Welcome
古本屋日誌
大塚ひかりは古典を題材にして、独創的な、そして面白い本をたくさん出している。
ちくま文庫になっている『ブス論』は、かつて誰も注目することのなかったブスの価値や力に注目した著作で(ブスは死を司る力を持つものとして恐れられていたというのだ)、魅力的な本だよな。
他にも『源氏物語』の現代語訳なども手がけている才人で、順風満帆な人生を歩んできた感じがしていた。
ところが平凡社新書から出た『歯医者が怖い』を読むととんでもないことがわかる。
なんでも大塚は1999年ごろから歯の噛み合わせが気になり、歯医者を転々として、治療を続けるが、それでも「歯が異常に柔らかくなってしまった」妄想にとらわれ、歯のことばかり気になる。
実家に帰った際も噛み合わせが気になり、コンパスの針で歯の詰め物を削ろうとしたりしていたのだ。
結局病名は「口腔心身症」でストレスからくる症状が歯に集中して現れたものだった。
あんなに才能に恵まれた人なのに、ストレスを抱えて悩むとは思いもしなかったな。
なんでも、ある学者から、大塚は原典にあたることなく、自分の書いた本を断りなく引用しているから、謝罪してほしいと難癖つけられた。
このことで彼女は深刻に悩んだという。
もちろん原典にきちんとあたって著作を書いているから、やましいところは全くないし、むしろ反対に自分が考えたオリジナルな発想を、学者がなんの断りも無く盗用することがあるくらいなので、気にする必要なんか全くない。
それにもかかわらず、大塚さんは気に病むのだ。
奈良市内は大阪へのベッドタウンや高級住宅街として発展してきた。
子どもができると「環境がいい」とか「広い家が必要になる」とのことで、大阪市内から奈良に宿替する人がいるのだ。
古本屋もかなりあって、特色ある店もある。
びっくりしたのは近鉄奈良からすこし南に下ったところにある「ふうせんかずら」という古本屋だ。
2018年に店をオープンさせたのだが、無人の古本屋なのだ。
客はあらかじめ登録してパスワードを発行してもらい、朝の7時半から夜の10時までの、好きな時間に店に行き、パスワードで鍵を開けて本を見るシステムなのだ。
勘定は現金ではなくカードやPayPayなどだ。
店の一角にはインスタントコーヒーなどが飲めるスペースも設けてあって、ちょっとした隠れ家のような店だ。
古本はオーナーが集めているのではなく、一棚を二ヶ月5000円で貸し出して、売りたい本をいろんな人に持ってきてもらっている。
棚は40くらいあって、ほぼ満杯で、出品者は奈良近辺のひとがもちろん多いが、中には東京からわざわざ本を郵送して並べている人もいるそうだ。
この古本屋は、要するに地域の居場所づくりだとか、ちょっとした自己実現のお手伝いスペースのように思えた。
近所の本好きの同好の士が三三五々集まって、コーヒー片手に好きな話を楽しむことができるわけだから、田舎によくあるみんなの喫茶店みたいなものだ。
出品者も本屋や古本屋をやりたいけど、1人では資金的にも、労力的にも難しいと悩んでいる人はそれなりにいるから、その人たちに格安で古本屋を体験してもらえるわけだ。
(古本屋に買取を依頼しても二束三文にしかならないと日頃から不満に思っている人にもウケる気がする)
NHKが先日『御堂筋、モダン建築でたどる大阪』を放送した。
片岡愛之助がリポーター役で、御堂筋の歴史や著名な建物をめぐる番組だ。
その中で、井上章一がコメンテイターで出ていた。
井上はこれまで欧米の都市の美しさ(高さ制限や彩色の限定、修理する際の細かい規定など)を讃え、対して日本の都市の乱雑ぶりを批判してきた。
街並みは無秩序で、周りとの調和など一切考えていないというやつだ。
