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古本屋日誌
2022-08-12 09:59:00
ナンシー関が亡くなって、もう20年になるんだ。
節目にあたる今年、世界文化社から『超傑作選、ナンシー関リターンズ』が出た。
明晰極まりなく、容赦ない文体でテレビに露出する曖昧模糊とした連中を的確に表現していた彼女は唯一無二の存在だった。
急逝から既に20年をけみしたが、他の追随を許さないというのは彼女のためにある表現だと思い知らされるのだ。
「あるドラマの中で登場人物が言っていた話であるが、搖れる吊り橋の向こうにいる人を、その吊り橋を渡り終える頃には好きになっているという理論があるという。
渡る間中揺れる恐怖でドキドキしながらその人を見ているうちに、その人にドキドキしていると勘違いしてしまうからだ。
(中略)
この時、私の頭に浮かんだのは東ちづるである。
『現象』を先に設定することによって、「原因』の部分を勘違いさせるというからくりで成立しているものや人は、何も東ちづるだけではないのだか、ま、一番はびこっているのは、バラエティ番組の「笑い声』の件だ。
「笑い声』という結果を発生させる(スタッフが笑う、笑い屋さんに笑ってもらう、編集で笑い声を入れる)ことで、『おもしろいこと』が存在したと錯覚させるからくりである。
東ちづるに話を戻すが、東ちづるはテレビの中で悠々としている。
大物感さえ漂わせている。しかし、その原因を私は知らない、考えても思いつかない。」