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古本屋日誌

2022-08-18 10:53:00

藤田嗣治の戦争画について論じた平山周吉の「戦争画リターンズ』(芸術新聞社)は興味深い作品だ。

 

例の「アッツ島玉砕」をはじめ、ノモンハン、ガダルカナルなど様々な名作があるわけだ。

 

戦後まもなく、藤田は戦争協力者として批判された。

 

これに対して藤田の反論は次のとおりだ。

 

「又戦時中便乗したりうまい汁を吸ったり等の同君の邪推は全然的外れである。

 

元来画家と言うものは真の自由愛好者であって軍国主義者であろうはずは断じて無い。

 

偶々開戦の大詔渙発せらるるや一億国民は悉く戦争完遂に協力し画家の多数の者もともに国民的義務を遂行したに過ぎない。尚多くの犠牲を払わされたものも、こうした画家連であった。

 

現に猪熊君を始め多くの友人等は今日も尚健康を害して居り、材料の点に於ても手持ちの得難き資材をこのために惜しまなかった実情であった。」

 

なるほどよくわかる話だ。

 

当時は外交の一手段として戦争があったことは事実であるから、戦争を悪であるように論じる批判は当たらない。

 

また国が進める政策に国民が諸手をあげて賛成していることは今でもいくらでもあることだ。

 

地球温暖化対策、少子化対策、男女雇用均等もそうだし、エスディジーズもそうだ。

 

国から言われてマスクをつけたり、営業を自粛にもすることだってある。

 

藤田嗣治の時代は戦争を国が推し進めていた。

 

それに協力する姿勢を持つことは、われわれが国から言われて電車の中でマスクを大人しく着けているのと本質的にはおんなじだ。

 

 

だから藤田を批判するには、国家のやる施策を全て拒絶する気概が必要となってくる。

 

つまりはラテンアメリカの左翼ゲリラみたいな感じになってしまう。

 

彼らは国家の転覆を狙っていて、国からの福祉や年金、健康保険など、自分に得になることも含めて、すべて拒否して戦っていた。

 

でもそれが正しいことだとは到底思えないよなあ。