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古本屋日誌
澤地久枝の『記録 ミッドウェー海戦』がちくま学芸文庫に入った。
澤地は戦闘詳報を丹念に読み解いて、これまで巷間に広まっていた神話を打ち砕いた。その記念碑的な本がまあ安く(1800円くらい、というのも単行本の古書価は5000円以上していたからね)手に入るようになった。
神話とはアメリカの空母機動部隊に向け、雷撃隊や爆撃隊が赤城、加賀、蒼龍、飛龍の甲板に勢揃いして、今や発艦という時には、急降下爆撃を被って被弾した。
「あと5分あったら、全機飛び立てていたのに、無念だ」というものだ。
澤地久枝は戦闘詳報を読み解く中でこれに疑問を持ち、あれこれ調べる中でアメリカの艦載機の攻撃を受けた時、各空母の甲板には、護衛のゼロ戦がいただけで、艦爆や艦攻は影も形もなかったことを明らかにした。
それらは甲板の下の格納庫にあって、陸上攻撃用爆弾から、敵空母を攻撃するための魚雷に付け替える作業中だった。
南雲忠一率いる空母機動部隊は午前4時過ぎから波状的に敵機の攻撃を受けていたし、午前5時過ぎにはアメリカ艦隊に空母がいることをつかんでいた。
そこから赤城、加賀、蒼龍が被弾する7時24分まで、2時間もある。
直ちに敵艦隊に向けて艦攻、艦爆を放てば、あのような無様な負けにはならなかったのは間違いない。
結局は南雲忠一はバカで、決断に時間がかかりすぎた。(南雲忠一はそもそも魚雷の専門家に過ぎず、機動部隊の指揮官としての能力などない)
それはさておき更に問題なのが、もともと南雲忠一の部隊には、敵空母を攻撃するために、必ず飛行機を残しておくように指示が連合艦隊司令部から出ていたことだ。
「敵機動部隊に対し搭載機の半数は即時待機の態勢におくようにと、あれほどはっきり言っておいたのに、敵発見後二時間近くも攻撃隊か発進できなかったことである。
(中略)
(作戦中止後「大和」艦上で)第一機動部隊の連中が艦に上がってくるや「即時待機にしていた半数の飛行機はどうした』と尋ねた。彼等はただ「済まなかった』「済みませんでした』と謝るばかりであった」[連合艦隊司令部の「黒島参謀回想」]とある。
つまり連合艦隊司令部の命令を無視して、敵機動部隊を攻撃する飛行機の準備をまったくしていなかったわけだ。
下剋上も甚だしいよなあ。
満洲事変もそうなんだが、「事件は現場で起こってるんだ」みたいな部外者は口を挟むな❗️という価値観が蔓延している。
これは帝国海軍だけの問題ではもちろんない。
アメリカもレイテ沖海戦の時、ハルゼーは指示や打ち合わせを無視して、機動部隊を率いて北上してしまい、大変な危機にレイテ湾の上陸部隊をさらしてしまった。
戦艦大和はなぜかレイテ湾に突入せず引き返したけれど、ハルゼーの機動部隊がいないあいだに帝国陸軍は大量の弾薬、兵員をレイテ島などに陸揚げすることに成功した。
これがフィリピンの戦いを長引かせ、もちろんアメリカ軍の損害を甚大なものにしたことはいうまでもない。