通に読んでみて、俺には大した作品とは思えない。
妙にゴテゴテした文章で、話もまわりくどく、またストーリーにも必然性や説得力がないのだ。
西村は藤澤の全集を出すと公言して内容見本まで作っていたのだが、結局出さずに逝ってしまった。
芥川賞を取ってからはテレビ出演もたくさんあったし、本もたくさん売れ、映画化もされたのだから、全集を出すくらいの資金など、ありあまっていたのに、やらなかった。
これは西村賢太自身も、藤澤の作品がたいしたものではないことがよくわかっていたからではないのか。
2016年にNHKが放送した『戦艦武蔵の最期』の再放送があった。
フィリピンのシブヤン海の水深1200メートルの深海に沈む武蔵を撮影した100時間を越える未公開映像を分析したものだ。
注目すべきは武蔵が最後の出撃前に艦の色をグレイから明るいグレーに塗り替えていたことだ。
海底に横たわる残骸はバラバラになっていて、前のグレイの塗装の上に明るい色が塗られていることが確認できた。
艦長の猪口敏平の遺書には「武蔵が敵の攻撃を一手に引き受けて、他の艦船に損害がなかったのは喜ばしい」旨記されている。
つまり猪口は意図的に明るい色に艦を塗り替えて、わざと敵艦載機から目立つようにして、攻撃されるように仕向けたということだ。
確かに武蔵は撃沈されたが、大和など他の艦船には特段損害がなかったわけだから、猪口の作戦は成功したわけだ。
レイテ沖海戦の海軍戦略そのものも、空母を囮にして、敵機動部隊を引き付けて、その間に大和や武蔵がレイテ湾に突入して、上陸中の米軍を叩き、同時に陸軍の部隊や武器弾薬を陸上げするというものだった。
レイテ湾の突入はならなかったが、陸軍部隊はかなり上陸に成功したので、作戦は上手くいったのだろう。
それにしても、武蔵からして2700人の乗員のうち1000人以上が戦死しているのだ。
敵艦載機から目立つ塗装などを施せば、攻撃が集中して、たくさんの戦死者が出ることは容易に想像できた。
それにもかかわらず、戦争に勝つためには必要な作戦だと考えて、それを実行する価値観があったわけだ。
(もちろんアメリカも同じだ。ミッドウェーでもまず間違いなく撃墜されることがわかっていたのに、艦載機を次から次へと南雲機動部隊に向けて飛ばしていた)
戦争に勝つためには、必要かつ、合理的な判断であることはわかる。
なんといっても、平和はありがたいものだよなあ。
評論家の小谷野敦が天皇制を考える上で意味のある作品として、有馬頼義の『葉山一色海岸』をあげていたので、早速一読してみた。
1959年に中央公論社から単行本が出て、俺が読んだのは1962年の角川文庫本だ。
葉山に住んでいる別院民子とその息子の泰夫が行方不明になった事件の謎解きでストーリーは進んでいく。
民子の夫は軍人だったが、戦争で死んでしまい、泰夫は天皇の命令でそうなったと含むところがあるが、民子の方は昔ながらの忠君愛国で、天皇や結婚した皇太子を崇めている。
泰夫はその一方で、アメリカがABCD包囲網などを作り、日本を戦争に追い込んだとアメリカに対しても大いに含むところがある少年だ。
つまり反米かつ反天皇なのだ。
泰夫は葉山にやってくる皇太子を狙おうと、友人から銃を借り受け、自宅の2階から狙撃しようとしているところを、母民子に見つかり、事態を察した民子はいきなり息子の頭部に花瓶を振り下ろして殺してしまった。
そして死体を銃とともに埋めて、自分は身を隠してしまう。これが失踪事件の顛末なのだ。
実際は銃に弾は入っておらず、民子の行為は意味のないものだったため、逮捕後それを知らされて、民子は精神に異常をきたしてしまう。
この作品には、幼子とその母の面白い会話がある。皇太子夫妻が葉山に来るのを見ながら
「天皇陛下って、偉いの?」
「そうよ」
「何をしているの?」
「何もしていない」
「何もしていないのに、どうして偉いの?」子供の質問を封じる思案はなかった。
「日本で一番偉い方なのよ」
「じゃあ、大将なの?」
「そうね、そういう方よ」
「大将になると、何にもしないでも、偉いの?」
「そうよ」
「大将の子は、何にもしないでも、やっぱり偉いの?」
