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古本屋日誌
2022-03-13 16:11:00
高島俊男が亡くなってしまい、さまざまな日本語の疑問にそれなりの正確さや論理性をもって答えてくれる機会が失われた。
中国人は例えばみちを幅員によってかなり細かく分類し、それぞれ異なる漢字を用意している。
径よりは道、道よりは路が幅広なわけだ。中国語の理屈はわからないわけではないが、道であるかどうかは、普通の人間であれば一瞬でわかることだ。
幅員など「広い道」とか「せばい道」とでも言えば容易に理解されるというのが我々の論理だから中国人のやたらに分類し、細分化したがる神経は理解の埒外だ。
そのくせ中国語では「道路」という二字熟語を使う。せっかく幅員をチェックして、道と路に分けたのにこれではなんの意味があるのか、さっぱりわからない。
「この道はな、今あるとこはな、二間しかないねんけどな、もうちょい行たら四間に広なるんや、せやさかいそれも含めて道路ゆうてんねや」などという屁理屈でも言い出すんだろうか。
