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古本屋日誌
23日から阪神電車、西宮近くのえべっさんで初めての古本市。
さっそく朝から行ってみた。
ここは例の「福男」レースの行われるところで、今宮えびす神社と違い、庭園や池、太鼓橋などもある広大な境内だ。
その一角の松林の中で、神戸、大阪、京都、岡山、広島などの22の古本屋が集まって古本市が開催されている。
俺が見たところ、マニアックで専門的な本よりも、親しみやすい一般的な本や文庫本が多いようだ。
尼崎の古本屋『図研』の店主は、昔からタイガースファンで有名で、しかも今日は甲子園でファン感謝イベントがある。でも、そこはやはり商売が大切、大山悠輔のユニフォーム姿で精を出していた。
元町の古本屋『サンコウ』は雑誌『平凡』『GORO』『明星』を大量に出品していて驚いた。なにせ付録の小冊子もついているよいコンディションなのだ。
泉佐野の古本屋『池崎書店』はたくさんのプレミア文庫の他に坪内祐三、庄野潤三の単行本なんかがあった。
やはり元町の古本屋『清泉堂』は漫画の他にたくさんの100均の文庫本を持ってきていて、人気を集めていた。
ネットでの販売を主にしている『おくだ書店』は図鑑や理系の本、文学書に加えて、たくさんの文庫本を揃えている。
古本市では珍しい集合レジ(但し一部の古本屋は個別レジ)で、いちいち支払いをしなくても、後でまとめて出来るので便利だ。
今は岩波文庫に入っている『わだつみのこえをきけ」は戦歿学生の遺書を集めたものだが、学生の遺書をそのまま掲載するのではなく、戦意高揚や、米英への敵愾心を示す文言が削除されていた。
戦後の平和ムードに水を差すのはよろしくないとの配慮だ。
今になって思えば、我が国は大東亜戦争の体験を過大に捉えすぎていた。
例えば玉砕とか特攻を特異な現象と捉えて、「普通、軍隊で3割が傷つけば、それは戦闘能力を喪失している、つまり全滅なんだから降伏するものだ。ところが帝国陸軍だけは万歳突撃を行なってしまう」
「沖縄の集団自決も軍に強制されたケースも多い。住民がそうしてしまったケースも、もとはといえば、捕虜になれば殺されるとか無茶な教育を行ったからだ」
というような見方が横行していた。
しかし、洋の東西を通して玉砕は全然珍しくない。
シナにおいては『史記』を読めば始皇帝にしても項羽にしても城攻めにおいて、敵が降伏せず、全滅させる話はいくらでもある。その上で捉えた兵隊は全て埋め殺している。
同じことは安史の乱でも繰り返されている。また元の中近東や東ヨーロッパ遠征でも、城や城壁都市が降伏せず、そのため焼き討ちして皆殺しにすることが多々あった。
スペイン人のアステカ王国への攻撃でも降伏しないために、銃で皆殺しにしていたのは有名な話だ。
オランダは南アフリカを征服した際に黒人を皆殺しにしたのは有名だ。後に金やダイヤモンドが見つかった際に、採掘に必要な労働力が不足し、各人を輸入してまかなったのだ。
アメリカの南北戦争においても、屋外の戦闘で劣勢にもかかわらず、降伏も逃亡もせず全滅した例はたくさんある。
ここから導き出せることは洋の東西を問わず、戦争するには戦闘員が死をも厭わない決死の覚悟を共有していなければならないということなのだ。
こんな物騒なことはごめん被りたいもので、我が国が大東亜戦争の敗戦以降80年近く、戦禍を被っていないことは喜ばしい限りだ。
それは確実に人類が進歩している証だろう。
しかし我々は戦争中の玉砕や特攻やらをあまりにも特別な現象だと考えすぎる。
世界史的に見れば、ありふれた、ごく普通の行動に過ぎないのにね。
これは不思議なことだよな。
貝塚茂樹がミネルヴァ書房から出した『吉田満』には戦艦大和の水上特攻に関して興味深い記述がある。
昭和20年の4月、制海権も制空権も全くない状態で、護衛の戦闘機もつけず、しかも白昼堂々と艦隊を組んで沖縄に向かうなど、狂気の沙汰に思える。
例えば、せめて夜闇に紛れて沖縄に向かうのであれば、少なくとも戦闘機からの攻撃は避けられる(潜水艦が見逃しはしないだろうが)わけだから、作戦が成功する確率もあがろうというものだ。
しかしそれもやらなかった。
この貝塚の本ではそのあたりの事情に関して「死地を与える」ということだとある。
水上特攻を指揮した伊藤整一中将は、当初「成功の見込みが全くないから、そもそも作戦とは言えない」と強行に反対した。(当たり前だよな)
しかし最後に「要するに死んでもらいたい。いずれ一億総特攻ということになるのであるから、その模範となるように死んでもらいたい」と草鹿に言われて