坂口安吾は1942年の『日本文化史観』で、都市はもちろん法隆寺や「古代文化」がたとえ焼け落ちたとしても、「我々の生活」が健全であれば困ることはないと主張した。
井上章一はこれはアメリカ軍の空襲で都市や文化財が焼かれたとしても、なんら問題はないんだと戦争遂行を推進するためのプロパガンダだと批判するのだ。
こういう日頃の井上の言動からすれば、たかだか築50年くらいでビルを建て替えていくスクラップアンドビルドの大阪の現状は、批判の対象でこそあれ、評価になど値しないと考えられる。
なにせヴォーリズの大丸心斎橋店も建て替えられてしまったし、大正時代の堂ビルもその後の模様替えで、ずいぶんと外観がかわってしまった。大ビルなどは跡形もない。
大阪城公園にあった明治6年建築の造幣工廠本館すら、大阪城ホールのために騙し討ちのように取り壊された。
さて、井上章一のコメントだが、まず「梅田スカイビル」を持ち上げる。
「経済価値を度外視したビルで、随分敷地利用で無駄をしている。あそこを全部テナントにしたら儲かるでしょう。でもそうしない。
大阪は金にうるさいとか、ケチだとか言われてますね。その芳しくない世評に異を唱えているんです」
なるほどそういう考え方もあるのか。
確かに「スカイビル」は二つのビルを繋いで、真ん中は天空まで届く大きな吹き抜けになっている。円形の大きな空間など金儲けを考えたら、確かに無駄だな。
その上で井上は「大阪の人は街並みをそのまま保とうとは考えないんです。せいぜい50年くらいでどんどん建て替えていく。
何故かというと、資産価値がなくなるからです。
そうして大阪という街はスクラップアンドビルドを今後100年、200年と繰り返していく思いますよ。実はそれが大阪のエネルギーになっているんですね。」と語る。
先に持ち上げた、スカイビルのような金儲けを放棄した建築はやはり例外なんだということを言っている。
大阪のブルジョアジーどもは、金儲け第一なんだ、でもそこに救いもないわけではない。大阪発展のエネルギーになるのではないかというのだ。
NHKの番組スタンス(御堂筋線沿いのビルは大阪発展の象徴だということ)に合わせざるを得ないところもある。
でも本当に気に食わないんだったら、オファーを拒否したらいい。
それをしないでコメンテイターとなっているわけだから、井上章一先生も少しは考えを改めた、つまり転向したということなんだろうか。
澤地久枝の『記録 ミッドウェー海戦』がちくま学芸文庫に入った。
澤地は戦闘詳報を丹念に読み解いて、これまで巷間に広まっていた神話を打ち砕いた。その記念碑的な本がまあ安く(1800円くらい、というのも単行本の古書価は5000円以上していたからね)手に入るようになった。
神話とはアメリカの空母機動部隊に向け、雷撃隊や爆撃隊が赤城、加賀、蒼龍、飛龍の甲板に勢揃いして、今や発艦という時には、急降下爆撃を被って被弾した。
「あと5分あったら、全機飛び立てていたのに、無念だ」というものだ。
澤地久枝は戦闘詳報を読み解く中でこれに疑問を持ち、あれこれ調べる中でアメリカの艦載機の攻撃を受けた時、各空母の甲板には、護衛のゼロ戦がいただけで、艦爆や艦攻は影も形もなかったことを明らかにした。
それらは甲板の下の格納庫にあって、陸上攻撃用爆弾から、敵空母を攻撃するための魚雷に付け替える作業中だった。
南雲忠一率いる空母機動部隊は午前4時過ぎから波状的に敵機の攻撃を受けていたし、午前5時過ぎにはアメリカ艦隊に空母がいることをつかんでいた。
そこから赤城、加賀、蒼龍が被弾する7時24分まで、2時間もある。
直ちに敵艦隊に向けて艦攻、艦爆を放てば、あのような無様な負けにはならなかったのは間違いない。
