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古本屋日誌
死を予感した人間が無意識のうちに周りの親しい人たちに別れをいうということがあるのかね。
昨日発売の「文学界」には先日突然死んだ西村賢太の遺稿が載っていた。
その中に初の単行本が出ることになっていささか浮かれ気味の貫多にある編集者が冷や水を浴びせる場面があった。
このことは昨日書いた。
ショックを受けた貫多は七尾に立てた藤澤清造の墓の隣りの骨壷に入ることになったかもしれないという話だ。
その前に亡くなった評論家の坪内祐三の場合はもっとはっきりしている。
亡くなる直前にある雑誌で自分の親の世代は長生きする人が多く、90超えても矍鑠としているのだが、自分たちの世代は実は早くして死んでしまう人が多いんだと書いていた。
私の友人酒井博之くんは早くも2000年にくも膜下出血で死んでしまった。
倒れる数日前に上六の古本屋「天地書房」の藤田さんに買い取りを頼んだ話をした。勉誠社から出ていた「歌舞伎台帳集成」の何冊かを売ったのだ。
藤田さんはなんでも思ったことを素直におっしゃる魅力的な方でこの時も「これ揃てまへんな、値になりませんわ、もったいないことやな」と叱られました。
酒井の部屋にもいろいろ本があることを知っていたので
「あんたんとこのごちゃごちゃした本も売ったらええんちゃうか」
「俺んとこのは大した金にもならんのばっかりやで」てなやりとりをした。これが2000年の1月20日で、その後23日に彼は早朝倒れてそのまま亡くなり、結局残った本の処分は2月頭に天地書房の藤田さんに頼むことになってしまった。
藤田さんは残っている本の種類を聞いてから、「まあそういう特別な事情がおありなんだから、引き取りに行ってあげますわ」と西宮の門戸厄神まで来てくださった。
今日は純文学雑誌の発売日で、広告では「文学界」は連載の最終回と追悼記事が載り、「群像」にも追悼記事が載るようだ。
天王寺の紀伊國屋で「文学界」を求めた。
絶筆の「雨滴はつづく」の最終回が載っているほか朝吹真理子などの追悼文もある。
「雨滴…」はデビュー前後を書いた私小説で、最終回は芥川賞の候補になったところで終わっている。
「群像」の編集者から「あまりメジャーではない藤澤清造という作家を利用してデビューに利用しようとしている」という批判もあると聞かされてショックを受ける話がある。
「衝撃のあとに突き上げた怒りのエネルギーを、生来の負け犬ゆえの意地に同化させなかったら、その時点で自身の恥の感情に促され、的外れの讒謗に屈し、平成14年の段階ですでにして建立済みの、能登七尾の藤澤清造墓の隣の小さな石碑の中に、壺に入れられて収納されていたかもしれなかった」
こう書いてすぐに本当にこの墓に収納されてしまったんだから残念だよなあ。
この間、西村賢太の本はかなり注文があってよく売れている。
とりわけ芥川賞の「苦役列車」は文庫だけではなく単行本にもたくさんの注文が入っている。
エポックメイキングな著作であり、年収が480万から数千万に跳ね上がるきっかけとなった本だから、注目度も高い。
森山未來が主演で映画にもなったからな。
私には最後のシーンが面白い。
主人公の貫多と汗まみれになってカニの荷出しの仕事をしていた友人の〇〇が、大学を出て郵便局に就職する。
その〇〇は学生時代には青臭い映画論を女の前でとくとくとしゃべり、貫多をヤキモキさせていたが、さて郵便局に職を得てみると、出てくる言葉に映画のえの字もない。
一体あの偉そうな話はなんだったんだと貫多は腹を立てるのだ。
ブックオフの天王寺店は夜中10時までやっている。
最近行ってみたら2階に「ビンテージコーナー」なる棚が2つも設けてあった。
