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古本屋日誌
藤田嗣治の戦争画について論じた平山周吉の「戦争画リターンズ』(芸術新聞社)は興味深い作品だ。
例の「アッツ島玉砕」をはじめ、ノモンハン、ガダルカナルなど様々な名作があるわけだ。
戦後まもなく、藤田は戦争協力者として批判された。
これに対して藤田の反論は次のとおりだ。
「又戦時中便乗したりうまい汁を吸ったり等の同君の邪推は全然的外れである。
元来画家と言うものは真の自由愛好者であって軍国主義者であろうはずは断じて無い。
偶々開戦の大詔渙発せらるるや一億国民は悉く戦争完遂に協力し画家の多数の者もともに国民的義務を遂行したに過ぎない。尚多くの犠牲を払わされたものも、こうした画家連であった。
現に猪熊君を始め多くの友人等は今日も尚健康を害して居り、材料の点に於ても手持ちの得難き資材をこのために惜しまなかった実情であった。」
なるほどよくわかる話だ。
当時は外交の一手段として戦争があったことは事実であるから、戦争を悪であるように論じる批判は当たらない。
また国が進める政策に国民が諸手をあげて賛成していることは今でもいくらでもあることだ。
地球温暖化対策、少子化対策、男女雇用均等もそうだし、エスディジーズもそうだ。
国から言われてマスクをつけたり、営業を自粛にもすることだってある。
藤田嗣治の時代は戦争を国が推し進めていた。
それに協力する姿勢を持つことは、われわれが国から言われて電車の中でマスクを大人しく着けているのと本質的にはおんなじだ。
だから藤田を批判するには、国家のやる施策を全て拒絶する気概が必要となってくる。
つまりはラテンアメリカの左翼ゲリラみたいな感じになってしまう。
彼らは国家の転覆を狙っていて、国からの福祉や年金、健康保険など、自分に得になることも含めて、すべて拒否して戦っていた。
でもそれが正しいことだとは到底思えないよなあ。
今年の下鴨の古本市も雨にたたられている。なんでも雨が降らなかったのは初日と最終日だけだったという。
店の方も酷暑の中汗が噴き出る辛い仕事を強いられ、また6日間も店番があり、毎日のようにスコールに襲われる。そのあとはすぐに片付けだ。
一方客の方も、糺の森の分厚い樹冠をあざ笑う強烈な暑さ、湿度、汗に加えすえた体臭、テント内でひしめく人口密度、襲ってくる蚊、そして川が何本も出来るほどのスコールのなかで本をみつくろう。
まったくおかしな連中だよなあ。
シルヴァン書房はいつもの紙ものではなく、大量の文庫を持ち込み一冊100円で販売していた。
平台が4つくらいもあって文庫本がずらりと並んでいて壮観だ。でもその準備の労苦がたたって、社長が倒れることになってしまったのではなかろうか。
テントの中には、岩波文庫や角川の仏典シリーズもかなりあってこちらは200円で、3冊なら500円、と極めて安い。『リグヴェーダ讃歌』や「兵士シュヴェイクの冒険、全4巻揃』などがあった。
福田屋書店は最終日に100円でいい文庫本をたくさん出していて、驚いた。
三密堂は占いの本や仏教書が専門だ。
また、例によって一冊150円、3冊なら400円の文庫を平台で売っているほか、テント内には雑版文庫がいつも通り並んでいる。
いつも思うんだが専門分野がしっかりあるところは、それ以外の本は適当に、つまり安く値付けしてくれる傾向がある。
竹岡書店は3冊500円で、いつも通り。最終日には7冊500円となっていた。レジでは店主の娘さんなども手伝いに来ているのだが、圧倒される本の量だ。
萩書房は平台にたくさんの単行本を並べて一冊200円で販売していて、『プーチンの世界』や『続こしかたの記』などいい本があった。
またテントの中には蛭子能収のいろんなマンガや『収容所群島全六冊揃』が18000円、『天野忠全詩集』が2万で出ていた。
其中堂は仏教関係の文庫本を揃えていて、中公文庫の「入唐求法巡礼行記」が3000円でAmazon価格なんだが、中には安いものもあった。
京都スターブックスは100均でいい文庫を初日から出していて、その後も適宜補充していた。また京都関係の本がまとめて並べてあった。
吉岡書店は理系のさまざまな本に、雑版文庫がある。最終日に全品半額となっていたのには驚いた。持って帰るのが面倒という理由もあるのだろう。
暮あい書房は大量の中公文庫などを廉価で持ち込んでいて驚いた。『虹の階梯』『こしかたの記、正、続』、横尾忠則のいろいろな文庫本など。
光国家書店は広大な平台にいつもよりずっと多い大量の文庫や新書(100均)を持ち込んでいて圧倒された。
