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古本屋日誌
今日は節分で、東一条から吉田神社にかけて、おびただしい露店がならんでいる。
ここの特徴はその多さもさることながら、多種多様な店があることなのだ。
お好み焼き、広島風お好み焼き、たこ焼き、焼きそば、唐揚げ、ベビーカステラ、イカ焼き、リンゴ飴この辺はどこの祭礼でも見られるものだ。
しかし吉田神社では、豚汁、粕汁、サバの塩焼き、外郎、こぼれ梅、千枚漬けなどのいろんな漬物、、八つ橋、肉巻き、清酒、濁り酒、樽酒、七味唐辛子、いろんな福豆、ホットコーヒー、焼き芋、生姜板、あてもん、射的、おみくじ、手相、輪投げ、水飴、巻き寿司、焼き鳥、酒粕、ジャガバタ、甘納豆、さつまいもスティック、ドライフルーツ、ドテ焼、ホタテ、サザエの壺焼きなど、驚くほどの種類だ。
また各所に小屋がけやテントがあって、テーブルや椅子が並んでいて、飲食店を楽しめるのだ。
ただ人出はかなり少ないな。
例年ならものすごい人で、肩はぶつかるし、よちよち歩きしかできないし、並んでいる露店をしっかりチェックすることもままならなかったりするし、連れとはぐれてしまったりするのだが、今日は全然余裕だ。
石段を登った拝殿前にはさまざまな企業が提供した賞品が所狭しと並んでいる。
参拝客は300円払い、「福豆」と福引券を買うのだ。
福引券にはシリアルナンバーが記載されていて、2月5日に抽選が行われて当選者には、展示してあった賞品をもらえるシステムなのだ。人によっては20枚も買うていて、よくわからんな。
拝殿からさらに右手に坂道が続いていて、ここは大元宮につづくのだが、やはり両側に露店がびっしり並んでいる。
特にこのエリアは酒を飲むのに好都合なのだ。
まず子供連れやカップルは下の拝殿まで、やってきてそのまま帰ることが多いので、人が少なくのんびり飲める。
いろんなテントや小屋があってゆっくり酒を楽しめるスペースが確保してある。
何より大きな露店で様々な清酒を販売している。升酒も濁酒もある。
あても周りにいくらでも用意されている。乾燥させた殻付きピーナッツ、粕汁、ドテ焼き、焼き鳥、サザエの壺焼き、たこ焼き、イカ焼き。
おまけに今日は大した寒さでもなく、酒で身体も温もり、ほろ酔い気分でいくらでも飲めるのだ。
『文藝春秋』の先月号は700ページもあってまだ半分くらいしか読めてない。
その中に、退位した前の天皇に保阪正康と半藤一利がレクチャーする話が載っている。
保阪らは満州事変について、天皇に次のような話をした。
石原莞爾の動きに気づいた元老の西園寺公望や若槻礼次郎首相から『勝手な動きをするな』と厳しく注意された南次郎陸相は「あいつらを止めねばまずいことになる』と悟って、参謀本部の作戦部長の建川美次郎を派遣して、謀略を止めようとした。
しかし派遣された建川は本気で説得する気もなく、飛行機で行かずに、わざわざ関釜連絡船で大陸に渡った。
建川を出迎えたのは関東軍の板垣で、結局建川は酔い潰されてしまい、その間に関東軍は柳条湖付近で鉄道を爆破した。
天皇は「私の読んだ本に書いてあることとは違いますね」と言って、持ってきた本が、昭和八年に出た厚手のハードカバーの古めかしい本だったという。
そんな戦前の、言論統制の厳しい折に書かれた本なんか、事変の真相なんか書けるわけないよなあ。
前の天皇はそんな当たり前のことにも気づかないのかね。
堺市の中区には出雲大社がある。
広大な敷地の奥に勇壮な社殿がそびえたち、例の巨大なしめ縄がある。
ご利益はもちろん良縁に巡り会うことに加え、健康長寿に商売繁盛だ。
毎月1日は「月例(つきなみ)祭」で、たくさんの信者が本殿に参集して祈りを捧げ、説法を聞く。
さて、今日、2月1日、お客さんのご自宅に伺いがてら、出雲大社を覗いてみたのだ。
やはり、敷地内にある広大な駐車場は満杯だ。(近所の人の話では昨日までは駐車場はガラガラだったそうだ。)
本殿の中を、お昼過ぎに覗くと、100人からの信徒がかしこまって説諭を聴いている。平日(今日は水曜日だ)の昼間にそれだけの人がわざわざ駆けつけるのだ。
1980年代初頭、河原町丸太町から東山にすこし入った第三錦林小学校の北側にはたくさんの安い食堂があった。
中でも「丸二食堂」はハンバーグ定食やら、焼肉定食やら、お造り定食やらをご飯は食べ放題で提供していて、300円ぐらいだった。(1番高かったお造り定食でも500円くらい)
おまけに年末には500円でどの定食も好きなだけ食べられるサービスまでやっていたから、驚くほかない。
そのマスターが熱心な出雲大社の信徒だった。(お店の壁にはお札も貼ってあった。)
2010年を少し過ぎるあたりまで、千林商店街の中に「味華園」という中華料理屋があった。(その後店主が腰を痛めたとかで閉店してしまったのだ)
ここも500円で酢豚定食やら餃子定食、八宝菜定食を食べられて、量も多いし、ポテトサラダも美味しくていつも利用していた。
そこのマスターも出雲大社の信徒だった。