Welcome
古本屋日誌
昨日は萱島の駅の北側『新しく出来たダイエーの近所だ)友人の叔父の自宅の片付けを手伝った。
近所で長らく理髪店を経営していた人だったが、去年の夏、自宅で倒れているところをちょうど来合わせた「ワタミ」の宅配の係の人に見つけてもらい、病院に搬送されたが、結局は肺炎で亡くなってしまった。
奥さんはだいぶ前に亡くなられていて、子どもさんもいないから、独居老人であったわけだ。
弁当の宅配業者、新聞の販売員、牛乳の配達員なんかは、近所人たち以上に老人の安否確認の役割を担っていることになるよな。
掃除中も生協の宅配のトラックがちょうど来ていて、隣のお婆さんに「昨日も来てたな」と声をかけてもらった。
「そうですわ、きんのはガラクタを整理して今日はカラーボックスやらタンスやらを寝屋川市にゆうて引き取ってもらうんですわ」
てなやりとりをした。
作業中は近所の婆さんたちが外に出て、すこし離れたらところからわれわれのすることをみてはりました。
さらに、タンスやらを出し終えて一服してたら、(作業中じゃないんだよなあ、ちゃんと静かになった頃を見計らっているのがすごい)
チャイムが鳴って「自治会なんですけど、いつまで生きてはりましたかな❓自治会費が一月200円なんですけどね、今年の分はもういただいてるんでその分お返しせんなんし、慶弔費が出るんですわ」
「亡くなったのが11月なんですわ」
「ほしたらね、後で慶弔費はもってよしてもらいますわ、3000円なんですけどね」
そのあと、たしかに白と黒の封筒に入ったお金ももって来られました。
まるで昭和の30年代のような近所付き合いだよなあ。
これはこれで幸せなことだよ。
以前はいろんな百貨店が古本市をやっていた。
その中には骨董品である肉筆浮世絵を扱っている時もあって、豪華な目録が発行されていた。
堺筋にあった三越のは有名で、浮世絵のカラー写真に加えて著名人のエッセイも載っていた。
その中に例の福富太郎のものがある。
福富は全国で巨大なキャバレーを経営して、巨万の富を築くかたわら、美術品のコレクターとしても名を馳せた人物で、少し前にはハルカス美術館でコレクションの展覧会も開かれた。
そのコレクションはレベルが高く、北野恒富、鏑木清方、高橋由一の名画がたくさんある。
つまり審美眼に関しては、大半が無知蒙昧なバカに過ぎない財界人の中では例外中の例外なのだ。
その福富太郎が肉筆浮世絵(つまり美人画のことだ)について次のように言う。
「長らく病を得て入院を余儀なくされていた時、病室の傍に浮世絵を掲げて、飽きることもなく眺めていたら生きる力を与えられた」
そうなのかなあ。浮世絵の美人画て、果たして美人に見えるだろうかね❓
伝統的な引き目、鉤鼻、瓜実顔の様式美にとらわれて、全然魅力はないけどなあ。
去年、高橋篤史が講談社から『亀裂』を出した。
金持ちの家の内紛を詳細につづった本だ。
金持ち喧嘩せずと、われわれ貧乏人はなんとなく思っているが、もちろんそんなことはないのだ。
大塚家具の骨肉の争いはよく知られているし、セイコー(服部時計店)の内紛も大変なものだ。
そのあたりは読んでいただくとして、面白かったのは振り込み詐欺の話だ。
セイコーの会長が、NTT株の裏取引を持ちかけられてまんまと50億円を騙し取られたのだ。
NTT株を大蔵省が一定隠し持っているなどというヨタ話に乗せられてしまうのだから、バカはどうしょうもない。
でも面白いのはそこではない。
会長は50億払い込んでしまい、さて、株の取引をする約束の場所に出向いたら
「今日は整ってない」と言われて数回にわたって延期されてしまう。
いつまで経っても履行されないので会長側は業を煮やして返金を求めた。
すると一旦、全額の50億円が戻ってきたのだ。
それで信用を深めたのか、「次は用意できる」とこ甘言にひっかかり、また50億振り込んでしまうのだ。
そして今度は、その金は戻ることはなかったのだ。
面白い話だよね。
だってなんで犯人は一旦金を返したんだろう。
捕まるリスクを高めただけじゃない。