「そうか、それならわかった」と破顔一笑、納得したのだとある。
俺は全然理解できないけどね。人命がかかっている戦争なんだから、合理性が追求されないといけないと思うからだ。
例えば軍隊内での体罰なんかは、やりすぎないよう、それなりのブレーキがかかっていた。だって、体罰やりすぎたら、戦闘に支障が出るからね。
それなのに、一億総特攻など、つまり全員残らず死ぬということなんだから、合理もなにもあったもんじゃない。
確かに戦争をするのだから、死んでしまうとわかっていても行け‼️と命令しなければならない場面は多々ある。
アメリカにしても、フィリピンにせよ、沖縄県にせよ、上陸作戦などしたら、激甚な抵抗を受け、海兵隊は大損害を被ることは、初めからわかっていた。(実際沖縄では12000人くらいの戦死者を出している)
先頭きって、砂浜に上陸する海兵隊の連中は死ぬことを全く恐れていないし、むしろ華々しく死にたいとさえ思っていただろう。
それにしてもなあ、一億総特攻はなあ。
京都は紅葉の真っ盛りで、人が押し寄せているだろうな。
こないだNHKで『2時間でまわる嵐山』というのをやっていた。
人でいっぱいの嵐山しか知らないけれど、番組によれば朝の8時に嵐電嵐山駅スタートくらいにすれば、人も少なくて問題なく回れるのだそうだ。
確かに寺社の開門は朝8時が多い。
あの渡月橋から嵐山を望むと、今の時期、紅葉が立体的に目に飛び込んでくる感じがする。その美しさは認めざるを得ない。
番組では「歴代の天皇や公家が吉野から桜を移植するなどして、今の嵐山の美しい紅葉空間を作り出した」といっていた。
しかし、幕末に刊行された『都百景』を見てみたら、まるで違う風景がある。
嵐山は秋ではなく春の桜のシーズンの絵だ。
渡月橋越しに見える嵐山は水際に満開の桜が並んでいるが、それ以外、大半の山塊には常緑樹、松やら柏やらが描いてある。
今あるような、楓、ぬるでといった赤や黄色に色づくような木々は全然ない。
徳川時代は、山に人がしばしば入って、燃料として松の木や柴やらを採集していた。
人工密集地である京都周辺の山は、だから松などが植えられていたのだ。
東山などは取り過ぎで、禿山になっていたことも知られている。
だから今のような嵐山の景観は明治以降に製造されたものなのだ。
松を伐採して代わりに紅葉、ぬるでなどをせっせと植林して、手早く紅葉の名所を作成したということなのだ。
京都の人たちが、歴史をうまく製造する手際のよさには、驚くべきことだ。
このところ体調すぐれず、階段で動悸が激しくなったり、睡眠時に息苦しさを覚えたりする。
先週の火曜日から萱島駅前の和田内科を受診して、睡眠時無呼吸症候群ではないかとの見立てだったが、心臓の不具合の可能性もあるからと、睡眠時の呼吸測定に加えて血液検査やレントゲン、心電図もやってもらった。
今日、血液検査の結果が出るので、さっそく受診した。
先生が言うには「この、心臓に負担がかかっているか、否かを見るBNPの値が126で、これは正常値だと考えてください。また甲状腺の状態を見るTSHとFT4も正常です。また今日測った血圧も上が130くらいでした。」
「ただ、脈拍は依然として110くらいあって多過ぎます。また今年の健康診断で不整脈の記述がありました。ただあの波はよくあるタイプで問題はないんですけど。
それで、こないだやってもうた2日にわたる睡眠検査の結果は、だいたい2週間後に出ますので、それまで経過を見ましょう。もしあれやったら循環器の専門医に診せることも考えます」
この頃、仕事が忙しくて過労気味だったからなあ。
自営業者誰もが抱える問題、自己管理ができないに直面していると思う。
ラーメン屋問題と捉えることもできる。
ラーメン屋は毎月200とか250とかの売り上げはあるので、いい商売のような感じはするが、それは単に上べだけだということだ。
場所代、光熱費、原材料費、人件費を差し引いて自分の取り分は30や40くらいになってしまう。「好きなことやって30残りゃあええわ」みたいに思う経営者がいるが、とんでもない間違いだ。
拘束時間がやたらあるのだ。
営業時間に加えて、材料の買い出しや仕込みの時間がとてつもなく長くて、実質毎日毎日15時間くらい働いている。
これで30とか40の収入ではあまりにも少ない。もっと問題なのが身体に負担がかかっていることなのだ。
本来、経営者も時給換算して、問題点を洗い出していかないといけないのだ。
古本屋の場合も、仕入れ、クリーニング、値付け、出品、出荷作業とかなりやることが多い。
とりわけ面倒なのが出荷作業なので、俺としては誰か信頼できる人に、任せてしまいたいと思っているところだ。