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古本屋日誌
タンスにゴンのCMで長澤まさみが古本屋の店主と大阪弁で会話している。
長澤は横浜の出身だが、俺が聞いても問題のない大阪アクセントを操り、さすがはちゃんとした女優だという感じだ。(あまりにも下手な連中が多すぎるからでもあるけど)
しかし俳優は他人になり切るのが商売なんだから、それくらい出来なくてどうするということでもある。
市川崑の『ぼんち』は女の支配欲やらを描いた面白い作品だよなあ。
市川雷蔵扮する船場の足袋屋の若旦那の2号(3人いるのだが)が若尾文子なんだが、大阪の芸妓という設定で(今は大阪にお茶屋はないんだが)きちんとした大阪アクセントを使う。
船場のおおだなでは女子が生まれて欲しいと願っていたという設定だ。
おえさんによれば「男はあかなんだらそれで終わりやし。おなごやったら、よそから養子迎えてなんぼでもやっていける」。なるほどバカが跡継ぎになってしまったら、いくらおおだなといえ、店は傾いてしまう。
男しか生まれなかったら、それもバカだったら、女親も祖母もコントロールしにくい。
頭の切れる嫁を迎えてそわしたとしても、立場からして嫁のゆうことを聞くわけがなかろう。
その点女の子だった場合は賢かったらもちろん問題ないけど、バカの時もある。
そういう時は外からしっかりした婿を迎えてそわせて、商売はしっかりさせるということだ。
なるほどおえさんとごりょんさんは院政を引いて旦さんをコントロールするゆうことですな。
このところ、ブックオフをネタにした本が出ている。ちょっと前に『ブックオフぶらぶら学部』が出て、この新古書店へのオマージュがあれこれ綴ってあって面白かった。
さらに今年に入って『ブックオフから考える』が出たのに続いて、漫画家の大石トロンボが『新古書ファイター真吾』を出した。(漫画だ。)
大石の本は慣れ親しんだブックオフで本を買う時のエピソードをあれこれ書いたものだ。
彼は、古本屋ではないから、せどりをしようというわけでなく、また大学での研究に必要な基本書を、岩波文庫やちくま学芸文庫で揃えようというのでもない。
漫画や小説が好きな愛好家なのだ。
純粋な趣味趣向で、ブックオフを訪ねて自分のおめがねに叶う本を見つけ出しては悦に入るという微笑ましい人物。
しかし、どんな趣味でも突き当たる「当てが外れた』問題がある。
釣りが大好きな太公望なら度重なるぼうずにイラつく。
ゲーマーなら苦労して手に入れたソフトがクソゲーで怒りを覚え、破壊したくなるものだ。
映画館にわざわざ足を運ぶ映画好きも、とんでもないクソ作品にしばしば遭遇してしまう。
そして、この場合は延々2時間以上も下らないスクリーンを見つめ続ける苦行を強制される。(あるいは金はスッパリ諦めて映画館を後にするという手もある)
トラッキング趣味の人は道に迷い込んだり、怪我をしたり、クマンバチにやられたりと嫌な目に遭うことがしばしばある。
大石の場合はもちろん目当ての本が見つからないことなのだ。
何日も前から仕事の調整をして、ようやく時間を捻り出して、電車やバスを乗り継いで、さらに30分くらい暑いなか歩いて、ようやくたどり着いたブックオフで、一冊も買えないのだ。
これは確かにガッカリだよな。
そこでは著者はいろいろな合理化を図るわけだ。
「30分も歩けたから健康によい」
「ブックオフの本の山の中を歩けたんだから、十分楽しかった」
負け惜しみなんだけど、面白い。
ただ、趣味絡みの話はこの作者のように明るいネタばかりではないよな。
本の場合は全然読まない本をわざわざ買うてしまう人がたくさんいる。
自分なりの本の価値判断が出来なくて、芥川賞受賞作だから、とか谷崎賞だからとか、ベストセラーだからとか、そういう外圧に押されて買うてしまい、すぐ後悔するわけだ。
そのあたりにも踏み込んでもらいたかった。
先日(6月8日)久しぶりに大阪ドームに出向いて、ジャイアンツ戦を見た。
嫁の勤務先のスーパーが福利厚生でバファローズのチケットをやすく分けてくれるので、ありがたい。(以前はタイガースの試合だったのだが、あまりにも情けない成績で、永遠に優勝できそうもないから、バファローズに乗り換えたのだ。実に正しい判断だ)