「今回は手付けで5億振り込んでもらえますか、株の準備をしますから」とかいってある程度の金を振り込ませ、「すみません、不調になりましたから、一旦ご返金いたします」といって金を返して、信用させて、次に50億円振り込ませるのだったら、理にかなっていよう。
でも今回はもう50億円手にしているわけだ。
返すいわれなどどこにあるのだろう。
金持ちもバカだが、詐欺師もバカだよねあ。
ちくまプリマー新書で法政大の湯澤規子が『ウンコの教室』を出した。
タイトルはまるで大塚ひかりみたいだよなあ。
この本は小学校で大便(大阪ではババ)が出来なかったことを考察した本だ。
男子はババをしていることがすぐわかるから、女子に比べて学校でやらない割合が高いという。
またその理由は次のとおりだ。
恥ずかしい、みんなから囃し立てられる、学校のは汚い、臭い、濡れていて気持ち悪いなど。
確かに昔の小学校のトイレは男女兼用だったり、水をかけて掃除するのでつねに便器やそのまわりが濡れてたりしたなあ。
小学校の低学年では「あそびに時間が取られて、する時間が取れない」というのもあった。
確かに短い休み時間だから、ババなんかしてる場合ではないよな。
俺は1960年代に大阪市の清水ヶ丘と安立の2つの小学校に通ったが、確かにババをすることはなかったな。
俺はその当時からクラスの連中はバカばかりと、自分と対等の存在だとはまったく思っていなかった。
だからババをしに、堂々と便所に入ったのだが、たちまちクラスメートの知るところとなり、大のドアの前に大勢がひしめきあって奇声を上げ、あげく、バケツに入れた水を上からかけてくる始末。
また2年の時には、通っていた書道教室のおばさんの先生が、室生を前に「あんたらな、うちのな、横のな、壁あるやろ。あそこにババしてるやろ。わかったあんねんで」とからんできた。
「そんなもん犬のクソちゃうのん」と反論したら
「犬のんかどうかなんか、先生はちゃんと見てわかったある。ごまかそ思たかて、そうはいかへんで❗️」とおっしゃる。
「形はおんなしやで、そんなもん犬や犬犬❗️」とゆうたら、
「何ゆうとんねん❗️先生はな、あんじょうにおいもかいだあるんや❗️犬やない❗️あんたのやつや❗️」
バカだよなあ。臭いなんかかいでんと、さっさと掃除しろよと思ったよ。
昨日から河原町三条下ルの丸善の地下二階で『へんちんなんまへーん』と称する小規模な古本市が始まった。
見てみるとSFの文庫本をたくさん出している古本屋がある。
なんでも近鉄の宇治山田駅近くにある「ぽらん」という店で、創元推理文庫の「神の目の小さな塵』上、下二巻が12000円で出ていた。
この本は少し前までは100円とか200円くらいで売られていたものだが、ごく最近amazon価格が急騰して、まさに12000円くらいになっているのだ。
理由は不明だ。
また、通販ならわざわざ遠隔地に重たい本を運び込む労を煩わすこともないのだが、そこをあえて、古本市に出品するのは立派だよなあ。
実際に手に取って本を読む見てもらおうという配慮が感じられる。
丸善の京都店は、老後の娯楽の一つの形を提案してはいるといえるのだ。
店は11時オープンと遅めだが、まったく寒さも暑さを感じない快適な地下1、2階の広大な空間に大量の文芸書や洋書を備えている。老人に寒さは禁物だ。
椅子もあってゆったり本を楽しむことが可能だ。老人は足腰が弱っている。
ハヤシライスと梶井基次郎ゆかりの檸檬をかたどったスイーツを売りにした豪華な喫茶店もあるから、本にあいたらここで休むことができる。
今どき、梶井基次郎の『檸檬』に興じたり、崇め奉ったりしてるのは年寄りだけだ。
季節ごとに、ほぼ一か月にわたって小規模だが古本市も開催し、新刊だけでは満足できないお客さんの要望にも応えている。
本で趣味心を満喫したら、河原町通りに出て、斜向かいの『アサヒビヤホール』に出向く。
京都随一の繁華街(大阪なら心斎橋筋であり、東京なら銀座だ)をゆく人の波を楽しみながらうまいビールとあてを楽しめるわけだから、大都会はパラダイスだよなあ。
銀座は地価が高騰して、ずいぶん前からビルの一階で気軽に、うまいビールやら寿司やらお菓子やらを楽しめる店はない。
心斎橋筋や河原町にはいくらでもある。
これは京都や大阪の最大の魅力なんだけど、地元の人はよく分かってないのが実に不思議だ。