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古本屋日誌
今日から下鴨で屋外の古本市だ。
早速朝から行ってみた。
連日の猛暑で京都市内は朝からげんなりするほどだ。
糺の森は、確かに両側に大木が生い茂り樹冠が地面を覆って直射日光は少ないものの、その分閉塞感があって、空気が澱んでいる。
さらに古本屋のテントは雨を恐れて軒を深くし、外気との接触を断とうとしている。
そこへ初日はたくさんの古本マニアが押し寄せ、噴き出る汗をものともせずに本をあさるものだから、圧迫感がすごい。
人の体臭や汗の匂いが鼻に押し寄せてくるが、誰も顔をしかめたり、遠慮したりすることはない。
9時半過ぎに着いて、1番南にはシルヴァン書房が出店している。
社長の岸本さんがブルーシートを開けて、満載の紙ものを整えている。
シルヴァンは写真集とか紙ものが従来多かったんだが、見てみると北側にいくつものブルーシートで包まれた平台を並べている。
文庫本をたくさん持ってきている感じだ。
10時に一斉に開店して、しばらくしてから、シルヴァン書房のところに行ってみたら、やはりたくさん文庫本を持ってきているのはわかった。
ふと、レジをみたらヘルメットをかぶり、青白い服の救急隊員がいる。
びっくりして近づいてみたら、岸本さんが倒れていて救急搬送されるところだ。
意識はちゃんとあるのは分かったが、地面に仰向きに倒れ込んでいて、立ち上がれそうにはない。
さっきまでなんともなかったのに、やはりこの猛暑の中、重たい本の搬入作業で負担がかかっていたのだろう。
それにしても、毎年このクソ暑い中、下鴨で古本市をやるのはどうなんだろう。
5月の古本市の岡崎公園、勧業館をやめて下鴨にしたら、ずいぶん楽だと思うんだけどな。
勧業館の使用料はかなり高そうだから、その点でも古本屋には得だと思うんだけどな。
西村賢太が出版社の編集といろいろもめた話を知りたいところだ。
ところが彼が死んでしまったことで、みな一様に萎縮して細かい経緯がわからないなあ。
賢太が『本の雑誌』に連載している日乗を、調べてみた。
最新の『堅忍の章」、平成31年(2019年)3月20日くだり。
「KADOKAWAの、山田先生と打ち合わせ。
先生を、叱る。
久々のーおよそ十年ぶりとなる叱責であったが、先般の『どうで〜』の進行時に頻発していたところの、事前に確認したにも拘らずの凡ミスは甚だ許容の範囲を超えるものがあった。
どごぞの文庫レーベルの、あの口だけは達者だった編輯者並みの無能ぶりだ。ベンチに下げるどころではない、一足飛びに戦力外として解雇リストへ廻すレベル也。
が、そのらしからぬ四連続ミスを犯した理由も、よくよく話を聞いてみれば情状を酌量すべき点、なきにしも非ず。
まあ、ミスはミスとしてそれはまた別物だが、しかし山田先生も、いろいろと大変だ。」
やはり細部がよくわからんな。四連続ミスとはなんなんだろうか。
昨日は一時的に中国から帰国して伏見に滞在している友人と飲んだ。
上海近くの蘇州で、夫婦で日本語を学生に教えているのだ。
GDPでまもなくアメリカをしのごうとしている超大国は、今もエネルギーに満ちている。
彼らの話ではシナの大衆はこれまでの生活水準の上昇で、共産党への信頼は厚いという。
それはそうだろう、わが国など30年も賃金すら上がらない異常事態なのに、中国は長らく年10%もの高度成長を続け今も成長率は高い。
ただ、貧富の差は大きい。中華料理の、店でも30元は要る店もある一方、5元で十分という店もある。
またトラックの配送業などは極めて低賃金なのだそうだ。
それでは暮らしを成り立たせることもできないのでは❓と心配するところだが、実はそんなことはないのだ。
収入に応じて生計が立てられるようになっているということなのだ。
スーパーに行くと、ものすごい品揃えで、日本のそれなど全然大したことはないそうだ。
とりわけ生産食料品の価格は非常に安く、大した収入がなくても十分食べていけるようになっている。
ビールも種類は極めて豊富で、ドイツ、ベルギーをはじめ海外のものもたくさん売っている。値段もロング缶で100円くらいと格安だ、これは税金が安いからなのだ。
大衆は年金もそれなりにあるので、長く働きたい意欲は持っていないそうだ。
共産党は年齢を重ねてもリタイアせずに、会社で働けるように環境の整備に努めているのに、大衆は逆のことを考えているわけだ。
中国の大学では日本語を学びたい学生にネイティブをあてがおうと、日本から教師を積極的に招聘していた。(彼らもその流れで中国へ渡ったわけだ)
しかし今や「別に日本人に金を払って教えさせる必要はない、中国人で、日本に留学して帰国したのを使えばいい」てな方針になってしまっているという。
また長く中国で働いていても一年契約のビザで、永住権は得られないのだそうだ。
