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古本屋日誌
今では、あんまり使わないが娘のことを嬢さん(とうさん)という。
お父さんに発音が似ているよね。「お」があるかどうかしか違いがない。
だからどう区別して使っていたのが気になっていた。
先日藤澤桓夫の『大阪五人娘』という小説を読んだのだが、ようやくその機微がわかった。
(藤澤の小説そのものは実に下らないもので、こんなレベルの低い作品が堂々と出版されていたことに驚いたよ。)
嬢さんは、その家のお嬢さんに対して、使用人が敬意を込めて使うのだ。
つまり、目下から目上を尊んでいう言い方なのだ。(主人の息子には「ぼんさん」を使うのだが。)
親は「花子や❗️」てな感じで名前で娘を呼ぶ。
では嬢さんは父親をどう呼ぶかというと、「お父さん❗️」を使っている。(下々の家庭では「おとっつぁん」も使う)
使用人はもちろん主人を「だんさん」なのだ。
それにしてもお父さんはわりと最近の言い方で、その前は長らく「ととさん」と父親や呼んでいた。
こっちの方は、さらに「とうさん(嬢さん)」と発音が似ている。
秋は毎週古本市がある。
今週は天王寺さんだし、来週は京都古書会館、その次は天神さんだ。
お盆休みに、下鴨で古本市があり、初日から行ってみたのだが、今回の大阪の古本市と比べると、確かに京都はあまり見かけない、珍しい文庫本も置いていることは間違いない。
講談社文芸文庫を大量に(何百冊ではきかない規模、帯もあって保存状態もよい)置いていたり、ちくま文庫、岩波文庫でも値段の高いものがみうけられた。
ちょっと思い出すものだけでも、文春文庫から出ていた澤地久枝のミッドウェー関連の珍しい3冊本や、岩波文庫の吾妻鏡、日本外史、ファウスト(森鴎外)中公文庫の入唐求法巡礼行記、ちくま文庫のシャーロックホームズ全集の揃、現代民話の揃、同じく、ちくま文庫のフーテン、講談社文庫の砦に拠る、新明解国語辞典の第四版の初版など、いい本がたくさんある。
その点天王寺さんの古本市はこの手の本はないな。
もちろんそういうものがなくても、岩波文庫で言えば霊操とか、産業革命、金枝篇の揃、講談社文芸文庫の大江健三郎のいろんな本、サイマル出版の宋王朝、ちくま文庫の三文役者あなあきい伝なんかはあるのだ。
(ただ岩波文庫の心理学の揃は見たな。これはきれいなカバー付きの本で珍しいと思った。ただ大阪の古本屋ではなく滋賀から来ている店の本だったけどな)
値段や希少性、人気なんかの点で劣っている本しかないといえないこともない。
京都は大学生がたくさんいるので、大阪に比べて本の需要が遥かに高い。
したがって、巷にそれなりの本が溜まっているし、大学生活は基本的には4年で終わりだから、その際に読まなくなったものは一挙に処分されるから、古本屋としたら、仕事がある時期に集中もして、やりやすいだろう。
翻って大阪は学生もそんなに多くないし、出版業、マスコミなども皆無といっていいほどだ。本への需要は少ない。だから、古本屋が本を集めるのは実に大変なのだ。
大阪で古本屋を経営している人から見たら京都の古本屋は楽でいいよなあ、とへんねしを覚えているのではないかと思うのだ。
とはいっても、京都の古本屋は親の代から続けて経営している店もかなりあるのだ。
そういうところは、昔からのいいお客さんが付いていて、本を売ってくれるからね。
大阪の古本屋が(京都の方がやりやすそうだ)と店を出そうとしても、そういう昔からの地盤を掘り崩すのは難しいだろうよ。
うちの店がある萱島は年寄りが多い街だ。
駅前には老人ホームがあるくらいだ。別に萱島だけがそうではなく、日本全国どこでも似たり寄ったりだろう。
仕事をリタイアした長い老後をどうするのかは大変な問題だ。
阪急の淡路駅なんかは、駅の西口に4軒も大きなパチンコ屋が並んでいて、それなりに盛況だ。