『マッハの恐怖、正、続』、『認識とパタン』などがあった。
このところオスネコで、今年8つのカイが寝る前に2階に上がって来られます。
一緒に寝てやろうというのではなく、お尻をぺんぺんが所望❗️と催促するためなのだ。
正確にゆうと、尻尾の付け根のすぐ上あたりを叩いてみせよとのおおせだ。
興奮なさいますと、頭を畳にすり付け、前足も畳と水平にされ、後ろ足はピョンとまっすぐお伸ばしになって、お尻がピラミッドの頂点にくるような姿勢をなさって、
「はよ、叩かんかい❗️すたんばっとるんやど❗️」とご催促あそばします。
かなり長い時間叩き続けてさしあげないと満足なさいません。
心なしか、おしりの筋肉だけが盛り上がって、精悍な風になってきておられます。
このままではおかしな、不恰好なネコになってしまわれて、せっかくの美貌も台無しになっておしまいになるのでは、と心配申し上げております。
一時期はこえて、体重が7キロを超えしまわれて、心配でした。
しかしこのところ少しスリムになってその気遣いはなくなりました。
ただ痩せた分、こえていたときの皮膚があまってしまい、たるんでしまっておられます。
おまけにかなり執拗に全身を舐め回されるが故に、後ろ足周辺の黒い毛が抜けてしまっておられます。
そのため、毛があれば隠されるところの皮膚の弛みが露出してしまっています。
それは年老いた象の皮膚のようで、白い毛と僅かに残った黒い毛の中に何層にも皮膚が重なっているのです。
後ろ足を中心に、黒い毛を失い、白い和毛が目立つ様子を少し離れて拝見しますと、牛のようです。
さらに近づいて拝見しますと、何層にもなった皮膚を目にすることになり、こうなりますと牛ではなくて、まるで象そのものなんです。
今日も朝から下鴨の古本市に行ってみた。
古本市は初日は10時開店で、時間を守るが2日目以降は9時半くらいには開いている店が多い。
安心したのは「シルヴァン書房」の社長が元気に立ちはたらいていたことだ。
御とし80はいっておられそうだし、初日の開店直後に倒れて救急搬送されていた。
「搬送されたけど、リンゲル打ってもうたら治ったわ、不死身やで」
なんでも春先にも一度倒れたそうで
「また倒れてまうかもしれんな。でももう思い残すこともないしな」という。
昼過ぎには下鴨名物の通り雨がやってきた。
ぽつりぽつり雨が少し落ちてきたのはシルヴァン書房のあたりで、
(これは降るかなあ〜本部に戻って荷物を返してもらおうか)と北上して池崎書店のあたりではまだぽつぽつだった。
池崎さんや奥田さんが上手いことブルーシートを本にかけ終わっている。
さらに、ほんの数メートル歩いて、すぐ北側の不死鳥ブックスまで来た瞬間、ものすごい勢いで、大粒の雨が落ちてきた。
森全体が雨粒に包まれて鳴動している。
不死鳥のテントに避難して、見る間に砂地に溝が刻まれて茶色い川が出来る。
不死鳥の店主に
「雨、すぐ止みますかね❓」と聞いてみたら、横で同じく雨やどりしてた爺さんが
「あんな、古本屋は雨を忌み嫌うよって、雨のことはゆうたったら、あかんで。
なんせな、去年なんかえらいことやったんやからな」
なんでも去年の古本市ではものすごい雨が落ちてきて、森全体が浸水することになり、古本屋はえらい損害を被ったんだという。
ナンシー関が亡くなって、もう20年になるんだ。
節目にあたる今年、世界文化社から『超傑作選、ナンシー関リターンズ』が出た。
明晰極まりなく、容赦ない文体でテレビに露出する曖昧模糊とした連中を的確に表現していた彼女は唯一無二の存在だった。
急逝から既に20年をけみしたが、他の追随を許さないというのは彼女のためにある表現だと思い知らされるのだ。
「あるドラマの中で登場人物が言っていた話であるが、搖れる吊り橋の向こうにいる人を、その吊り橋を渡り終える頃には好きになっているという理論があるという。
渡る間中揺れる恐怖でドキドキしながらその人を見ているうちに、その人にドキドキしていると勘違いしてしまうからだ。
(中略)
この時、私の頭に浮かんだのは東ちづるである。
『現象』を先に設定することによって、「原因』の部分を勘違いさせるというからくりで成立しているものや人は、何も東ちづるだけではないのだか、ま、一番はびこっているのは、バラエティ番組の「笑い声』の件だ。
「笑い声』という結果を発生させる(スタッフが笑う、笑い屋さんに笑ってもらう、編集で笑い声を入れる)ことで、『おもしろいこと』が存在したと錯覚させるからくりである。
東ちづるに話を戻すが、東ちづるはテレビの中で悠々としている。
大物感さえ漂わせている。しかし、その原因を私は知らない、考えても思いつかない。」