並んでいるのは講談社の「キャンディ・キャンディ」の端本やボーヴォアール著作集などでビンテージとまではいえない本だったな。
「文藝」の春号に宇佐美りんの新作「くるまの娘」(190枚)が載っている。
家族との葛藤を細かく丁寧に描いた作品だ。
父親は実の母親から疎まれていて、ただ一人写真を集めたアルバムを作ってもらえないでいた。そのことをかなり気にしている。
家庭では教育パパなんだが、子どもにはよく手を上げる理不尽なところがあった。
進学塾には通わせずに自分で息子や娘を教えて進学校に合格させた。
ところが息子は大学をやめてしまい家には寄り付かない、娘も高校にかよわなくなってしまう。父親はそのことを何かあるたびに持ち出して子どもたちを責めるのだ。
妻は妻で、病を得て日常生活に不自由をきたしている、このややこしい家族が引き起こす揉め事が詳細に描いてある。
これは宇佐美の私小説なんだろうかなあ。
そうだとしたらまだ若干ハタチやそこらで、実に波乱万丈な人生を経験していることになるよなあ。
今日は嫁と北野天満宮に参詣した。
ちょうど梅の見頃でその庭園を見たかったからだ。
千円を払いお茶菓子とお茶のサービスを受けながら、白梅、紅梅を眺める。
面白いのは巨大な一眼レフカメラを手にしてためつすがめつ、梅の花にシャッターを切っている人がたくさんいることだ。
小指の爪ほどもない花のすぐ間近に黒い、大きなレンズが迫る。
距離をとってゆっくり花を愛でようという人たちにとっては目障りなんだが、趣味のことになると、人は盲目だ。
カメラに一生懸命の人の中には自分の後ろに花を見る人がいるかもしれない、その人には迷惑だろうと後ろや左右をチラチラ見て気を使う人もいる。
たしかに気遣いはしているのだろうけれど、俺にはデカいレンズを片手にチラチラこっちを見てる姿そのものが滑稽だ。
個人の趣味は色々であって、犯罪につながらない限りは「そういうものだ」と許容されるのが現代だ。
これは当然のことなんだが、反面、人目を気にして遠慮するという価値観が喪失してしまったことでもある。
早くに亡くなる人がいる。
先日も同僚の女が50そこそこで亡くなった。
去年の春に医者から余命宣告を受けていたことを葬式の後で知った。
当人はそんなことはおくびちも出さず淡々と仕事をこなしていた。
ある日職場で
「こないだ左足の太ももが痛なって医者に見せたら『坐骨神経痛ですわ』言われたわ」と愚痴をこぼしていると
その女はしばらく口を軽く膨らませるような仕草をして、思い付いたように
「いかにも年寄りゆう病名ですよね」とにべもない。
「あーそれゆうかなあ、ほんまのことはゆうたらあかんねんで〜」とのやりとりとなった。
思ったことを遠慮や会釈なく口にするいつもながらの会話で、自分の老化を改めて指摘されたみたいになり、ちょっと嫌な気分になった。この時はそんな命にかかわる大病を彼女が患っているとは思ってもみなかった。
それからまもなく死んでしまったわけだ。
その話を葬式も済んで坐骨神経痛の話を思い出したら、大したもんだと思ったのだ。
命が旦夕の間に迫っているのに、いつもと変わらず、淡々と過ごしている、周りとやりとりできていたわけだ。俺には到底できない胆力だ。
しばらく経ってその話を同僚にしてみた。
「あの死んだ〇〇さんな、わしが医者から『坐骨神経痛ですわ』言われた話してやったら、何ゆうた思う❓
『それはいかにも年寄りじみた病気ですね』そんなことゆうねんで、ちょっとすごいよね……………」
わしの言葉を聞き果てもせず、
「あーそれな、年取ったら、身体悪なるよやあ。鼻毛も白なってまうし、耳の毛までそうなるんやから確かに、ショック受けるよな❗️」という。
いやいやいや、そんなことを言いたいわけやないんや。そんなつまらん話題やないんや。