パチンコ屋のあるアーケード商店街の入口には細長いサラ金ビルが建っている。
一階から8階までいろんなサラ金が入居していて興味深い。
パチンコで金が続かなくなったら、ここで引っ張るのだろう。
このビルの下の方に入っているサラ金は無人の契約機をそなえた大手なんだが、上の階に行くほど、聞いたこともない名前の会社だ。
下の階でつまめなくなったら、上へ行くシステムなんだろうけど、わかりやすすぎてバカバカしいな。
パチンコであれ、なんであれ、金が続いて、楽しめればそれは個人の趣味趣向のことだから、なんの問題もない。
萱島駅周辺にはたくさんの立ち飲み屋がある。これらの店は夕方の5時や6時オープンで、客層は仕事を終えた労働者だろう。
われわれのように、早めに仕事が終わり、ちょっときこしめしたい人間にとっては昼のみ出来なくて困るのだ。
実は昼間からやっている飲み屋もあることはある。
それはカラオケスナックだ。ただこういう店はカウンターがあるばかりで、酒を飲みながらマイクで歌うシステムで、やかましいし、全然知らない人の下手くそな歌にも手拍子をせねばならず面倒なのだ。
では昼間からおとなしく酒を飲める店が無いのかというと、実は西口を少し行ったところに、今は潰れてしまったスーパーを中心にした小さな商店街があって、ここには朝からでも飲める飲み屋がある。
70くらいのおばさんがやっていて、いつも常連の人がたくさん飲みにきていて、たわいない話に夢中で、老後の暇つぶしにはもってこいの場所なのだ。
話疲れたら、きみまろのコンサートのテープを聴いてお口直しをすることもできる。
今日から天王寺さんで古本市。
元同僚の先輩に手伝ってもらい、2人で行ってみた。
大阪、神戸、京都、滋賀、奈良の古本屋に加えて、岡山、広島、愛知、静岡の本屋も参加している。
古本市の初日は、どこの店からみようかな、という楽しみがある。
ざっと見て回ったところでは、やはり100円均一コーナーに出向く人が圧倒的に多い。
掘り出し物があるかもしれないという期待があるのだろう。
また、前にいい本が買えた古本屋に、期待を込めてまずは、行ってみる人も多いようだ。
京都のシルヴァン書房は、この前の下鴨の古本市は参加していなかった。
毎年必ずたくさんの文庫本や辞書、専門書を並べていたのだがな。
今回の天王寺さんには参加していたので安心した。
この店主は齢80を超えていて、これまで何回か倒れて病院に運ばれたことがあるのだ。
店主はゆっくり本の値付けをやっていた。
聞いてみたら「昨日な、倉庫から出してきたんや。この辺の本なんか倉庫に50年入ってたんやで」というのだ。
倉庫に長年あったから、いい本とは限らないよな、ウイスキーの熟成じゃないんだから。
でも客は「この本はなんぼなん❓」とまだ値付けされていない本を手にとって店主な聞き、「それな、うーん(5秒くらい間)800円」
「500円にまからんか」「あほいいないな❗️」みたいなやり取りがあるわけだ。
こういうまったりした、やり取りが俺はすごく好きなんだ。
今朝9時すぎに故障したスマホの代替品が宅急便で届いた。
docomoの店員の話ではこの代替品は新品ではないのだそうだ。
「メンテを済ませて、動作テストもしたものをお渡ししています」という。
おそらく故障でセンターに送られてきたものを修繕して役立てているのだろう。
それは構わないんだが、メンテや修理が十分でないことが問題だ。
さて、早速iCloudにバックアップを取り、SIMカードを取り外して新しいiPhoneに入れ、その後Wi-Fiに接続しないといけないのだが、パスワードを探すのに手間取ったが、なんとか上手くいってようやく使えるようになった。
この作業は先月もやったし、その後アプリにログインする作業もいちいち面倒で、これというのもdocomoが故障している製品を送りつけてきたからで、腹だたしい。