大阪にはたくさんのジャイアンツファンがいるし、またバファローズは2年連続優勝し、日本シリーズも制覇したので、当然のことだが大変な人気だ。
今日の試合でも内野席はほぼ満員で、外野も上段に空席はあるくらいだ。試合はバファローズの山岡、ジャイアンツの山崎の投げ合いで、点が入りそうな気配もなく坦々と進んだ。
バファローズの4番森やそのあと出てくるラオウの時、ジャイアンツでは岡本なんかの時にヒッティングテーマが高まるのだが、たいてい敢えなく凡退する。
しかしとりたてて、選手をなじる声は聞こえないな。
これは不思議だ。
甲子園であれば、「佐藤❗️もう出てくんな❗️2軍にいけや❗️」とか「湯浅❗️何しに出てきとんねん❗️顔も見たくない❗️」とヤジがでる。
17年も優勝できないあきれたバカチームへの日頃のストレスからくるものだろう。実に理解できる。
それが連覇しているバッファローズの場合はファンにストレスはない。「二年もようやったな、たいしたもんだよ」とやさしい眼差しが注がれている。
ジャイアンツだって、確かにこのところは優勝してないとはいえ、ファンは前の優勝の記憶を鮮明にもっているから、これまた優しく、余韻を味わうような心持ちなんだろうと思う。
気鋭の論客小谷野敦の『レビュー大全』が読書人から出た。
長年Amazonに書き連ねた書評の集大成で、小谷野は10年くらい前にも同様の本を上梓しているから、これで20年分の書評が揃ったことになる。
Amazonの書評は何故か、忌憚に触れるところがあったのか、削除されてしまったそうで、それらが読めない今日では、この本は貴重だ。
また小谷野敦と写真家のインベカヲルの対談イベントも先日あったようで、1500円払えばYouTubeライブのアーカイブスから視聴出来るようだ。
パラパラ映画評を読んでみると「三丁目の夕日』や『フラガール』など世評高かった作品への辛口コメントが目につく。
これらの作品はわざわざ映画館に出向いて見たことがあり、つい涙腺がゆるくなってしまったので、ちょっと意外な感じがした。
それにしてもたくさんの本や映画が集められていて、ありがたいことは言うまでもない。
上岡龍太郎が先日亡くなった。
彼は2000年に芸能界を引退し、「21世紀に自分の笑いは合わない」と言っていた。
また、「大阪の人の好みに自分は元々合わない。大阪ではジミー大西やら、島木ジョージやら、山田花子やら、枝雀さんみたいな人がウケるんや。僕みたいな理屈っぽい芸人はあかんねや」ともよく言っていた。
確かに芸をしなくても、袖から登場するだけで、笑ってしまう芸人て、卑怯のようにも思うけど(だって芸をまだしてないのにウケるんやからね)俺も好きだ。
彼は歯にきぬきせぬものいいで、面白かった。鶴瓶とのパペポテレビのオープニングで「銀行員て、えらいいうけど、そもそも金貸しでしょう」と言って鶴瓶が「兄さん、もうそれくらいで」と引き取るようなやりとりがしばしばあった。
でもこの上岡龍太郎程度の毒舌は、全然大したことはなく、やはり谷沢永一だよなあ。
谷沢は苦労して関西大の先生になるんだが、その間に舐めた辛酸がつもりにつもったか、晩年、とりわけなんでも実名で批判するようになった。(『紙つぶて』からの伝統でもあるけど、磨きがかかった)
2008年にベスト新書から出した『運を引き寄せる十の心得』という本を読んで俺は衝撃を受けた。
そのへんに転がっている無意味な実用書やハウツー本みたいなタイトルなんだが、中身は全然違う。
まず槍玉に挙げられたのは京都大学の野間光辰だ。野間は西鶴の研究家としてよく知られているのだが、谷沢は野間の研究などというものは全然大したことはないと言ってしまうのだ。畑違いなのにね。
京大文学部の同僚に遠藤嘉基という人がいて『現代文解釈の基礎』なる学習参考書を出したこれがヒットしていた。
谷沢は「遠藤には学問的業績はない」としながらも、「それでもこの人の退官記念文集での事件は問題だ」と書く。
なんでも遠藤の退官記念文集に野間がを寄稿して、その中で、遠藤はやるべきこともやらないで、全国を走り回って学習参考書を売っていたなる内容をわざわざ記していたのだ。