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古本屋日誌
今は岩波文庫に入っている『わだつみのこえをきけ」は戦歿学生の遺書を集めたものだが、学生の遺書をそのまま掲載するのではなく、戦意高揚や、米英への敵愾心を示す文言が削除されていた。
戦後の平和ムードに水を差すのはよろしくないとの配慮だ。
今になって思えば、我が国は大東亜戦争の体験を過大に捉えすぎていた。
例えば玉砕とか特攻を特異な現象と捉えて、「普通、軍隊で3割が傷つけば、それは戦闘能力を喪失している、つまり全滅なんだから降伏するものだ。ところが帝国陸軍だけは万歳突撃を行なってしまう」
「沖縄の集団自決も軍に強制されたケースも多い。住民がそうしてしまったケースも、もとはといえば、捕虜になれば殺されるとか無茶な教育を行ったからだ」
というような見方が横行していた。
しかし、洋の東西を通して玉砕は全然珍しくない。
シナにおいては『史記』を読めば始皇帝にしても項羽にしても城攻めにおいて、敵が降伏せず、全滅させる話はいくらでもある。その上で捉えた兵隊は全て埋め殺している。
同じことは安史の乱でも繰り返されている。また元の中近東や東ヨーロッパ遠征でも、城や城壁都市が降伏せず、そのため焼き討ちして皆殺しにすることが多々あった。
スペイン人のアステカ王国への攻撃でも降伏しないために、銃で皆殺しにしていたのは有名な話だ。
オランダは南アフリカを征服した際に黒人を皆殺しにしたのは有名だ。後に金やダイヤモンドが見つかった際に、採掘に必要な労働力が不足し、各人を輸入してまかなったのだ。
アメリカの南北戦争においても、屋外の戦闘で劣勢にもかかわらず、降伏も逃亡もせず全滅した例はたくさんある。
ここから導き出せることは洋の東西を問わず、戦争するには戦闘員が死をも厭わない決死の覚悟を共有していなければならないということなのだ。
こんな物騒なことはごめん被りたいもので、我が国が大東亜戦争の敗戦以降80年近く、戦禍を被っていないことは喜ばしい限りだ。
それは確実に人類が進歩している証だろう。
しかし我々は戦争中の玉砕や特攻やらをあまりにも特別な現象だと考えすぎる。
世界史的に見れば、ありふれた、ごく普通の行動に過ぎないのにね。
これは不思議なことだよな。