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古本屋日誌
高島俊男が亡くなってしまい、さまざまな日本語の疑問にそれなりの正確さや論理性をもって答えてくれる機会が失われた。
中国人は例えばみちを幅員によってかなり細かく分類し、それぞれ異なる漢字を用意している。
径よりは道、道よりは路が幅広なわけだ。中国語の理屈はわからないわけではないが、道であるかどうかは、普通の人間であれば一瞬でわかることだ。
幅員など「広い道」とか「せばい道」とでも言えば容易に理解されるというのが我々の論理だから中国人のやたらに分類し、細分化したがる神経は理解の埒外だ。
そのくせ中国語では「道路」という二字熟語を使う。せっかく幅員をチェックして、道と路に分けたのにこれではなんの意味があるのか、さっぱりわからない。
「この道はな、今あるとこはな、二間しかないねんけどな、もうちょい行たら四間に広なるんや、せやさかいそれも含めて道路ゆうてんねや」などという屁理屈でも言い出すんだろうか。
今の時期は買い取りの依頼が多い。
人当たりがソフトで話題も豊富で、お客さんの顔色を上手に読める店主なら、心を許して「すまんねんけど、この置き物も持って帰ってもらわれへんやろか❓」とか
「この鞄な、バリ島でこうできたんやけど、お店に置いといたら映える思うよ、もう値段はええから持って帰ってな」てな感じで、本以外の雑貨を引き取らされることがある。
古本屋だから雑貨の類の目利きは無理なので、困惑するが「人助けや思て持ってかえってな」と言われると無下に断れない。
その挙句「あの古本屋はなんでもこうてくれるよ、あんたとかのいらんようになったお皿やコップもゆうてみたらええねん」などという口コミが生まれて、紹介されて行ってみたら買い取り依頼の品物がほとんど雑貨ということになっていく。
俺はそもそも気が弱いから、お客さんに頼まれると即座に断れない。
その上(ここは辛抱してエスニックの人形やら小物入れを引き取ったら、次はええ本を売ってもらえるかもしれん)などという打算を働かせてつい引き受けてしまう。
しかし、ようやく気づいたが、旅行好きで行く地方地方で雑貨をたくさん買うようなお客さんは大して本は読まないし、読んでる本も旅の雑誌のたぐいだ。
だからいくら辛抱して重たい雑貨を持って帰っても古本屋の仕事にはつながらないのだ。
今日から花隈の兵庫県古書会館で古本市。
昼過ぎに出かけてみた。
木造二階建ての古めかしい会館で、以前は玄関で靴を脱いで上がるようになっていた。
例によってこの古書会館の名物の急階段のエピソードを聞いた。
なにせ本を2階に運ぶエレベータは備え付けてはおらず、本は全てギシギシゆう階段を手づから運び上げるのだから、よくわからないよなあ。
「夏の真っ盛りな、階段でこけてもうてな、下にビターンてうつ伏せになってしもたんや。さしたらな、汗が滴り落っとってな、身体の形にあんじょう汗でしるしがついてもうてたわ」という。
汗で形がつくということはこけて、うつ伏せになってもすぐには起き上がらず、いちびってしばらくそのままの姿勢だったということだろう。
クソ暑い中、クソ重いだけの本を抱えながらなお余裕かまして遊んでるわけだ。
写真は目録だ。
以前に比べて本のコンディションをかなり詳細に説明している。伝統的な古本市の目録は箱や帯の有無もよくわからないもので、客にとってはかなり不親切なものだったからなあ。
これはAmazonなどの通販が隆盛を極める中、コンディションの説明を求める客のニーズにひきづられたものだろう。
エッセイストの岸本葉子のデビューは1985年で、当時東大文学部4回生でNHKに就職したいと頑張っていた日々を書いたものだ。
当時は4大卒の女を採る企業はそんなに多くはなく、募集予定も男40女未定などというのがまかり通っていた。
岸本はコネもなく、金もなく地道に入社試験のための勉強会に所属して頑張るのだがもちろんそんなにうまくはいかない。
周りには親が金持ちで、都心のマンションに住み、家賃から稽古ごとの金まで親がかりで昼ごはんはフランス料理てな鼻につく女もかなりいて、岸本はその連中の無神経な言動にいらいらするのだ。
1985年というとちょうど私も就職するべき年なんだが、そういう気もまったくなかったな。
10月には成田空港の解体を叫んで機動隊とぶつかる事件、11月には国鉄分割民営化阻止で線路脇のケーブルを切断して東京周辺の鉄道網を麻痺させる面白い出来事があった。
昨日からホームページとTwitterを連結して、少しつぶやきを書き込んだ。
また知り合いがうちのホームページにいくつかのハッシュタグをつけて拡散してくれた。
そのおかげかアクセス数はかなり増えたが、でもこれまで何度か訪れた4桁をかなり上回る数には達しなかったなあ。
古本屋のホームページはどこも退屈だ。
天牛書店にせよ天地書房にせよ、本のタイトルと状態、値段が羅列してあるだけだからだ。
本来なら筑摩書房のサイトがやっているようなスタイルが望ましいのだ。
サイトの上部に新しい本の背表紙が、まるで本棚に挿してあるように見れる。そして背表紙をクリックしたら、手前に本が引き出されて立ち読みもできるのだ。
古本屋の店内を再現して、サイト内にたくさんの本棚が並びロールプレイングゲームのようにいくらでも暇つぶしかできる、これがいいよなあ。