今年92なんだが元気に本を出している山田稔の『選ばれた一人』(河田書房新社)は大学紛争を描いた面白い作品だ。
勤務校(私大ということになってるけど、もちろん京都大学文学部だ)でしばらくバリケードストライキが続いて、解除後授業再開となり、主人公の逸見助教授は民主派(代々木のこと)の集会にひょんなことから参加してしまう。
「『先生にとって、そもそも文学研究とは何なのか。』
『むつかしい問題ですね。…わたしはですね、その、学生時代にですね、ちょうどみなさんくらいの年齢のときだったかなあ、今文学部長をしておられる堀之内先生のディケンズの講義を聞かせていただきましてね、それ以来ずぅっと…』
『われわれはそんな思い出話を聞きに来たのではありませんよ(爆笑)われわれだって忙しいんですからね』
(中略)
『文学研究とは何かという問題についてわれわれは先生のお考えを知りたいと考えているんです』
『むつかしい問題だなあ』
「それでは答えになりませんよ』
「………』
「どうなんですよ。先生にとって文学研究とは何か、答えてくださいよ!』
『…率直にいうと…』
『率直にいうと?』
『文学研究というのはわたしの楽しみ、いわば道楽みたいなものなのかもしれない。』
『道楽。道楽っていわれましたね。では先生は遊び半分に文学を研究したり、授業をしたりしておられるのですか。それが研究者、教育者の態度ですか。堀之内先生はそんな学問の仕方を教えられたのですか!』
(中略)
『もう一度たずねます。いいですか。よく聞いてくださいよ。逸見先生、逸見助教授、あなたにとっていったい学問とは何か。民主的学問とは何なのか!』」
結局逸見は30分ほど沈黙して、考えたが思いつくことができなかった。
「「もういいですよ、しかしですね、最後に、学問研究とは何であるか三十分考えたがわからなかったことを、学友諸君の前で確認してください!』
『…わたしは、学問研究とは何であるか三十分間考えましたがわかりませんでした』
いい終わらぬうちに場内から失笑とまばらな拍手がおこった。
『わたしは無能教員であることを認めます。』学生が言った。
『わたしは無能教員であることを認めます。』そう繰り返す声を逸見は聞いた。
「わたしはバカです。』
「私はバカです。』声は再び繰り返した。」
これが文学部長の逆鱗に触れて逸見は大学からパージされることになる。
しかし本当にくだらない学生どもだよなあ。
文学研究は道楽だし、それで何の問題もない。
確かに業績をあげられない、ちゃんとした単著も書けない、博士号もない教授連中は問題だけど、それはまた別の問題だ。
こういうバカばかりなのが京都大学文学部なんだよ。
小学館新書から横田増生の『アマゾン帝国の闇』が出た。
横田は以前も同じタイトルの本を出していて、これはその改訂版だ。
横田がアマゾン倉庫で、ピッキングと呼ばれる、注文があった商品を倉庫から探し出してくる仕事をやったことがもとになっている。
なんでも1日の歩行距離は20キロにも及ぶそうで確かにハードだ。
(ただ現在は最新式の茨木倉庫などでは、倉庫内を移動して商品を探し出す仕事はAIを搭載したロボットが行い、人間はロボットが集めてきた商品を的確に選びとって梱包していく作業に変わっているようだ。)
なんでも商品が保管してある棚や場所の表示と同時に、それをを見つけ出すタイムリミットが同時に労働者に示されて、すごいプレッシャーになるとある。
確かになかなか見つからなくてイライラしているその横で、「残り時間は後何秒」てな表示を目にしたら胃が痛くなりそうだ。
ちょっと怖い話もある。
「私は09年、自宅に8000冊近くの中古本を在庫し、アマゾンで月間100万円以上を売っている北関東に住む60代の男性を取材したことがある。
彼は1年365日はたらき、仕入れのため月間3000キロから4000キロを車で
運転し、朝から晩まで梱包と発送作業に追われていた。そうして上げた収入から、毎年300万円前後の手数料などをアマゾンに支払っていた男性は、11年末に急逝した。
アマゾンで中古本の販売をはじめて6年目のことだった。享年64。死因は大動脈瘤破裂だった。」
東京都内や神奈川の方がせどりは圧倒的に楽だ。
古本屋は皆駅の至近にあるから電車で回る方がいいので、車は要らないし、集まった本はアルバイトに持たせてもいいし、適当なところで宅急便や赤帽で配送できる。
梱包や配送はそれこそ別の人間を雇ってやった方が効率が上がる。
そういう当たり前のことができなかったのは何故なのか❓
家を東京都内に構える、8000からの本の在庫を置ける住居となると賃料が30万とかになってしまうから、格安の北関東に住んでいたんだろう。
でも古本屋の仕事の最重要ポイントは仕入れができることだ。
賃料だとか送料だとか、売り方とかそんなものはなんとでもできるのだ。
だから楽に仕入れができる都内に拠点を移すべきだったと俺は思うな。