結局は南雲忠一はバカで、決断に時間がかかりすぎた。(南雲忠一はそもそも魚雷の専門家に過ぎず、機動部隊の指揮官としての能力などない)
それはさておき更に問題なのが、もともと南雲忠一の部隊には、敵空母を攻撃するために、必ず飛行機を残しておくように指示が連合艦隊司令部から出ていたことだ。
「敵機動部隊に対し搭載機の半数は即時待機の態勢におくようにと、あれほどはっきり言っておいたのに、敵発見後二時間近くも攻撃隊か発進できなかったことである。
(中略)
(作戦中止後「大和」艦上で)第一機動部隊の連中が艦に上がってくるや「即時待機にしていた半数の飛行機はどうした』と尋ねた。彼等はただ「済まなかった』「済みませんでした』と謝るばかりであった」[連合艦隊司令部の「黒島参謀回想」]とある。
つまり連合艦隊司令部の命令を無視して、敵機動部隊を攻撃する飛行機の準備をまったくしていなかったわけだ。
下剋上も甚だしいよなあ。
満洲事変もそうなんだが、「事件は現場で起こってるんだ」みたいな部外者は口を挟むな❗️という価値観が蔓延している。
これは帝国海軍だけの問題ではもちろんない。
アメリカもレイテ沖海戦の時、ハルゼーは指示や打ち合わせを無視して、機動部隊を率いて北上してしまい、大変な危機にレイテ湾の上陸部隊をさらしてしまった。
戦艦大和はなぜかレイテ湾に突入せず引き返したけれど、ハルゼーの機動部隊がいないあいだに帝国陸軍は大量の弾薬、兵員をレイテ島などに陸揚げすることに成功した。
これがフィリピンの戦いを長引かせ、もちろんアメリカ軍の損害を甚大なものにしたことはいうまでもない。
古本屋を悩ますことの一つは書き込みのある本だ。
例えば日本一の古本屋である『ブックオフ」は本の管理が甘い。
買い取る時も、買い取ってからも、コンディションのチェックをやっていないのではなかろうか。
ちょっと見たらわかるようなマーカーでの線引きや書き込みが見過ごされていて、売値として通常の高値が付いている。
レジで「これ線引きあるけど、安ならん❓」と聞いてみたら「あーすみません、110円でどうですか❓」てなことになるのだが、商売人としては問題があるようにも思える。
商品に欠陥があるのに、気づかずに売ろうとするのは商売人の沽券にかかわる。
ブックオフは買取では、全国一律の価格表を持っていて、バーコードを手持ちの機械でスキャンしたら5円とか10円とか表示される。(もちろんもっと高い値段もあるのだろうけど、俺の経験ではそんな感じの買取価格だ)
俺は通常、ブックオフの古川橋店に買い取りにきてもらうのだが、査定を拝見していると、予想通り本の状態は見ていない。
また買取後も、以前は汚れた小口を研磨したりしていたが、この頃はやっていない。
つまりそれだけたくさんの、きれいな本が集まってくるので、いちいち手間暇かけて整える必要もないのだ。
確かに線引きのある本は1000冊の中に1冊くらいのような感じだから、その0.1%を気にするよりは、売り場の整理整頓に時間をかけた方がいいという判断なのかもしれない。
この辺はこれまでの古本屋の感覚とは全然違う。
伝統的な古本屋は商売人としてちゃんとしたモノを扱いたいとの思いから、何回も本をペラペラめくって、状態のチェックをしていた。
例えば、大阪を代表する古本屋の天牛書店は丁寧に状態のチェックをしている。
書き込みのある本はその旨、値段のところに明記して、安く売っている。
一度店員の安藤さんに「線引きて、ようわからんでしょ。どうやって見つけるの❓」と聞いたことがある。
何百ページもある本で、そんなに簡単に線引きのページがわかるのだろうか。
お答えは「線引きのある本はね、何となく雰囲気があるのよ。違和感がある」
そう言われてもね。