「そうよ。何にもしないでも。生まれただけで…」
、と以上が親子の会話だ。
こんなにひつこい子どもはさすがにおらんやろけどね。
天皇が民主主義の平等の原則に反する存在であることを有馬は言いたいわけだ。
その有馬は九州の久留米藩の16代目、つまり殿様であるところが面白い。
昨日は日本一セール中の阪神百貨店に嫁と行ってみた。地下一階の食品売り場ではバームクーヘンなどを売るHARADAなどに凄い行列が、店の外の通路にまで出来ている。
8階のタイガースショップは確かにかなりの人出だが、商品が少ない。
例のビールかけTシャツも、置いてあるには置いてあるけれど、Sサイズだけ。帽子などもほとんどない。
供給が追いついてないわけだ。
6階はメンズと子ども用品のフロアーで、770円の靴下3足と7700円均一のキャジュアルシューズをこうた。
仕事で使う靴は去年、天神橋筋の中のくつやでこうた(11000円)のだが、履き始めて早々に、靴の上部と下部が分離してパカパカになってしまった。
その上、靴に施してある黒い塗装も剥がげだして、魚の鱗をはいでいるような状態になっている。
百貨店の店の人にぼやくと「これは大分古い靴ちゃいますかね、塗装がすぐ剥がれるてね」という。
泉の広場にあるキリンシティで、飲んでから阪急に乗って、箕面滝道から大滝を目指した。
箕面は駅から落差30メートルを越す大滝まで、40分くらいの散歩が楽しめる景勝地だ。
白い花崗岩が美しい清流と、一目千本といわれる圧倒的な紅葉の美しさに圧倒される。
駅近くには有名な「箕面温泉スパーガーデン」が聳え立ち、滝道からエレベーターで天空まで一直線、天然温泉を楽しめる。
また沿道にはたくさんの飲食店や土産物屋が並んでいる。
例のもみじの天ぷら(揚げたて)も味わえるし、焼栗、もぎたての柿、柘榴も野趣を極めている。
そして、なだらかな登りから勾配がキツくなるあたりには「山本珈琲店」があるのだ。
この店は滝道から川に向かってダラダラと下って、川に突き出した作りになっていて、静かに流れ下る清流を眼下に美味しいコーヒーを楽しめるのだから、驚くばかりだ。
でも、箕面の最大の魅力は実は清浄な空気なのだ。都会の薄汚れた空間にまみれているわれわれには、ここの大気の香りや、濃厚な質感は驚かされる。
そんな素晴らしい場所に、大都会梅田からわずか30分くらいで行けるのだ。
箕面は、中之島、高槻北部と並ぶ高額所得者の住む街で、古本屋も多い。
滝道にも二階建ての古本屋があって、2階には大量の絵本、一階は文庫本と少しだが浮世絵なんかも並んでいる。
先日大阪高裁でマスク裁判の控訴審判決があって、一審同様有罪判決だった。
その被告である奥野淳也が徳間書店から『マスク狂想曲』を出した。
なんでも奥野はもともと喘息の持病があって、マスクをつけるのは大変なんだという。
それにもかかわらず、北海道から大阪に帰るため、ピーチ・アビエーションの飛行機に搭乗したところ、マスクを付けるように言われ、拒絶してところ離陸後、新潟で降ろされた。
その後威力業務妨害、傷害、航空法違反の容疑で逮捕、起訴されるのだ。
この本はそのまま顛末が細かく記されていて、興味深い。
マスクを強制する風潮があったのは今となっては嘆かわしい。
その上で、この本で驚いたのは、周りの乗客の態度なのだ。
著者がピーチの機内で、「マスクを付けなければいけない規定はないだろう」「……」「さっきマスクしないと降ろす言われたけど、それは明らかに問題発言ですよね」などとピーチの職員と話をしていると、周りの乗客が
「あんた、ええ加減にしとけよ」とか「マスクしたらええやん」などと介入してきて、暴言を吐いたり、身体をつかんだりしたことだ。
目的地に早く着きたいのはわかるんだけど、無理からマスクをつけさそうとするピーチの対応は問題があるわけだから、むしろ、この乗客の肩を持ってもいいところなのに、全く逆だ。
大衆が時に愚かな行為に走るのは歴史的に珍しいことではないよな。
日露戦争の講和に反対して暴動を起こしたり、関東大震災の直後、朝鮮人などを殺したり、南京を占領した時も無辜の市民を数万人も殺したりといくらでもその例を挙げることができる。